6節 彼岸花と、毒と、蜂に追われる私たち
アイと共に旅を続けて数日、私たちは「魔女の研究所」に向かって飛んでいました。
「エル、エル!。赤いお花いっぱい!」
私の横髪を引っ張りながら、アイが楽しそうに言いました。
アイは言葉を忘れてしまう前も、あまり外には出なかったみたいで、知識面で色々と足りて無い部分があります。今アイが見て喜んでる花の存在だって、一緒に旅を始めた頃は知りませんでしたし。
「花ですか?。あぁ、あれは彼岸花ですね」
「……ひがん花?」
「えぇ、あまり良い印象が無い花ですね。不吉の花としても有名です、まぁ私は結構好きな部類の花ですが」
「不吉……?」
「まぁそう言われてるだけで、実際は不吉でも何でもないですよ。寄りますか?」
私の問いに、アイは首を大きく縦に振って答えました。
彼岸花の群生地に降り立った私たちは、一緒に花の中まで歩いていきました。
この独特な形状が好き嫌いを分けるんでしょうね……。確かに一般的な花と比べると気味の悪い印象は受けますが。
「エル……この花は食べれるの?」
「一応食べれますよ。ただ毒があるんで無暗に口に入れたりしないで――」
――ぱくっ。
えぇぇぇぇ!?。今説明中なのにもう食べてるぅぅぅぅ!?。
私はアイの口からはみ出た茎を持って無理矢理引っ張り出しました。
「毒があるって言ってるじゃないですか!。ほら、ペッてしてください」
――ゴクンッ。
おぃぃぃぃ!?。
よりによって球根の部分を丸呑みしてしまったアイは「……まずい」と表情を歪めながら言いました。いやいや、不味いじゃ済まないですよ!。
しかしどれだけ時間が経てど、アイは体調を崩す事はありませんでした。……もしかして毒が効いて無いんでしょうか?。
理由はよく分かりませんが、とにかくアイは無事らしいんで、改めて彼岸花の食べ方を彼女に教える事になりました。
「えっと、まず最初に言っておきますけど、余程追い込まれた時以外には絶対に食べないでくださいね」
「あぃ!」
私の注意に、アイは可愛い返事を返しました。
少し前までは、肯定する時に頷く以外の行動をしなかったアイでしたが、私が「はい、と言うんですよ?」と教えた結果、今の形に落ち着いた感じです。
しかしまぁ、いちいち可愛いですね。私は子供が好きじゃないんですが、アイやリザちゃんの様な子は大好きなんです……何故でしょう?。
私はアイを背中側から抱きしめながら、彼岸花の掘り出し方から洗い方、調理方法を実演して教えました。
「とりあえず掘り出し方と洗い方は問題無いと思いますが、ここからが大変です」
「……なんで?」
「手間が掛かるんですよ。まずは、この様に球根を摩り下ろしていきます」
素手でやる事が尋常じゃ無い程に面倒臭かった私は、魔法をフル活用しながら球根を摩り下ろしました。
「後は水に漬けて、時間を置きながら8回程上辺に浮いて来た水を掬い取ります」
「エル……私、知ってるよ」
「うん?、何をですか?」
「……キュウコンって、男の人が女の人に言い寄る事でしょ?」
「誰ですかアイに要らない知識を与えたのは、若干違うし。ってかその求婚じゃないですし」
そんな話をしつつも、無事に調理が終わった球根を、私たちは食べました。
――ぱくっ。
笑顔で調理された球根を食べたアイでしたが、次第に表情が暗くなっていきました。
「……まずい」
「そのままだと美味しくないですけど、まぁお腹はいっぱいになりますよ。詰まる所、結局はデンプンな訳ですし」
「でんぷん……?」
「えぇ、デンプンです」
「……ふぅん」
そんな話をしつつも、とりあえずお腹を満たした私たちは、彼岸花に囲まれてのんびりしていました。
私は魔道昆を地面に突き立てて、そこに背を預けながら本を読んでいます。風が気持ち良いですね。
対してアイは、座る私の膝枕の上でボーっと空を見上げていました。
……今読んでる本ですか?、別に有名な筆者が書いた本じゃないですよ……私が書いた本です。今までの旅の記録を、王都でのんびりしてる時に書いてて、それが楽しくなったんで、だったら旅の途中でも書けばいいじゃんと思って書いた次第です。字も下手では無い筈ですし、まぁまぁ小説の形にはなってると思いますよ、多分。
ともかく今は、そんな自分が書いた本を読み直してる所です。
……こうやって旅の記録を見ると、私はとんでもなく遠い場所まで来てしまったんだなぁと常々思わされます。旅を始めたばかりの頃は、こんなに遠くまで来るとは全く思っていませんでした。
「……エル?」
「うん?、何でしょう?」
本から目を離してアイを見ると、彼女は空を指差して楽しそうに笑っていました。
「エル……大きい虫」
「虫ですか?彼岸花の傍に寄って来るなんて、変わった虫です……ね」
アイに笑い掛けながら空を見上げた私は、絶句しました。
うん、確かに大きい虫でしたよ。大きな鉢でした。でも……デカ過ぎじゃないですか!?。
恐らく彼岸花の花畑全体を覆える程のデカさの蜂が、私たちの上で飛んでいたのです。
大きさを分かり易く言うならば、国に人口が10万人入る程の大きさとして、街は5万人、村は2万5千人、集落がそれ以下の人数になります。で、この彼岸花の花畑の大きさなんですが、多分村と同じ位の面積があります。それを覆える程の蜂……大きさ、分かってもらえましたかね?。
「……アイ、逃げますよ?」
「……なんで?」
「蜂は毒を持っていますからね、しかもアレはスズメバチと言う、とても危険な蜂なんです。しかも凄く速いんで、気付かれてからだと逃げきれないかもしれないです」
「……仲良く出来ないの?」
「分かり合うだけの知能を持って無いですからね……それと私は蜂が苦手なんで分かり合いたくない」
「…………」
アイが微妙な表情をしてますが気にしません、気付かれない内にさっさと逃げましょう。
コッソリと魔道昆に座った私は、蜂に興味津々なアイを膝の上に乗せて、静かにその場を離れました。
さて、蜂が寄ってくる条件なんですが、彼等の視界は白黒でしか物を判別出来てないらしいです。そして黒い物に襲い掛かる習性があるんだとか。他には、シンナーの臭いに反応するらしいですね。アレです、ペンキとかの臭いです。
幸いにも、私は金髪だし巫女服は白、シンナーなんて持ち合わせていないんで、変に刺激しなければ襲われる事も無いでしょう。
しかし私の予想を裏切って、何故か蜂は勢い良く方向転換し、猛スピードで私たちを追い掛けてきました。いやいや……何で?。
何はともあれ、今は逃げないと私はアナフィラキシーショックで死んじゃうんで、まさに命懸けで逃げます。
「アイ!全速力で逃げるんで、喋らないでくださいね!」
「あぃ」
全力で魔力を魔道昆に乗せた私たちは、風を切る勢いで花畑を駆け抜けました。
視界に映った景色は、一瞬の内に遥か彼方まで遠ざかり、私がいかに猛スピードかを教えてくれます。
しかし蜂は、そんな私に追い付いて来ました。
流石に逃げ切れないと思った私は、虫が嫌うであろう火の魔法を何度か飛ばして迎撃しますが、その大きな羽で着弾前に掻き消されてしまいました。
「うそっ!?」
「エル!、前見て!」
蜂に気を取られていた私は、前方にそびえ立つ木に気付きませんでした。
何とか直撃は逃れたものの、葉や枝にぶつかってバサバサと音を立てながら無理矢理通り抜けた私たちは、体中に切り傷が出来ていました。
「すいません、ありがとうございます。アイ」
「私……エルの役に立つ」
「えぇ、頼もしいですね」
そんな話をしていた私たちでしたが、木にぶつかって減速した時に蜂が追い付いて来たんでしょう……真後ろから気味の悪い羽音が聞こえてる事に気付きました。
――ドスッ。
私の背中からお腹を何かが貫通しました。
急な痛みに表情を歪めながらお腹を確認した私は、それが蜂の針である事に気付きました。
そして針の先端には、アイが串刺しになっています。
「ガハッ!」
「アイ……!」
その後、針を抜き取った蜂は一時離脱、その隙に落ちそうになるアイを回収した私は、出来るだけスピードを出して蜂から離れました。
早く距離を取って逃げなければ……そう思った時でした、私の視界がグラッと歪み始めたのです。
「まさか……毒!?」
真っ直ぐに飛ぶ事が出来ない程の眩暈と吐き気に襲われた私は、魔道昆からアイと共に落っこちてしまうのでした……。
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