5節 アイと、人間と変わらない魔物と、魔物の強奪者

 無事にオオカミを狩って来た私たちは、アイの家に向かって歩いていました。


「エル」


「ん?何ですか?」


「ありがと」


 つたない感じでお礼を言ったアイの顔は、とってもにこやかでした。


「ふふっ、どういたしまして」


 笑顔でアイに返事をした私は、彼女に縄で引きずられるオオカミを見ました。


 ……確かに凶暴で強いオオカミでした。ですが実家付近に出没する熊に比べたら、まだまだ弱かったです。つまりこの街の住民たちは総じて戦闘力が低いと判断出来ます。もしかしたらアイは街の中で最強クラスなのかもしれませんね。


 ……そう言えば気になった事が1つ。それはアイが本当に魔物かどうかという事です。というのも彼女、オオカミに引っ掻かれて小さな怪我をしたのですが、血が赤かったんです。


 通常の魔物は紫色の血が体中に巡っています。それが魔物である証拠と言っても間違いないでしょう。でもアイは間違い無く魔物です、それは目を見ても武器を出した腕を見ても明らかでした。だとすると、彼女は一体何者なんでしょうか……?。


 そんな事を考えてると、アイが空を見上げながら袖を引っ張って来ました。


「エル、星が綺麗」


「星?」


 私はアイにつられて空を見上げました。……確かに綺麗です。雲は1つも無く、月は満月で、星々もキラキラと輝きを放っています。


 ってか、もう夜じゃないですか!。いい加減アイを家に帰らせないと、あのお父さんが殴り掛かって来そうです。


「アイ、少し歩く速度を上げましょうか」


「……うん」


 返事をする彼女を見て、私たちは足早に帰路に就くのでした。



 アイの家に着くと、案の定お母さんが心配していました。ですがお父さんが居ません、まぁ構いませんが。


 アイのお母さんにオオカミを預けた私は、いい加減宿探しの為に家を出て行こうとしました。


「……エル、帰らないで」


「どうしてですか?」


「……私の友達だから」


「…………」


 いやいや、流石にその言い分は通らないと思いま――。


「良いじゃない、今日は遅いし泊まっていきなさいよ」


 えぇぇぇぇぇぇ!?。まさかのお母さんから許可が出ちゃいましたよ!。


 私は困った顔をしながらアイを見ました。


 うん。すっごい目がキラキラしてる。さっきの星といい勝負が出来そうです。


 ですが困った事に、私はアイのお父さんが嫌いでした。しかしその事を悟った様に「彼はもう帰ったわ」とお母さんが言ってきます。……帰った?。


 話を聞いてみると、彼はアイの親戚のオジサンらしいです。ではお父さんは何処なのかと言うと、ジャイアニズムな魔物に殺されてしまったとの事。まずジャイアニズムが何か分かりませんが、とにかくヤバい奴って事だけはしっかりと伝わりました。


 そしてアイはお父さんの殺される所に居合わせて、大きなショックを受けた故に言葉を忘れてしまったんだとか。


 なるほど、確かに見た目の歳の割に言葉を知らないなぁとは思いましたが、どうやら教育不足って訳じゃ無いみたいですね。


 とりあえず止まる事にした私は、アイのお母さんと共に夕飯の支度を始めました。ジッとして待つのは性に合いません。


 ……今ならアイに会話は聞かれないかと思い、私は彼女のお母さんにアイが人間らしい理由を聞いてみました。


 どうやら彼女、いや……子供の魔物の全ては、本当に母親のお腹から生まれて来たそうです。ただ人間の真似をして母親が生んでるだけかと思いましたが、どうやらそうでも無い様で、受精して着床した受精卵が、しっかりと子宮で人の形を成してから生まれて来るそうです。


 魔物の体に哺乳類と同じ構造があるのは驚きですね、ですが何より驚いたのは……彼女のお母さんにでした。


 痛い思いをしてでも彼女を産めたのは本当に幸せだと、表情から分かる程に幸福そうにして語っていました。


 哺乳類の構造を持って、痛覚もあって、自我も意思も感情も持つ……それってもう、人間と何が違うんでしょう?。


 で、私的ではあるんですが、アイについての最終的な結論を出しました。彼女は間違い無く人間です。ただ体の構造的に、人間と魔物のハーフという事にはなりますが。


 ですがそれは生物的な話。存在的な話をするのなら、南の最果ての向こうに居る人語を話す魔物たちは、全て等しく人間です。少なくとも私には、そう見えました。



 さて、夕飯にオオカミ肉を満喫した私とアイは、お母さんに言われて一緒にお風呂に入る事になりました。


 しかしまぁ……アイは本当に良い子ですね。私が頭を洗ってあげているのですが、子供の様な抵抗は一切ありません。それどころか効率的に自分で顔を洗ってる程です。


 次は私の番で、頭を洗っていると、義手の繫ぎ目を見てアイが「……エル、両腕ボロボロ」と言ってきました。因みに義手は魔力で覆っているんで、溶ける心配は無いです。


 腕の事に関して、適当に言って誤魔化した私は、頭と顔を洗い終わり、今度はアイの体を洗ってあげ始めました。


「エル……くすぐったい」


 何とも言えない表情で身を捩らせるアイ。……何だかもっとイジメたくなっちゃいました。


 私はもっとくすぐったくなる様に、触れるか触れないか位で、アイの体を撫でました。


「ねぇ!エル!……くすぐったいよぅ!」


 アイも仕返しと言わんばかりに、私の脇腹を突いてきます。


「う、あははは!」


「にひひひひ!」


 こうしてお互いをくすぐり合った私たちは、長い時間を掛けてお風呂からあがるのでした。


 その後、私たちは就寝に着いたんですが、私は直ぐに寝ずに、抱き着きながら寝息を立てるアイを見て考え事をしていました。


 彼女が人間だと分かった瞬間、私は何故だかホッとしたんです。自分と同じ生き物に会えたと思って、本当に嬉しかったんです。


 ですがその考えは、此処に居る魔物たちを人間だと判断した私の考えと矛盾してる事も気付いてました。


 皆を人間だと思うのに、アイにだけ特別な感情で接して良いんでしょうか……?。それって結局、私の心の何処かに「彼等は腐っても魔物」という固定概念が存在しちゃってるんじゃないんでしょうか?。もしそうだとすれば、私は彼等に対して相当酷い偏見を無意識の内に向けちゃってるんじゃないでしょうか……。


「……悩んでも、答えは出ないですよね」


 私は小さな独り言を呟くと、アイの頭を撫でてから眠りに就くのでした。



 次の日の朝、先に目を覚ましてたアイが、私の体を大きく揺さぶって起こしてきました。


「エル……起きて」


「おはようございます……。どうしました?」


 目を擦りながら聞く私。まだ体が怠いですね……最近そこまで疲れる事はしてない気がするんですが。


「エル……早く食糧庫に集まって」


「……?」


 状況が飲み込めない私でしたが、とりあえず起き上がると、アイの後に着いて家を出て行きました。


 食糧庫に着くと、そこでは皆は怯えた表情で一か所に固まっています……ちょっと異常な光景ですよね、どうしたんでしょう?。


 そんな事を思っていると、アイのお母さんが近付いて来て、状況の説明をしてくれました。


 どうやら朝早く、この街に例のジャイアニズムな魔物が現れて、この街の食料を全て貰って行くと宣言して来たそうです。ですがこの村には無償で引き渡せるだけの食料なんて無い……その事を街の長が話したそうなんですが、その長、まさかの殺されてしまったそうなんです。で、魔物の言い分は変わらず、今から1時間後に全ての食料を奪って行くと言い残して帰っていったんだと。


 ふむ、とりあえず皆が怯えてる理由は分かりました。


「で?どうするんです?。食料を引き渡すんですか?」


 私は聞きました。もしそうなら怯えてないで準備に取り掛かるべきです。


 ですが皆は首を横に振りました。「今食料を渡したら、子供達は飢え死にする」と口をそろえて言うんです。


 ですが分かりません。殺してでも奪いに来る奴に怯えてるだけで、食料を守れると思ってるんでしょうか?。


「俺等には、あの魔物を返り討ちにするなんて無理だ……」


 誰かがそう言いました。


「そこで無理だと諦めるなら、潔く食料を渡した方が被害が少ないと思いますよ?」


「いや駄目だ、食料は渡せない!」


「……だったら抗わなきゃ駄目じゃないですか」


 アイの家族には一宿一飯の恩があります。もし戦うなら私も手を貸すつもりです。


 ですが私の思いとは裏腹に、彼等は動く気は無いみたいで、今だにウジウジしています。


「何してるんです?食料を守りたくないんですか?。もし守りたいなら……戦ってください」


 しかし彼等の返事はありません。本当に恐怖に屈しちゃってるんでしょう。


 私は「はぁ」と大きなタメ息を吐いて、皆に背を向けました。


「分かりました。私一人で魔物と戦います。決着が着くまで、せいぜい怯えて待っててください」


 そう言ってショーテルと魔道昆を連結させて鎌を作った私は、食糧庫から出て行こうとしました。しかし私の袖をアイが引っ張って止めてきます。


「……なんです?」


「エル……駄目」


「どうして?」


「エル強い……でも魔物……もっと強いよ」


 アイの手が震えています。……そう言えば彼女はお父さんが魔物に殺されるのを見ちゃったんでしたね。だとしても、此処で足踏みしてたら手遅れになるんで、ちょっと酷い事を言ってでも手を放してもらいましょう。


「まぁ強いかもしれないですね。でも、だからって怯えてても誰も助けてはくれないですよ?」


「…………」


「アイが魔物を怖がる気持ちは分かります。でも守らなきゃいけない物があるなら、命を懸けてでも戦わないと駄目です」


「……無理。怖いの……死にたくないの」


 涙を零しながらアイが言います。……よく分かりますよ。私だって師匠と行動してた頃、何度も怖くて泣きました。「死にたくない」って師匠の胸に抱き着きました。


 でも、大変心苦しいんですが、私は今からアイに追い打ちを掛けます。


 「甘えないでください。怖い奴には全力で抗ってください。必死に戦ってください」


「……どうして?」


「……それが人間だからです」


 アイは涙を浮かべながら私を見つめました。本当なら撫でてあげたい所ですが、今は駄目です。


「…………」


 しかしアイも俯いたまま固まっちゃいました。……まぁ仕方ないですね、期待はしてなかったですよ。


「私は……貴方達全員が人間だと思っていました。ですがそれは思い違いだったみたいですね。怖くて抗えない、死にたく無くて戦えない……そんなの私だって同じですよ。それでも戦うのが人間なんです」


 私はそう言い残すと、食糧庫から出て行きました。



 私が外に出ると、丁度例の魔物が街の中に入って来るところでした。そこまで大きくは無いですが、手足の発達を見るに手強そうです。


 まず予想出来るのは、奴の足は速く、捕まったら握り潰されるって事。そして性格から滲み出る凶暴性。……カッコ悪いですけど、闇討ちで決めますか。


 そう決めた私は、魔力を抑えながら建物の煙突の裏に隠れて様子を窺いました。


 奴は警戒する様子も見せず、鼻歌を歌いながら我が物顔で街を練り歩いています。


 そして数十分経った頃に、私の求めてたチャンスは到来しました。


 今の角度なら、奴の後頭部から一気に斬り裂けます。私は一気に魔力を解き放つと、勢い良く魔物の後頭部に斬り掛かりました。


 ――ガキィィン。


「――っ!?」


 硬い、硬すぎます。まるで鋼の塊を叩いてるかの様な感触でした。


 そして当然、急に斬り掛かられた魔物は怒りながら反撃してきました。


 私は掴み掛かってくる攻撃をギリギリの所で回避。今度は雷を帯びた鎌で、飛び上がりながら斬り掛かりました。


 しかし飛び上がった私の目の前には、魔物の拳が迫って来ていました。


「ヤバ――!」


 私が拳を認識した時には、既に殴られて遠くの崖に叩き付けられた後でした。


「がぁっ!」


 強すぎる衝撃で内臓が傷付いたんでしょう、吐血しました。でも、まだ体は動きます。


 斬撃で仕留めるのが無理だと悟った私は、ショーテルを捨てて魔物に何度も突撃しました。そして突撃する度に、私は殴り返されて崖に激突しました。


 ……そろそろ息が出来なくなってきました、これ以上は流石にヤバいですね。ですが私の目も、奴の速度には慣れて来たし、体も反応に追い付いて来てます……次で仕留める!。


 もう一度突進する私を見て、魔物は鼻で笑いながら殴り掛かって来ます……此処です!。


 拳が当たる直前、私は魔道昆を踏み台に魔物の腕に飛び乗り、爆魔拳で腕関節を殴って吹き飛ばしました。やっぱりそうです、硬い奴は大体間接にダメージが通りやすいんですよね。


 しかし魔物は怯まずに、もう一方の腕で私をワシ掴みにしてきました。態勢を整える事で精一杯だった私は、一切避ける余裕なんてありませんでした。


 ――バキバキッ。


「が……ああぁぁぁぁ!」


 何処かの骨が砕けた音がしました。でもまだ腕は動くしギリギリ息もできる、意識だってハッキリしてます……まだ死んでやりませんよ。


 更に私を握り潰そうとする魔物、私は魔力を纏って奴の怪力を防ぎながら、無限の弾丸インフィニティ・バレットで目を破壊しました。


 目が潰れた事に驚いた魔物は、私を空中に放り投げました。今なら追撃できる!。


 私はもう一度、爆魔拳で攻撃を仕掛けました。狙うは首の骨です!。


 しかし魔物も、私を殺す気で殴ろうとしてきました。


 しかし、その時です。私に思わぬ援護が入りました。


 ――バシュッ。


 切れ味の良い音と共に、魔物が体制を崩しました。そして魔物の足元に居たのは、戦闘態勢を取ったアイでした。


 アイの作ったチャンス、無駄にはしません。


「これで……終わりですっ!!」


 私の爆魔拳は、魔物の首を吹き飛ばしました。しかしまだヤツの動きは止まりません。足元に居たアイを、魔物が掴んだのです。


 そして目の見えない魔物は、親指でアイの左目を押し潰しました。


 ――ブチュッ。


「~~~~~~っ!!!!」


 声にならない、悲鳴にも似た叫び声を上げるアイ。どうやら完全に目が潰された様です。


「この……!」


 アイを掴む腕を爆魔拳で破壊した私は、転げ落ちるアイの傍に走りました。どうやら魔物は死んだみたいで、もう動いていません。


「アイ!」


「エル……私……戦った」


「えぇ、勇敢でした」


 その後、思い出したかの様に痛みに震えだすアイを抱えて、私は皆の待つ食糧庫に走って行くのでした。



 それから数日後、診療所から出て来たアイは、目に眼帯を付けていました。


 後から聞いた話なんですが、アイだけが私の言葉の意味を理解出来たらしく「怖いと思う自分の心と戦う」と言って、私の元に駆けつけてくれたそうです。


 でもその結果、彼女は左目を失ってしまいました……何だか申し訳ないですね。


 でも私の事を、誰一人として責める者は現れませんでした。それはきっと、心の何処かでは私の言ってる言葉の意味が、皆にも通じていたからだと勝手に思っていますが、真相は分かりません。


「……エル、お待たせ。どう?」


 アイは眼帯の刺繍を指さしながら聞いてきました。見た事無い花ですが、フワフワで可愛いです。


「ふふっ、可愛い眼帯じゃないですか」


「うん……気に入ってる」


 そう言って私の手を握って来たアイは「それじゃ……行こう」と言ってきました。


 そうなんです。彼女、私の旅に着いて来たいと言ってきたんですよ。しかもお母さんの了承済み。


 アイのお母さん曰く「可愛い子には旅をさせよ」との事らしいです。だからって本当に旅に送り出すなんて……。


 まぁアイもその気だし、彼女のお母さんも納得してるみたいですし……別に良いかな。


「長旅になりますよ、本当に良いんですね?」


「私……エルの友達だもん。一緒に行く」


「若干会話が成立して無い気がしますが……分かりました。行きましょう」


 大きく首を縦に振ったアイは、魔道昆に座る私の膝の上にちょこんと座りました……正直ちょっと邪魔です。


 こうして若干体制を崩しながらも、私たちは本来の目的地である「魔女の研究所」を目指して飛んで行くのでした。

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