18節 切り札と、必殺技と、奴との決着
「――痛っ!!」
急な胸や股に走る痛みで目が覚めた私は、勢い良く起き上がると、痛みを感じた場所を抑えて顔を歪めました。
「あぁ、そうでした。私はフェンズに針の付いた服を着させられて、痛みで気を失ったんでしたね……」
何とか立ち上がった私の足元からは、相も変わらず血が滝の様に流れています。
「うわ……私の周り、血の海じゃないですか」
ナイフを手に持った私は、痛みと格闘しながら、一気にドレスを引き裂きました。
露わになった素肌は血に塗れて、もはや怪我の容体が分かる様な状態ではありません。多分内臓にも深刻な傷を負っているのでしょう、噴き出す血は止まる事がありませんでした。
続けて私は下着を切り裂きました。簡単に切る事は出来るんですが、今も尚体に突き刺さった針が邪魔して、脱げずにいました。
……正直、針を抜くのが怖いです。でも一生痛い思いをするより、今だけ激痛に耐える方が良いと自分に言い聞かせた私は、覚悟を決めて下着を脱ぎ捨てました。
――ブシュッ。
「――っ!!」
痛過ぎて涙が零れました。普段刺激が与えられない場所に痛みが走ると、とんでもなく苦しいです。
「うぅぅ……うあぁぁああ!!」
一気に下着を振り払った私は、あまりの痛さに立っていられなくなり、その場に崩れる様に座り込みました。
暫くして私は、近くにあった自分の麻袋から替えの下着とワンピースを取り出して着ると、ゆっくりと立ち上がって皆がフェンズと戦ってるであろう場所を目指して歩き始めるのでした。
〇
壁を伝って洞窟を出た私は、目の前の光景に驚きを隠せませんでした。
本来なら草原が広がってるであろう場所には、数千体の泥人形が居て、緑を埋め尽くしていたのです。
そしてその泥人形の中心には、エレナさんたちが居ました。かなり追い込まれてるみたいで、動きが鈍くなってるのが遠目でも分かります。
上半身だけになったシャディさんは既に戦闘不能なのか、少し離れた場所に転がされています。
ノヴァさんはフェンズと戦っていますが、奴の持つ剣に苦戦してる様に見えました。
「どうしますかね……私が泥人形に使える切り札は2つだけです。この切り札を今使うと、後々の処理が上手くいかなくなるかもしれない。でも……やっぱり仲間は見殺しに出来ませんよね」
私は体に鞭を打って走り出すと魔道昆で飛んで、ウエスタンな村で青年から貰った袋の中身を全て撒き散らしました。
中からは白い粉が出て来て、周囲数百体の泥人形を覆い隠します。
「エレナさん!!3秒以内に全力で飛んで逃げてください!!」
「エルシア!?。えぇ、分かりました!!」
3秒が経過した時、エレナさんは白い粉の煙の中から飛び出してきました……今です!!。
私は手に火球を作り出すと、白い粉の中目掛けて撃ち放ちました。
――ドォォォォォォォォン。
火球によって小さな爆発を起こした粉が連鎖爆発を引き起こし、粉の範囲よりも大きく爆発すると、半数以上の泥人形を爆散する事に成功しました。
私は爆発の衝撃の一部を「絶」で吸収すると、「活」で体の治療を施し、フェンズの腕に雷球を放ちました。
「助かりました、エルシア。……今のは?」
「粉塵爆発です。ウエスタンな村の青年から貰った物って、小麦粉だったんですよ。そして前にエレナさんが魔法の爆発で泥人形を吹き飛ばしたのを思い出して、これなら勝てると思って用意してた切り札になります」
「なるほど……でも私たちの為に切り札なんて使って良かったのですか?」
「大切な人を助けられない切り札なんて、私は要らないです」
「そうですか……。さて、残りの泥人形は私一人で何とかしますので、エルシアはノヴァの援護をお願いします」
「了解です。気を付けてくださいね、エレナさん」
「エルシアこそ。まだ病み上がりなのですから、どうか無茶はしないで下さいね」
そう言うと、私たちは二手に分かれて飛んで行くのでした……。
〇
「ノヴァさん!!」
「エルか……体は平気なのか?」
私はノヴァさんの元まで辿り着くと、フェンズの頭に爆魔拳を叩き込んでから隣に立ちました。
「ご心配をおかけしました、もう大丈夫です。それよりも、ノヴァさんは周囲の泥人形をお願いして良いですか?」
「……一人で蜘蛛野郎とやり合う気か?」
「はい。でも安心して下さい、しっかり秘策はあるんで」
「そうか、なら任せる。奴をぶちのめして来い」
「はい!!」
体勢を立て直したフェンズに、
「僕の人形よ、どうして僕の邪魔をするんだい?」
「うっさいですね、私は貴方の人形じゃ無いですっ!!。私に恥ずかしくて痛い思いをさせた罪、死んで償ってもらいますよ!!。フェンズ!!」
私は旅の道中にエレナさんから譲ってもらったライフルに、ある特殊な弾を込めて、蜘蛛の形をしたフェンズの泥人形の中心に、撃ち放ちました。
「その気味悪い泥人形、破壊させてもらいます!。
この技は、昔ノヴァさんから爆魔拳と一緒に教えてもらっていた必殺技の1つです。強力過ぎるので使う事は無いと思っていたんですが、ある程度の力加減が出来る様になった今ならば、限定的な条件にはなりますが使えるでしょう。
――チュボォォン。
黒い波動の様に変化した私の魔力の塊が、まるで何か獣の咆哮の様に聞こえる音を発しながら飛んで行きました。
しかし弾は泥人形に命中しても、意外にも爆発は置きませんでした。代わりに弾が通過した場所が、消滅していたのです。まるで初めから何も無かったかの様に、跡形も無く消えていたんです……。
「おぉ……。流石はノヴァさんが使ってた必殺技だって事はありますね」
私は目の前の光景に驚きながらも、冷静に今の状況を確認しました。
フェンズの泥人形は活動停止。まぁ体が真っ二つになって消滅したんですし、流石に動けないでしょう。
そして今の私の状況なんですが……。なんと「活」で蓄えた魔力が、今の1撃で全て持ってかれてしまいました。流石に何度も撃てる技ではなさそうです……。
「はぁ……はぁ……。死にましたかね?」
私は息を切らしながら、屈み気味になりながら両膝に手を付いて呟きました。
「流石だよ!!僕の人形さん!!。ますます君が欲しくなった……!!」
「うっわ……しぶといですね」
なんと蜘蛛の泥人形のお腹の中から、フェンズが出てきたのです。額から血が出てる所を見ると、あれが本体と思って間違いないでしょう。……今度こそ殺す!!。
私はショーテルと魔道昆を組み合わせた鎌でフェンズに突撃しました。すると彼はノヴァさんとの戦闘中に蜘蛛に持たせてた剣を構えて、迎撃の姿勢を取って来たのです。……ノヴァさんが苦戦した剣なんです、きっとただの刃物じゃありません。なるべく直撃は避けないと……。
近付いた私に対して、フェンズは横薙ぎで迎撃。
それを飛んで避けた私は、逆さまになりながら空中で鎌を振り下ろして更に攻撃を仕掛けます。
――ザシュッ。
フェンズの体から血が噴き出します。しかし顔を一切歪めない所か、何事も無い様に迎撃してきたんです。
「――っ!!」
フェンズに刺さった鎌を手放して、その鎌を足場に跳ねて避けた私でしたが、足に剣が掠ってしまいました。
体は特に何ともなさそうです。普通に斬られた痛みしかありません……ノヴァさんはこの剣の何に苦戦してたのでしょう?。
とりあえず自分には害が無いと踏んだ私は、鎌を呼び戻して再び仕掛けに行きました。
私の斜め斬りに合わせて、フェンズも反対方向から斜めに剣を振り下ろしてきます。
――ガキィィンッ。
刃物がぶつかる音と共に、私の鎌のショーテル部分が飛んで行きました。これは私が意図的に連結を解いたんです。
魔道昆に電撃を帯びさせた私は、足元を殴って電流を流し込みました。
全身が痙攣し始めたフェンズから距離を取りながら火球を飛ばして着地した私は、宙を舞うショーテルを魔力で操って、勢い良くフェンズの頭上に突っ込ませました。
「ウゲェッ!!」
煙の中からフェンズの声が聞こえました。……いくら痛みに鈍感だとしても、頭から串刺しにすれば死にますよね。
そう思って近付き始めた私に、煙の中から何かが飛んで来ました。
「え!?馬鹿な……ショーテルを自力で抜いたんですか!?」
そう、私に飛んで来たのは、奴の頭から突き刺さっている筈のショーテルだったんです。
そしてショーテルに気を取られていた私は、追加で飛んで来ている物に気付けずにいました。
――ザシュン。
「うっ……!!」
地面に沢山の血と共に、魔道昆を握った右手が腕から切り離されて落ちました。
そしてフェンズの更なる追撃。動かなくなった筈の蜘蛛の鋭い足が、私の右脇腹と左足の太ももに突き刺さりました。
「ぐぁ!!」
何とか蜘蛛の足を斬ろうとしてショーテルを呼び戻して攻撃した私でしたが、強度がさっきまでと段違いに高くなっていて、刃が欠けるだけでした。
「ヒヒ……フヒヒヒヒ……」
「――っ!?」
晴れていく煙の中から、気味の悪い笑い声が聞こえてきました。
「やっぱり最高だよ!!僕のお人形さん!!」
体中に火傷跡を残し、血を噴き出しながら、首も骨も折れた様にグニャっと曲がったフェンズが、私の前に立ちました。
私は左手でショーテルを振りますが、後ろに避けられて当たりません。
「何で……生きてるんですか……?」
「さぁ?何でだろうね?イヒヒヒヒ……」
蜘蛛の手が抜けない。後ろに下がって無理矢理引き抜こうとしてみましたが、どうやらこの足には釣り針の様な反しが付いてるらしく、上手く引き抜けません。かといって無理矢理前に出る事も出来ず、私はその場に留まって、奴を仕留める方法を考え始めるのでした。
「僕が死なない理由、実は君にも当てはまってたんだよ?」
「……どういう意味です?」
「君にプレゼントした服、実はアレには凄い効果があるんだ。なんと!!強制的に着てる人を蘇生する効果だ!!凄いだろ!!」
「……」
「本当はアレを着た君の体中を引き裂いて、ショック死しても無理矢理生き返らせて、死ぬ程の痛みを与え続けながら、徐々に諦めて抵抗しなくなる君を見たかったんだけど……仕方ないね。死体の君を回収して人形にしよう」
そう言い終わった瞬間、私はショーテルでフェンズに斬り掛かりました。ですが距離が遠く届きません。
離れた位置でフェンズが煽っています。私はショーテルを振って勢いの付いた左腕を……外して飛ばしました。こんな形で義手が活躍するとは思いませんでしたね。
「おっとっと……まさか腕を飛ばすなんて驚い……た……?」
腕を飛ばしても尚、フェンズには届きません。ですが魔力の糸で繋がった私の腕は、遠隔操作の様な事が出来ます。手首にスナップを聞かせてショーテルを投げ飛ばしました。
ショーテルはフェンズの胸に命中。そしてその瞬間、奴は初めて崩れ落ちたのでした。
「ゴフッ……!!」
「色々と喋りすぎですよ……。要は死んでも生き返るなら、殺し続ける状況を作れば良いだけです……。なのでとりあえず心臓にショーテルを突き刺させてもらいました」
蜘蛛の足が消えていき、やっと私は解放されました。あぁ……両手が無い。
その後、とりあえず左腕をくっ付けた私は、完全に活動を止めたフェンズの胸にショーテルに代わる奴が使ってた剣を突き刺して、放置しました。
そして皆の元に戻ろうとする私を、残った泥人形が邪魔してきました。蜘蛛が消えたんで、フェンズが死ぬと泥人形も消えると思っていたんですが……何でまだ生きてるんでしょうね?。
「何百体か泥人形が残ってますね……纏めて始末しましょう」
私は心象結界を発動させると、月光花の花弁を白く咲かせました。
多分魔法の塊なんで、青く咲かせれば良かったのかもしれませんが、仮に生命体だった場合は残ってしまうんで、一応命も吸っています。
そしてなんだかんだで泥人形を全滅させた私は仲間と合流、突貫でエレナさんに右手の義手を作ってもらいました。シャディさんは死にはしないものの、重症らしいんでノヴァさんが王都まで連れて帰る事になりました。まぁ普通に考えれば下半身切断とか重症以外の何物でも無いですよね……。
本当は直ぐに出発したかったんですが、私たちも満身創痍。今日は近場にテントを張って休み、明日の朝から行動する事になりました。とりあえず、おやすみなさい……。
そして次の日の朝、私たちは南の最果てを目指して出発していくのでした……。
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