エクストラストーリー エピソード・リターン・オブ・アホ毛

 これは、最初期に分裂して生き残った者の、最後の戦闘記録。他の兄妹たちの考えを無視しつつも、宿主を守る為に人知れず戦って散って逝った、英雄になった者の生き様を綴った物語……。



 僕はもう、自我が覚醒する事は無いと思っていた。


 彼女たちの生き方を否定して、僕は今の今まで生き残って来た。


 存在理由と存在意義を求めた彼女たちとは違って、僕は今の環境に甘んじてその場に立ち尽くす事を考えていた。


 その場に佇んでる事自体が存在理由……そう言えば聞こえが良いけど、結局の所、僕は考える事を放棄しただけだった。しかし今でもその考えは変わっていない。


 なぜなら僕は、枯れて逝った彼女たちは……詰まる所、ただのアホ毛なのだから……。



 再び僕の自我が覚醒した時、僕の主ことエルシアは、ピンチな状況に追い込まれていた。


 良く分からない場所で、殺意剥き出しの謎のメイド集団に襲われていたのだ。


「……助けなきゃ!」僕は柄にも無くそんな事を思ってしまった。しかし所詮は毛の小さな集合体、重力に逆らってフニャっと立っているクセ毛だ。小型の魔物が相手なら捨て身でどうにでもなるけど、相手は人だ……何も出来っこない。


 僕はエルシアの頭の上で、彼女の勝利を祈る事しか出来なかった……。



 その場を何とか切り抜けたエルシアは、何処から拾って来たのか「アホ毛のツボ」だか何だかの本を使って、僕の強化を図って来た。多分エルシア自身にアホ毛を強化してる自覚は無いと思うけど、それでも僕の毛は数センチ伸びて、彼女の魔力を上手に吸収して扱う術を覚える事が出来た。


 僕が真っ先に考えたのは、ちょっとした固定砲台だ。頭の上から射撃を撃ち続け、エルシアの死角をカバーする……そうすれば彼女の生存率を少しは上げられると思った。


 これは僕がアホ毛として生きていく上で、宿主の彼女に死なれては困るから助けるのであって、他の理由は一切ない……そのつもりだった。


 ある日の就寝中、また例のメイド……アンドロイドがエルシアを殺そうと攻めて来たのだ。しかしエルシアはアンドロイドの接近に一切気付いていない。


「はぁ……やれやれ」


 僕は心の中で愚痴を零しながらアホ毛の先端に魔力を溜めて、一気に解き放った。


 バシュゥゥン。


 派手な音と共に毛先からはレーザーの様に鋭く細い熱エネルギーが飛び出した、運良くアンドロイドを仕留める事は出来たけど、全然狙って無い方向にレーザーは飛んで行ってしまった。


 奇襲を掛けるつもりが、あっさりと迎撃され、しかも仲間を殺されて焦ったアンドロイドは撤退。これからも襲撃はあるだろうし、もっとこの力の使い方を理解しなければ……。



 その日の朝、エルシアが活動中に、僕は頭の上で揺れながらレーザーの事を考えていた。エルシア曰く、あのレーザーは「アホ毛ビーム」らしい。なかなかふざけたネーミングセンスだと思うけど、気にしない事にした。


「さて、アホ毛ビームなんだけど……どうして変な方向に飛んで行ったんだろう?。僕はアンドロイドの胸に狙いを付けた筈なのに、何故か頭に命中した……何で?」


 色々考える、しかし答えは出ない。そもそもビームが出る事自体想定していなかった。せいぜいエルシアが使う電撃の劣化版を、アホ毛サイズで使える様になる位のイメージしか持っていなかったからだ。


「アレは間違い無く電撃では無かった。じゃあ魔力の塊?それも違う気がするな……。僕は一体、何を飛ばしてしまったのだろう?」


 そんな事を考えてる内に、エルシアはレジスタンスと合流。考えるのに夢中で何をする気か聞いていなかったけど、何やら大きな戦いに備えた準備をしているみたいだった。


 そして時間は過ぎていき、夜中になった。


 またしてもコッソリ寝込みを襲いに来たアンドロイドに、僕は再び魔力を毛の先端に集めて、狙いを定めた。


「――っ!?」


 そしてこの時、僕は何で狙って無い方向にビームが飛んで行ったのかを知る事になった。


 原因はエルシアだ。彼女は寝息を立てながらも、無意識に殺意に反応。瞬時に相手の弱点を探り出し、そこに意識を集中させていたのだ。


 脳に近い場所に居る僕は、エルシアの意識と同調して、自分の意思とは関係なく敵の弱点を狙っていたのだ。


 アホ毛ビームがまたしてもアンドロイドを1撃で仕留める。火力は十分みたい……でも撃つと尋常じゃ無い疲労感を感じる、連射は無理なのかもしれない。


 そして今回、気付いた事がもう1つ。それはビームの正体についてだ。


 熱エネルギーの塊だと思っていたこのビーム、実は光線だった。


 本来バラけて散ってしまう光線を、筒の様に丸めた魔力で覆い、全力で撃ち出す……それがアホ毛ビームの正体だったのだ。


 とはいえ、結局熱エネルギーの様なものである事は変わらない。簡単に対策を取られてしまいそうでもある。


「なるほど……アホ毛ビームについて大体分かって来た。後は何発で打ち止めになるかの検証をしておかないと」


 僕は暗く静まり返った、エルシアの寝息しか聞こえない空間で、アホ毛ビームの連射を始めるのだった……。



 そして夜が明けて、エルシアが活動を再開し始めた頃、僕は検証の成果を纏めていた。


 因みにアホ毛は眠くなる事は無い。疲れても少し休めば元気になる、だけどそれは宿主が健康体ならの話。幸いな事に、エルシアは宿主としては非常に健康体の為、かなり元気だ。


 さて、今回の検証で分かった事。撃てるビームは5発が限界、照射時間は最大3秒、魔力の筒をコントロールしてトリッキーな屈折を行い追尾ができる事、屈折回数は最大2回まで……こんな所だろうか。後は宿主と分離してても3発なら撃てる事が分かった。中々使い勝手はよさそうではある。


「だけど、火力はある程度抑えないとな……。毛先がチリチリだ」


 焦げた毛先を見ながら呟いた僕は、気持ちを切り替えて、色々とアホ毛ビームを使った戦術を考え始めるのだった



 それから数日経った時の事だった。僕はいつもの様に夜中にアホ毛ビームを飛ばしていたんだけど、なんとリノリスに見られてしまっていたのだ。


 無言で僕に近付くリノリス、毛先から冷や汗が流れる。


 毛先をつままれる、体……いや、毛の束が震える。


「……古今東西、アホ毛は侵略者として見られてきた。そう記憶領域には保存されていますが、どうやら間違いなようですね」


「いやいや、僕たちに侵略する力なんて無いよ!?何の話!?」


「昔からチラホラとアホ毛が人間を侵略しに来ると記憶されています。侵略方法は生き物の頭に寄生する……との事ですが、貴女様はエルシア様のアホ毛様なんですね?」


「そうだけど……アホって言われてるのに様を付けられると複雑な気分……」


「アホでは無く、アホ毛様です。あまり深く考えられない方が良いですよ?」


「……あぃ」


「それと、あんまりビームを撃って燃え尽きない様に気を付けて下さいね」


「あーぃ」


「ふふ……アホ毛と会話なんて、貴重な体験をさせて頂きました。ありがとうございます」


「あの……僕の事、エルシアには黙っててね?。何だか夜な夜なビームを撃ってるとか恥ずかしい……」


「かしこまりました。それでは、お休みなさいませ」


「お休み……なさい」


 リノリスは部屋から出て行った……はぁ、焦った。



 そんなこんなでアンドロイドの襲撃がピタリと止んで数日、僕はエルシアとお温泉に入っていた。


 彼女は僕が動いてる事に気付いていたらしく、頭を洗ってあげると嬉しそうにしていた。と言うか僕ってこんなに伸びれたんだ……。


「あ、そうだ……私の意思でアホ毛ビームって撃てるんでしょうか?」


 ……え?。


「ちょっと念じてみましょうか。……んんんん~~!。」


 いや、多分撃てないと思うんだけど。でも自分でビームが撃てたら嬉しいだろうし、少し付き合ってあげよう。


 ……ビビビビ~。


「おぉ!?本当に撃てました。ただ……何て言うか、ショボいですね」


 そりゃそうだよ。1%の出力だし。


「これはアホ毛には申し訳ないんですが、実戦では使えそうにないですね……雷球の方が弾速いし」


「……」


 こんにゃろう、好き勝手言いおってからに。



 さて、そんな話をしつつも温泉を出た僕達は、再び行動を開始した。


 正直な話、僕は今、エルシアと共に居られる事が嬉しいし楽しい。僕を認識してくれるリノリスに会えたことも嬉しかった。


 こんな普通な日常であれば、僕はエルシアの上で自我を持ったまま佇むのも悪くないかも……そんな事を夢見ていた。


 ……しかし、そうは言ってられない事態が発生してしまう事になる。


 ミュエールとの戦いが終わった日の夜、エルシアの寝込みをアンドロイドが襲ってきたのだ。だけど疲弊していたエルシアは起きる気配が無い……ならば僕がやるしかない!。


 僕は今までに得た知識をフル活用して、アンドロイドとの戦いに身を投じた。


 最初の数体はアホ毛ビームで一瞬にして塵にする事が出来た。しかしその反動で毛先が焼け焦げるが、そんな事に構っていられない。


 更に数体のアンドロイドが押し寄せて来る。


 僕は屈折させたアホ毛ビームで一気に焼き払うが、既に僕の存在を認識していたアンドロイドは対策を講じて来ていた。


 どうゆう訳かアホ毛ビームが効かない。露出してる肌は焼けるし燃やせるけど、何故かメイド服が燃やせない……耐熱仕様になってるみたいだ。


「チィッ……!」


 アホ毛ビームを3連射、しかし全てメイド服に吸われてしまって破壊出来ない。このままじゃエルシアまでアンドロイドが到着するのも時間の問題だ……どうすれば。


 そんな時だった、素早い身のこなしでアンドロイドの服を斬り裂くメイドの姿が眼前を横切ったのだ。


「リノリス!?」


「お待たせして申し訳ありません、アホ毛様。外の人形を排除していました」


「近接戦闘も出来るんだね……」


「はい。ですが私には近接戦のプログラムが組み込まれていません、自己防衛程度しか刃物は扱えないです」


「それで十分だよ。……一応確認なんだけど、この部屋に居るアンドロイドが最後なんだよね?」


「アホ毛様の仰る通りです」


「分かった……リノリスはエルシアの傍に居てあげて。アレは僕が何とかして見せる!」


「分かりました……御武運を」


 会話を終えた僕はエルシアの頭から飛んでは慣れると、アンドロイドの頭上からアホ毛ビームを撃ち込んだ。


 流石に髪は防熱仕様では無いらしく、頭をから少しずつ溶けていき、遂には体から火が噴き出していた。


「防熱仕様が仇になってるみたいだね。普段のメイド服なら瞬時に熱を逃がせただろうに!」


 僕は髪の束を3つに分裂させて各アンドロイドの頭上に飛んで行き、各々でアホ毛ビームを放つ。アンドロイドたちに対策を講じられる前に纏めて破壊するのがベストだと判断したのだ。


 火力こそ落ちてるものの、アンドロイドを溶かして燃やすにはまだまだ十分過ぎる威力が残っていた。


 僕は更に毛を分離させて数百本の束になると、残りのアンドロイドを全方位で囲んだ。


 しかし流石はアンドロイド。既に対応策を考えたみたいで、メイド服を脱いで盾にして来たのだ。だけどもう遅い!。


数百本の束全てからアホ毛ビームを撃ち出す。何十本も焦げて散るが、気にせず撃ち続ける。


 アンドロイドの肩や胸、太ももにアホ毛ビームが命中し、当たった場所が溶けていく。僕は魔力の細かい調整を全てのアホ毛と共に行いながら、体内を縫う様にしてアホ毛ビームを流し込んで行った。


 最初こそ抵抗も激しかったアンドロイドだけど、次第に体中に熱を帯びていき、遂に全身から火が噴き出し始めた。


 彼女たちはメイド服を投げ捨ててその場でのたうち回っている。一方僕は全てのアホ毛と合体して元の姿に戻っていたけど、本来エルシアから分離して撃てる量を越えてアホ毛ビームを撃った所為で、既にチリチリになっていた。


「もう十分です、アホ毛様。後は私が片付けます」


「いや……僕がエルシアを守るんだ。僕がトドメを刺さないと……!」


「ですがアホ毛様は既に限界なのでは?」


「それでも!僕はエルシアのアホ毛として、宿主を守りたいんだ!」


「……分かりました、もう止めません。……その雄姿を見守らせて頂きます」


 僕はチリチリのアホ毛に最後の力を込めた。


「(あぁ……僕は何やってるんだろう?。そもそもアホ毛に自我があるって変じゃん。自我があったとしても、存在意義や存在理由って、その人物を可愛く見せる小道具的な立ち位置である事には変わり無いじゃん)」


 アホ毛ビームの出力は、最大を越え始めた。だけど僕は確実に消し炭にする為、更に魔力を込める。


「(アホ毛は本来、自我なんて持たずに頭の上で揺れ続ける存在……僕はずっとそれが正しい事だと思っていたのに、別の生き方をしても良いんじゃないのかと思ってしまう自分が居る事も否定出来ない)」


 ビームの出力が高過ぎて、毛先から燃え始める。


「(少し前に咲いていた元のアホ毛や、アホ毛ブラザーズを名乗っていた兄妹を否定して、今の僕がある。だけど今なら、彼女たちが本当は何を求めていたのかが分かる。それは……)」


 毛が半分程燃え広がった時、僕は最大出力のアホ毛ビームでアンドロイドたちを薙ぎ払っていった。


「(エルシアの頭の上で咲いている。それが僕の、僕たちの求めていた答えだったんだ……。僕たちはエルシアの頭の上で一緒に旅が出来れば、それで良かったんだ!。それこそが存在意義で、存在理由なんだ!」


 メイド服ごと燃えて焦げカスになっていくアンドロイドたち。僕は跡形も残さない様にアンドロイドにアホ毛ビームを照射し続けた。


 そして全てが燃え尽きた後、僕も地面に落っこちて、力なく倒れた。


 そんな僕を拾い上げたリノリスは火を消してくれたけど、既にチリチリになった数本しか残っていなかった。


 彼女は僕をそっとエルシアの頭に返してくれた。僕は精一杯に体を動かして、本来居るべき場所に戻っていった。


「なんで……もっと早くに気付けなかったんだろう?」


「何の話か分かりませんが、生きる物全ては気付くのが遅いのです。だから後悔するし、成長出来る。アホ毛様も立派な生き物である証拠では無いんでしょうか?。そして生き物であれば、子孫を残し、間違えを起こさない様に次に託していく……そうでしょう?」


「そうだね……生き物であれば、確かにその通りだと思うよ」


 子孫か……考えた事無いけど、僕にも子孫を残せるんだろうか?。


 よくよく考えると、僕の生みの親って先代のアホ毛だ。なら僕にも子孫を残せるって事かな?。やり方は分かんないけど、とりあえずアホ毛の毛根を残して置いてみよう。後は次の時代に残す僕たちの記録を、誰かに取ってもらうだけだ。幸いにも目の前に適任者がいるし、頼んでみようか。


「リノリス、お願いがあるんだけど……僕の話を記録に残しておいてくれないかな?。そして次の代に生まれるエルシアのアホ毛に、それを語り継いで欲しい」


「かしこまりました」


 僕は一息置くと、自我が再び芽生えた頃の事から話し始めるのだった。



 そんな出来事があった次の日の朝、僕は既にエルシアの頭の上で枯れていた。


 原因は間違い無くアンドロイドとの戦闘で無理をしたからだ。所々焦げて、萎れてしまっている。


 後悔が無い、と言えば嘘になる。本当はエルシアと一緒に旅を続けたかった、それが叶わずとも、せめて一緒に居たかった……。だけど満足はしているし、次の希望も残せたのだ。


 そう、エルシアの頭の上には、新しいアホ毛が芽生えつつあったのだ。まさか夜の内に残した毛根から生えて来るアホ毛が、これほど早く成長するとは思っていなかった。


 後はこのアホ毛が、どう自分と向き合っていくのか、それを兄弟たちと見守っていこうと思う。


 エルシアが頭を掻いた際、枯れた僕は彼女の手にくっ付いて取れてしまった。


「うぇ!?私ハゲました!?……良かった、アホ毛が枯れただけみたいですね。でも何で急に枯れたんでしょう?……アホ毛ビームで燃え尽きたんですかね?」


 エルシアはそれ以上考える事は無く、枯れた僕をその辺に投げ捨てて旅を続け始めました。


「まったく……もう少し褒めてあげても良いと思うんですけどね。とにかく、お疲れ様でした、アホ毛様」


 リノリスはエルシアに聞こえない声量で愚痴ると、僕を持ち上げてポケットにしまい込んだ。


「アホ毛様は必ず、エルシア様の元までお届けしますよ。だから安心して眠って下さい」


「……」


 僕はリノリスの言葉に安堵すると、一生覚める事の無い眠りにつくのだった……。

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