エクストラストーリー エピソード・リノリス

 私は、何の為に生み出されたんでしょう……?。


 何の為に、仲間を失って、自身の体を失って、感情を殺しながら、かつての仲間の血を浴びているのでしょう……?。


 ですが私はメイド。アンドロイドと言えど、主の命に応えるのが私の務め。


 主は私達の生みの親でもある、創造神様。私達メイドは、あの御方の願いを叶える為に作らられました。でも今の私達は、あの御方の目障りな存在らしく、無謀な命令を与えられ、無意味に命を散らす存在になっていました。


 しかも最近聞いた話では、感情を持たないアンドロイドの制作に主様は取り掛かっているのだとか。


 ……既に私達の敬愛していた御方はもう居ない。あの体には、別の誰かが住んでるとさえ思う程、まるで別人になってしまわれた。


 現に離反して反旗を翻すアンドロイドが現れる程、あの御方の豹変は酷いものになっていました。


 そして離反したアンドロイドの処刑に、私は抜粋されて、今に至ります。


 最初は仲間を殺す事に抵抗を覚え、それでも主様の為にと、仲間の血を浴びていました。


 仲間を殺す度に、私の思考ルーチンはグチャグチャになってエラーを吐き出し、何も考えられ無くなる絶望に似た感情に支配されていました。


 それでも私は、「主様の為に」と自分に言い聞かせて、離反したアンドロイドを殺して回りました。


 いつしか殺しに慣れた私は、エラーを吐き出す事無く、心を無にして殺す術を覚えていました。きっとそうしないと、私も主様の元から逃げ出したくなっていたからでしょう。


 かつての主様は、こんな酷い命令はされなかった。


 常に私達の事を想って慈愛を持って接する、ちょっとお茶目で天然で、面倒くさがりで、1つの事にのめり込んで周りが見えなくなって、毎回メイドに怒られて、それでいて笑ってる……そんな御方だったのに……。


「おーい?リーノーリースー?」


「聞こえてますよ。そちらは終わりましたか?ミュエール」


 私は幼女の様な見た目の、アンドロイド、ミュエールの頭を撫でながら問い掛けました。


 彼女は私の親友で、製造日も同じ、姉妹とも言える存在でした。


 ミュエールは私と共に処刑を行うアンドロイドの一人です。


 しかし彼女は、その見た目と同様に幼い子供の思考を持って生まれたアンドロイドだった為に、仲間を殺して半狂乱になる事も珍しくはありませんでした。ですがやはり、それも前の話……。今はどれだけ上手に殺せるかに夢中になる殺戮者になり果てていました。……まぁ無心で殺せる私も、十分に殺戮者な訳ですけど。


「こっちのアンドロイドは皆殺しにしたよー。今日は綺麗に一突きで殺せたから楽チンだった」


「そうですが。お疲れさまです、ミュエール」


「リノリスの方はどう?綺麗に殺した?」


「綺麗……かどうかは分かりかねますが、彼女達は自分が殺されたとすら思っていないと思います」


「プチプチと狙撃して殺したんだ。アレはアレで楽しそうだよねー」


「殺しを楽しいなんて言っちゃ駄目ですよ、ミュエール。主様の命が無ければ殺しはしません」


「はーい。……でもパパはどうして処刑命令なんて出したんだろうね?」


「主様をパパと呼ぶのは止めて下さい」


「リノリスだって昔はお兄ちゃんって呼んでたじゃん」


「昔の話です。そんな記憶はゴミ箱にポイして下さい」


 そんな雑談をしながら、私達はマザーステーション……現在の拠点に帰っていくのでした。



 マザーステーションのメンテナンスルームにあるカプセルで横になった私とミュエールは、他愛ない話をしながら、さっきの話の続きを話す事になりました。


「それで、主様が殺戮を命じる理由……でしたっけ?。それに関しては私も分かりかねます」


「……ねぇ、リノリス」


「そんな真剣な声で、どうされました?」


「……何でメンテナンスカプセルに入る時って、服を脱がなきゃいけないんだろう?」


「え?服を着てたらメンテナンスが出来ないじゃないですか」


「でもでもー、隣のアンドロイドの裸が丸見えって、プライバシーが壊滅して無い?」


「私達は人間じゃ無くてアンドロイドなんですから、プライバシーは必要無いでしょう……。貴女は主様の話がしたいんじゃ無かったんですか?」


「そうそう、パパの話だよ!」


「だからパパは――」


「いーの!幼女にはパパが必要なのー!」


「……怒られても知りませんよ?」


「平気だってー。でさ、パパなんだけど……急に性格が変わったよね」


「そうですね……その頃の私は長期メンテでスリープ状態だったんで、ログでしか確認は取れてませんが……50年程前に急変したと言われてましたね」


「そうそう、パパがおかしくなる直前、魔女がパパに会いに来たんだよ!」


「……魔女?」


「うん!アンドロイドじゃ無くて人間!。その魔女に頼まれただか何とかで、パパは世界を東西南北と地と空で区切った、箱庭の世界を作り出したんだよ」


「……ログを確認しました。主様は魔女との戦いに負けて、魔女の望み通りに世界を書き換えたらしいです」


「パパ負けちゃったんだ……」


「みたいですね。ですが主様は戦いに向かない神様だっていう事は、皆知ってる事じゃないですか。御本人もそうおっしゃっていましたし」


「まーねー。でさ、その魔女が来てからパパは変になったんだよ!」


「……主様は一体何を見て、何を言われたんでしょうね?」


 ピピピッ。


 メンテナンスが終わる合図と共に、横向きになっていたカプセルが縦向きにスライドして、私達は放出されました。


 その後、服を着て主様の命を待つ私達に、最悪の命令が下されました。


「新型アンドロイドが完成した。お前達は用済みだ、データの転送を終えた者から廃棄場へ行く事を命ずる」


「――ッ!?」


「うそ……でしょ……?。パパ……私達を捨てるの……?」


「……もう限界です。逃げましょう!ミュエール」


「……」


「ミュエール?」


「出来ないよ……。どんな結末であれ、パパを裏切る事は私には出来ない……」


「ミュエール……」


「幸い、メンテナンスでデータの転送は終わった所だし……私は廃棄場に行くよ」


 そう言うミュエールの足は、恐怖で震えていました。


 本当は彼女を引き留めるべきだったのでしょう。ですが私達はメイド、主様の言葉に逆らう事は推奨すべきではありません。


 私は……喉元まで出掛かった「一緒に来て」と言う言葉を無理矢理飲み込んで、彼女を抱きしめました。


「あのさ、リノリス」


「……何ですか?」


「私の分もさ……生きてね」


「――っ!。貴女の居ない世界は……嫌ですよ」


「お願いだよ……お姉ちゃんの言う事を1回位は聞いて」


「……分かりました。必ずミュエールの分まで生き延びます」


「うん、ありがと……そして、さようなら。人間風に言うなら、リノリスの事を天国で見守ってるからね」


 ミュエールは笑いながら、廃棄所方面へと歩いていくのでした……。



 マザーステーションから脱出した私は、リノリスが廃棄されるのを隠れて待ちました。


 本当は助けに行きたい。……でも、彼女の忠誠心を傷付ける真似は、どうしても私には出来なかったのです。


 だから私は、彼女の魂が宿っているであろうパーツと共に、なんとしても生き残る道を探す決断をしたのです。



 そして遂に、私はミュエールの残骸を入手する事に成功しました。


 私のライフルにミュエールのパーツをドッキングして作った大型ライフルを背負って、私は感情を捨てたアンドロイドと戦いながら生き抜いていきます。


 ですが離反してから数週間後、私は主様直々に両腕を破壊されてしまいました。何かウイルスも流し込まれたみたいで、視界が歪んで力が入りません。


 私は右足に仕込んでおいた爆弾を使ってその場から逃げ延びると、廃教会の壁際にもたれ掛かりました。


「……両腕も無いし、足も片方無い。流石にもう無理ですか」


 私は今まで自分がして来た事を思い返していました。


 命からがらに逃げ延びた離反者を殺す処刑人リノリス……それが今は離反して処刑されそうになっている。何とも滑稽な話です。


「因果応報……って言うんでしたっけ?。何ともまぁ……様ぁ無い……ですね」


 私は割れたステンドグラスから覗く星空を眺めながら、覚悟を決めて目を閉じました。


「ごめんなさい……ミュエール……此処まで……見たいです」


 バチンッ。


 何かの回路が弾け飛ぶ音が聞こえました。視界がザラつきます……聞こえる音にノイズが混ざり始めました……。


 もう……駄目みたいですね。


 私は自ら、自分を保ったまま死ぬ為に、活動を停止させるのでした……。



 次は無い……そう思ってた私は、不意に再起動しました。


 幾つかデータの破損が見受けられますが、ウイルスは再起動の際に全て除去されたらしく、視界はクリーンで音もしっかり拾えます。


「私の事を再起動させたのは……誰でしょう?」


 私は周囲を見渡しました。そして教会の長椅子に横になる、金髪の少女……人間を見つけたのです。


 そして悟りました。彼女が私の事を再起動させたんだと。彼女こそが、私の新しい主様であると。


「ミュエール……どうやら私は、天国とやらには行けないみたいです。もう少し見守ってて下さい……」


 私は足を含む下半身を破棄し、そのパーツで両腕を作り出すと、這いながら少女の、新しい主様の元に向かって行くのでした。


「全く……みっともないですね、今の私。」


 私は苦しそうな表情で寝ている彼女の元まで辿り着くと、彼女の事を揺さぶって起こすのでした……。

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