12節 殺意の矛と、戸惑う心と、強い決意

 はい、私です。少し前に自我を持ったアホ毛が超回転しながら飛んで行ったまま帰って来なくて元気が無いエルシアです。


 私は今、思い出したくも無い悪夢をプレゼントしてくれた男……ライオットの姪を名乗るシラユキ・ベルギウスと対峙している所です。


「貴女が……ライオットの姪?」


「そうですわ。貴女が殺したライオットは……わたくしの叔父ですの」


「どうして……どうして今更、私の前に現れたんですか!」


「それは……わたくしが貴女に復讐をする為ですわ!」


 動揺を隠しきれない私は、彼女の向けて来る殺意の籠った矛を避けきれずに、左肩に直撃してしまいました。


「うぅっ!」


「さぁお立ちなさい!正々堂々と叔父様の無念、わたくしが晴らさせて頂きますわ!」


 ……どうしましょう。戦いたくないです。


 そう思いながらも立ち上がった私に、シラユキは怒涛の連撃を繰り出してきました。


 私は魔道昆に魔力を纏わせて、ひたすら攻撃を捌いているんですが、それでも良く訓練された鋭い突きは、確実に私の身体を傷つけていきます。


 そんな時でした、彼女の槍が私の左足の太ももに突き刺さったのです。


「ぐぁっ!」


 呻き声を立てながらその場に跪く私、そんな私を見下ろしながら、シラユキは何処か辛そうな声で私に尋ねてきました。


「どうして……攻撃して来ないんですの?」


「……私が、貴女を斬りたくないからです」


「貴女、今の自分の状況が分かってますの!?わたくしに殺されそうになってるんですのよ!」


「それでも……貴女は斬ってはいけない気がするんです」


 よろめきながら立ち上がった私は、息を荒くしながら近場の木に寄り掛かりました。


 思ったより足の傷が深いですね……早くこの場を何とかしないと。


「何で……そこまで傷を負いながらも、どうしてそんな事が言えるんですの?」


「……私は基本的に、旅の障害になりそうな物は排除しながら進むと決めていました。でも、今は少し違う……出来る限り殺さないで進みたいと思っているんです」


「……それで命を落とす事になったとしてもですか?」


「そんな事にはならないですよ。相手を理解しようとすれば、殺さずに済む命がある筈なんです」


「……」


「とりあえず……もう止めにしませんか?怪我を治療したいんですけど」


 普通であれば、到底受け入れられる提案では無い筈です。しかし彼女は、直ぐに断る事無く悩み始めました。


 暫く悩んだ末、シラユキは武器を仕舞うと、私の元に近づいて来て肩を貸してくれました。


「すいません。敵に肩を貸すなんて、優しいですね」


「か、勘違いしないで下さいましっ!。わたくしは貴女が斬るに値する者かどうかを見極めようとしてるだけですわ!」


「ふふっ……分かってますよ」


 こうして私たちは、テントの中に戻って行き、全身の怪我の治療をするのでした。



 その日の夜、結局戦う事をしないで1日過ごした私たちですが、シラユキに関して幾つか分かった事があります。


 まず、ライオットが何をしようとしていたかを知らない事。


 ベルギウス家の悲願は、神を殺して人類を開放する事。


 ライオットの血筋は本家で、シラユキは分家である事。


 ベルギウス家の敵は絶対悪であると教え込まれる事。


 他にも幾つかありましたが、特別取り上げる必要があると思ったのはこれ位です。


 ベルギウス家の悲願はライオットが語っていたので知っていましたが、まさか奴が何をしようとしていたのかを知らなかったなんて……。


「ねぇ、貴女は叔父様が何をしていたのか……知ってるんですのよね?」


「……聞いたら失望するかもしれないですよ?」


「構いませんわ、教えて下さいまし」


 覚悟を決めた表情のシラユキが、私の対面に座って話を聞く態勢に入りました……なら私も、情とか抜きでありのままを話します。


 ライオットの事を話すにつれ、辛そうな表情を強くしていき、最終的にはボロボロと涙を零しながら泣いてしまうシラユキ。……こうなる事が分かってたんで話したく無かったんです。意味も無く誰かに泣いてほしくないんです。


「……以上が、ライオットを倒すまでに彼が行った悪事の全てです」


「そう……ですのね……。話してくれて……ありがとう……ございます」


「……」


「叔父様は……昔から何かと……悪評が絶えないお方でしたの」


「そうなんですか?」


「えぇ……最後に聞いた悪評では……自身の妹に、その……手を出したと」


「……どういう事ですか?」


「わたくし達と……歳の変わらない子の……純潔を……奪ったと」


「……そうですか」


 ……そういう事をやっててもおかしく無いと思えてしまう辺り、やっぱり性格はクズなんですね。ちょっと……いや、かなりムカついてきました。


「でも!それでも、叔父様は分家のわたくし達にも親しく接してくれる優しいお方でしたの!……もう、親しく接した理由が優しさだとは信じられませんが」


「……私が語った事は事実でしかありませんが、貴女が聞いたのはあくまで噂でしょう?だったらその噂は嘘かも知れません。……貴女の好きな叔父様も本当の姿なのかもしれません、好きな人は何があっても信じてあげて下さい」


「……そうですわね。ありがとうございます、エルシア。たとえどんな人だとしても、既に亡くなっている方だとしても、信じてあげられるのは好意を持ったわたくしだけですものね」


「えぇ、そうですね。……夜も更けて来た事ですし、そろそろ寝ましょうか」


「そうしましょう、おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい」


 こうして私たちの1日は、幕を閉じるのでした。



 次の日の朝、私が旅の支度の為にテントなどを仕舞ってると、決意を固めた眼差しのシラユキが話しかけてきました。


「エルシア、わたくし……一度家の方に帰ろうと思いますの」


「そうですか、でも私の首は渡せませんよ?」


「分かってますわよ」


 私の返答にフッと笑いながら答えたシラユキは、胸に手を当てながら話を続けました。


「わたくし達は、ベルギウス家に楯突く存在は悪だと教えられて育ちました。でも、貴女が悪だとはどうしても思えない……だから叔父様のした本当の事を隠してる本家に対して直接話を聞こうと思っていますの。その上で悪とは何かを、わたくし自身の考えで結論付けたいと思いますわ」


 そう語るシラユキは、私にニッコリと笑って見せました。しかしその瞳の奥には強い覚悟を持った人の意思の様な物を秘めていました。


「そうですか……万が一何かあったら私の所まで来てくださいね」


「心配無用ですわ!それではごきげんよう、エルシア」


「えぇ、お気を付けて」


 こうして、シラユキはベルギウス家に戻って行きました……何か酷い目に遭わされないと良いですが。


 そんな感じで彼女と別れた私は、今日も北に向かって進んでいくのでした……。


 そろそろ私のアホ毛……帰って来ないかな……。

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