1節 癒しと、空飛ぶ私と、2匹の武士
王都から何処までも北に伸びる道、傾斜が比較的緩やかでどれだけ歩いても疲れ無さそうな散歩にうってつけの道で、私はしゃがみ込んで何かを見つめていました。
私の見つめるその先にいた物は……何とハムスターでした。
濃い灰色の背中に一本の黒い線、そしてとても小さいこのハムスターは恐らくジャンガリアンハムスターでしょうか?。
「はぁ~……かわいいですねぇ~……癒されますねぇ~」
私はうっとりとハムスターの何をしているのか理解が出来ない仕草に見惚れていました。別にハムスターが好きって訳じゃ無いんですが、それでもこの愛くるしい姿には思わずタメ息が出てしまう程の幸福感を抱かずにはいられませんでした。
「……オイ、人の小娘よ。いつまで拙者を眺めているのだ?」
突然語りかけて来たダンディーな声に辺りを見回す私ですが、私の周りには可愛らしいハムスターしか居ません。変だなぁと思いつつも特に気にする事無く、再びハムスターの観察をして癒されようとし始めました。
その時です、私の顔面にハムスターのキックが炸裂しました。
何それハムスター好きへのご褒美?……なんてそんな事を言ってる余裕が無いような衝撃が全身を襲いました。まさかハムスターが人間を吹っ飛ばすなんて事があるとは思ってもいませんでした……。
何が起きたのか理解が出来なかった私はハムスターの蹴りで見事に吹っ飛ばされ、終いには胸の上にハムスターが乗っかりながらヒマワリの種に串が刺さった何かを構えてジリジリと二足歩行で移動しながら私の事を警戒し始めたのです。
「え……?、えぇ!?」
今何が起こったのか、そして自身はどういう事になっているのか、その全てを理解した私でしたが、目の前でハムスターが殺意を出して構えている事は到底理解が出来ずにいました。
するとハムスターは信じられない程ダンディーな声で私に対して警告を発したのです。
「小娘よ……それ以上の無礼を働くならこの場で斬り伏せるぞ」
「……」
「おい小娘、聞いているのか?」
「……いぃ」
「む?聞こえんわ、もっとしっかり話せ」
「かわいい~!」
「ぬぁ!?お、おい止めろ!離すんだ!!それ以上頬をスリスリしてくるんじゃない!!」
急に立ち上がった私は胸の上に居たハムスターをワシ掴みにすると、まるで縄張りを増やす猫の如き勢いで頬擦りをし始めたのです。
「何これ凄い可愛い!ハムスターがダンディーな声で私に話しかけてきました!しかも二本足で立ってヒマワリの種を武器みたいに構えてましたよ!!!」
「お、おい!落ち着くんだ小娘!とりあえず拙者を離すんだ!」
「えへへ、ハムスターに小娘って言われました!小娘って言われてこんなに嬉しかった事は初めてですっ!」
「いいから離さんか!」
ガブッ!。
「い゛た゛ぁ!?」
指を噛みつかれた私はハムスターを手放してしまいました。しかし高い所から落ちたにも関わらずにハムスターはその場に二足で綺麗に着地、私にお説教を始めたのです。
「全く、お主は何を考えておるんだ!急に握られたら驚くではないか!」
「はぁ……すいません。それにしてもハムスターにお説教される日が来るなんて思いもしなかったですよ……まぁその前にハムスターね蹴り飛ばされる日が来るとも思っていなかったんですけどね……」
その後も暫く彼(?)にお説教をされた私は、「彼の頼み事を何でも一つ聞く」という事で許してもらえるのでした……。
ハムスターにお説教をされて数時間後……私はハムスターをワンピースのポケットに入れて何処までも北に伸びた道を歩いていました。
目的地は此処から直進した所にある大きな街……フォーラズムと呼ばれる街です。ハムスターはそこに用があるらしく、私に連れて行ってもらう事にしたようです。かくいう私もこの街に訪れる予定であった為、特に面倒くさいという事も無く彼の要望を了承、今に至るという訳です。
「そういえばお主、名は何と申すのだ?」
「エルシアです。貴方は?」
「拙者はハム座衛門、武士だ」
「一応私は魔女です」
「ほう。魔女という事は当然魔法が使えるのだろうな?」
「一応は……ただ私の魔力はそんなに多くは無いので無駄遣いは出来ないんですけどね」
「そうか……出来るなら魔法で空でも飛んで直ぐに街へ連れて行って欲しいんだがな」
「うーん……まぁチビすけの頼みですし、飛んでみますか?」
「チビすけ!?そ……それは拙者の事か?」
「えぇ、可愛くないですか?チビすけ」
「……チビすけ……チビすけ……」
チビすけは暫く悩み込んでいましたが、直ぐに考えるのを止めてこの名前を受け入れてしまったようです。
さて、空なんて飛んだ事ありませんが、私の魔力をこのシバキ棒こと魔道昆に込めれば多分飛べるでしょう……実際に魔力だけで魔道昆を浮かせる事が出来る訳ですし。まぁ魔力で魔道昆が浮かぶ事を知ったのはつい最近なんですけどね。
私は魔力を魔道昆に込めて浮かせると、横向きに座ってみました。意外といけそうですね、早速前進してみましょう。
「それじゃあ行きますよ!」
「ウム、頼んだぞわああぁぁあぁぁぁぁぁ!?!?」
「うひゃあぁぁぁぁああぁぁあ!?」
スピード加減が上手く出来ない私は、物凄い勢いですっ飛んで行きました。
幸いな事に周囲には背の高い木は一切ありません、万が一何かにぶつかってしまう事も無いでしょう。
それにしてもコントーロールが難しいですね……。魔力を魔道昆の何処に込めるかで動き方が変わるという事は何となく分かりましたが、肝心の込める魔力の量がイマイチ分からないです。
さて、魔力のコントロールが出来ない内にフォーラズムが視界に映る所まで私たちは飛んできました。そろそろ降りて歩いた方が良いですかね、降りましょう……。
「あれ?止まらない……?」
「おいおいエルシアよ!目の前に検問所が迫って来たぞ!」
「すいませんチビすけ……上手く止まれないです」
「……つまり?」
「このまま突っ込むしかない……かな?」
「かな?じゃないわっ!頑張って止まらんかっ!」
「まぁ一応やってみますが……多分悲惨な事になりますよ?」
「物は試しと言うだろう、やってみるんだ!」
そうチビすけに言われた私は、今まで魔道昆に魔力を込めてた場所とは反対方向に魔力を集中させました。するとどうでしょう、止まる所か全力で後ろ向きに吹っ飛ぶじゃありませんか。
「ああぁぁああぁぁあ!?!?何も見えませぇぇえええぇえん!!」
「バカタレ!全力で後ろに吹き飛ぶ奴が何処に居る!」
「此処に居まぁああああぁあぁす!!」
バランスを完全に崩した私は変な方向に吹っ飛んでいき、結局フォーラズムの検問所の壁に後ろ向きのままぶつかって止まるのでした……何て厄日だい。
〇
それから数時間後、不審人物としてフォーラズムに居た騎士に拘束されて事情聴取を受けた私はやっと解放されて街に入る事が出来ました。
チビすけは私が騎士に拘束されてる間に何処かに行ってしまい探しても見つからなかったので、諦めて今日は宿に泊まって明日探す事にします。別に彼に用事がある訳では無いんですが、武士のハムスターがわざわざ街に来る用事があるなんてただ事では無いと思うんで気になってるだけです。
そんなこんなで宿を取って、夕飯を近場のレストランで済まし、消耗品を買い足して、銭湯で体を洗って湯船に浸かった後、冷えない間に宿に戻って布団に潜りこんで明日に備えるのでした。おやすみなさい……。
はい、おはようございます。
今日はチビすけを探しつつ私の用事を済ませちゃいます、まぁ私の用事なんていつも通りに出没する魔物とか古い建物とかの情報を酒場で聞くだけなんですけどね。
という訳で酒場に到着した私は店内に入り、隠れる様に移動しながらカウンターの端に座りました。
酒場はいつも通りにアルコールで臭いですし、いつも通りに私の事を変な目でみるオジサンがいるし、いつも通りに怪訝そうな表情で私に水を出すマスターがいるしで絶賛人気者です。
「あの、少しお聞きしたい事があるんですが」
私がマスターに尋ねると、如何にも怪しい奴を見る目つきで私の元に近付いて来ました。
「……なんだ?」
「とりあえずオレンジジュースを下さい、後はこの辺にある古い建築物とか出没する魔物とかの危険な存在の話も教えてもらえると助かります」
「……高いぞ?」
「いくらですか?」
「……銀貨5枚だ」
「なら金貨1枚出します。その代わり詳しく話して下さいね」
「フッ……随分慣れてるじゃないか。とはいえ金を貰う以上はしっかり話させてもらうが」
「お願いします」
こんな感じで私はマスターからオレンジジュースを受け取り、金貨1枚を払って色々な話を聞かせてもらいました。
この辺りに魔物は殆ど居ない代わりに、魔物並みに強い小動物が多いらしいですね。何でも小動物が魔物を狩ってくれてるお陰だとか何とか……私みたいに魔物を狩って、部位を売って生計を立ててるハンターの資格を持つ人からすると死活問題ではありますが。
そしてこの付近の古い建築物ですが、何でもこのまま北に行った場所にある街付近に古いピラミットがあるらしいです。しかも近くを通る商人の話では夜になるとピラミットから明かりが灯って女性のすすり泣く声が聞こえて来るんだとか……ま、まぁ幽霊では無いでしょうね!絶対に違うと思います!!。
さて、情報はこんなもんですかね。私はオレンジジュースを一気に飲み干すと、マスターにお礼を言って酒場を後にしました。
「しかし魔物並みに強い小動物ですか……そう言えば私の事を蹴り飛ばした妙に強いハムスターがいましたね。彼ももしかして強い小動物なんでしょうかね?」
私はそう呟くと、チビすけを探して街の中を奔走し始めました。
チビすけを探して数分後、私が走っていると小さな公園に何やら人だかりができているのを見つけました……一体何事でしょうか?。私は興味本位で公園の中を覗いてみました。
居ました、チビすけです。ヒマワリの種を構える彼の向かいには別のハムスターも居ます……あれもジャンガリアンハムスターですね、毛の色が薄い辺りブルーサファイアと呼ばれる種類でしょうか。
「チビすけ?探しましたよ」
「おぉエルシア、スマンが立会人を頼んでも良いか?」
「は?」
状況が飲み込めない私はチビすけに事情を説明してもらいました。
どうやらチビすけの父……とりあえずチビビンバと呼称するハムスターと、向かいに居るブルーサファイアの彼……とりあえずまめ太郎と呼称するハムスターの父……まめ三郎は何かしらの因縁があるらしく、事ある事に戦っていた者同士らしいです。
そして、チビビンバとまめ三郎が亡くなった後はチビすけとまめ太郎が後を継いで戦い合ってるんだとか。因みに何かしらの因縁があるのは確かなのですが……まぁハムスターだし頭が小さいし仕方ない事の様に感じますが、肝心の因縁の内容を忘れてしまってるらしく、当人たちも何の為に争ってるのか分かってないそうです。
「あの……部外者が口を挟む事では無いと思いますが、戦うの止めては?」
「否!拙者はハム之介と戦う為に生きて来た身、今更剣を収める事なぞ出来ぬ!」
「それは某としても同じ事…ハム座衛門殿と合いまみえる為に半生を捧げた者として引く事だけは出来ぬ」
どうやら双方決意は固いらしく、私の提案は拒否されてしまいました……随分と熱血なハムスターたちですね。というかまめ太郎ってハム之介って名前なんですね。
「はぁ……まぁ構いませんけど、私は何をすれば良いでしょう?」
「簡単な事……勝負が着くまで見守っていてほしいだけだ」
「分かりました」
私がチビすけたちの立会人を了承すると、彼等は剣を構えたまま踏み込む隙を伺い始めました。……まぁ剣といってもヒマワリの種の剣とカボチャの種の剣なんですけどね。
さて、両者が探り合いを始めて数分が経過しました……思ってたよりも本格的な戦いになりそうですね。
そんな時、二人の間に桜の花弁が舞い込んできました。互いの姿が花弁で遮られてしまってます……私なら奇襲も兼ねて今仕掛けますね。そんな事を思ってると、両者共に動きがありました。
「いさ!」「参る!」
掛け声と共に両者の種……剣がぶつかり合います、想像以上の闘気に若干気圧されながらも私は両者から目が離せずにいました。
そんな時です、まめ太郎が小石につまずいて体制を崩してしまいました。
「拙者の究極奥義、しかと見よ!」
そう言いながらチビすけは大振りで3連撃の必殺技を繰り出しました。
「くらえっ!86式・参滅撃!」
無駄にカッコいい名前と共に繰り出された3連撃は、初撃に横振り、その回転を利用して威力の増した叩き付けを2撃目、更にそのまま飛び上がって空中から叩き斬る3連撃がとても綺麗に繰り出されました……正直に言ってお見事です。
叩き付けられて弾みながら吹き飛んだまめ太郎ですが、着地と同時に油断しきったチビすけに急接近して彼も必殺技を繰り出しました。
「秘儀!86式・旋風斬!」
まめ太郎は初撃でチビすけを突き飛ばすと、そのまま3連続で回転斬りを加え、最後に盛大に斬り上げをして動きを止めました。こちらも凄まじいです。
斬り上げられたチビすけは、上手く近場にあった木に足を着いて体制を整えると再び戦いの場に飛び戻って来ました。
「やるな……ハム之介よ」
「ハム座衛門殿こそ……格段に強くなっておられる」
……両者共に必殺技が直撃したんです、体力はギリギリな筈だしそろそろ決着でしょうか?。しかし私の予想は大きく外れ、意外にも彼らの戦いは数時間先まで続きました。
そして数時間後……最終的にその場に立っていたのは私だけでした。そうです、引き分けだったんです。
私は立会人として戦いを見届けた後、彼等を動物専門の医者の元まで連れて行き宿に戻りました。安否は気になりますが、お互いにそんなに長く生きる事は無いと分かっていたんで引き上げてきました。無事だとしても再び戦うでしょうし、何よりジャンガリアンハムスターの寿命は3年程度ですし。こういう時は悲しい思いをする前に引き上げるのが一番です。
こうして私は夜まで宿で次の行き先に印を点けたりしながら時間を費やしました……それにしても彼等のあの技、私も実戦で使ってみましょうかね?。幸いにもショーテルは私からしたら重い武器になりますし、何より少し工夫すれば実戦でも十分戦える連撃だと思いますし。
そんな事を考えながら次の目的地を地図で確認した私は、銭湯に行った後に布団に潜りこんで眠るのでした……。
そして次の日の朝、街を出る支度を整えてレストランで朝食を取る私の耳に、聞きたくなかった話が飛び込んできました……。
「昨日公園で戦ってた二匹のハムスター、やっぱり死んじゃったってさ」
「去年も一昨年も戦ってたし年だったんじゃない?」
「来年は子孫が戦いに来るのかな?悲しいけど楽しみだな」
そんな感じの会話が隣のテーブルから聞こえて来たんです。
食欲の失せた私は朝食を食べきることなくレストランを出ると、昨日彼らが戦った公園に足を運んでいました。
「周りには誰も居ないですね……よし」
私は全身に魔力を込めると、周りに転がる大小様々な石を寄せ集めて小さなお墓を2つ作りました……これは私なりの敬意のつもりです。彼らは立派に武士でした。
最後に2つのお墓の前にヒマワリの種とカボチャの種を植えた私は、気持ちを切り替えてそのまま街から出ました。
「さて、本来なら次の街まで3日程でしょうけど、私には最高の移動手段である魔道昆があります……上手く使えれば早めに到着出来るかもしれませんね。行きましょう」
私は魔道昆を浮かせると、中央に座って少しずつ前進していきました。
いつかまた、ヒマワリの花が咲いてカボチャの収穫時期の頃に来れたら良いな……。その時に彼らの子孫たちは因縁さえ忘れてしまった争いを止めて仲良く種をかじっててほしいな……。そんな淡くて妄想じみた想いを胸に、今日も私は旅を続けるのでした。
この後ピラミットまで辿り着いた私は、そこでもちょっとした争いに巻き込まれていくのですが、それはまた次のお話で……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます