15節 もう一人の英雄と、碧色の術式と、懐かしき影
辺り一面で鳴り響く爆発音、誰かの悲鳴、崩れ落ちる瓦礫の音、建物の燃え盛る音……私はそんな地獄の様な姿に変わり果てた王都を全力で駆け抜けていました。
さて、新しく立てた作戦なんですが、前に立てた作戦のパターンBに近いものになりました。
パターンBと違う点は、大きく分けて2つあります。
まず前提として、4人でライオットに召還された人を倒す事。
その上で、ライオットからA・Aを奪って、ノヴァさんがライオットを倒す。その為にはノヴァさんがA・Aを使ってる最中、私たち3人でライオットと戦わなくてはいけない事。
細かく上げればまだまだ沢山ありますが、これだけを頭に入れておけば、何とか立ち回れるでしょう。
まずは召還された人を倒さなくてはいけないんですが……いきなり緊急事態です。
本来の作戦通りなら、最初に居た位置に浮いてる相手を何とかして地上に下ろす所から始まるんですが、そもそも敵が居なくなってます。
「ノヴァさん、敵が見当たらないですよ!?」
「え!?いきなり作戦が没になったって事!?」
「そうだな……。各自、自由に動いて対処だ。本来の作戦通りに持ち込めそうだったら予定通りの配置で戦うぞ」
「了解。ねぇノヴァ?ライオットが召還してる相手って……」
「あぁ……まだ確証は持てないが、俺達の居る家を把握出来てた筈なのに、攻撃を一切仕掛ける事無く場所を移動した所を見ると……アイツかもな」
「……知り合いなんですか?」
「あぁ、恐らく最強の敵だ。アイツは俺の作戦を完全に把握して裏を斯いて来る。基本的にはバカだが戦闘になると頭がキレる面倒な奴だな。普段は仲間だったから頼もしかったんだが……」
「えぇ!?じゃあ、もしかして私たち家ごと吹き飛ばされてたかもしれないって事!?」
あぁ!そういえばそうじゃないですか!。この人の作戦……本当に大丈夫なんでしょうか?さっきの作戦を聞いた時の安心感返して下さいよ……。
「大丈夫だ、攻撃が飛んできたとしても全て弾き返してたさ」
「……どういう事です?」
「エル、俺達があの家に入った後、家の中をグルグルしてた事には気付いてたか?」
あー、確かに見て回ってましたね。安全確認かと思ってたんですが、違ったんですかね?。
「あの時に、家の中に結界を仕掛けておいた。攻撃を弾く類の結界だ、まぁこっちからの攻撃も弾いちまうから一方的に攻撃ってのは出来ないんだがな……。あくまで合流が出来るまでの安全地帯の確保だと思ってくれ」
「なるほど……ちゃんと考えてたんですね、安心しました」
他にも気になる所はあるんですが、まぁノヴァさんはきっと考えた上での行動なんでしょうし、信じましょう。
そう思った矢先、私の体に強い衝撃が走り、一気に視界が揺れました。脇腹が痛いです……一体何が当たったんでしょうか?。
「ぐぁ……!いったぁ。いきなり何ですか?」
私はお尻を地面に着いて座り込んだまま、何かがぶつかった方を見ました。そして私の視界に映った人物……それは白いロングコートを着た短髪の男性でした。
この人が……ノヴァさんの言っていた最強の敵……勝てるんでしょうか?。
「エルシアちゃん!!」
いつも以上に張り詰めたユズの声と同時に、ボウガンの矢が敵の背後に命中しました。しかし電撃の様な何かで、矢は敵に命中する前に地面に落ちてしまいました。
「なっ!」
絶句しながらも私の元に近づいて来るユズ、顔色が少し悪いですね……無理もないです、きっと私も酷い顔してると思いますし。
「ハッ、その程度当たりもしねぇよ」
「……貴方も、術式が使えるんですね」
「あー?テメェ術式を知ってんのか?」
そう言って私の元に歩いて来る敵。……正直、ノヴァさん以上に怖いと感じています、足の震えが止まりません。
でも、ここで臆しちゃ駄目ですよね。私は震える足を酷使しながら、何とか立ち上がりました。
「……ほぅ?肝は据わってるな。アイツと一緒に居たから殺気には慣れてるってか?」
「……貴方からは殺気よりも狂気を感じますけどね」
「言ってくれんじゃねぇか。その度胸、気に入ったぞ。テメェ名前は?」
「……エルシアです」
「エルシア?どっかで聞いた事ある気がすんだよなー」
私の名前を連呼しながら考え出す、如何にもヤンキーっぽい喋り方をするこの人……戦う気あるんでしょうか?。
彼も考えるのに夢中の様ですし、リンネさんとノヴァさんの様子でも確認しましょうかね。
一瞬、ほんの一瞬、彼から目を逸らしたその瞬間、私の視界の先に碧色の刀が飛び込んできました。
「……アイツらが優秀で頼もしいのは分かるが、向こうでは数百の魔物とA・Aを持った主が襲い掛かって来てるんだ、こっちには来れねぇよ。それに、幾ら敵が油断してたとしても、目を逸らすと……死ぬぞ」
「――ッ!」
彼の放つ殺気、確かに異常に強いです。あの目で顔を覗き込まれると、ようやく収まった足の震えがぶり返してきました。
「んあ?俺が殺すんだから、「死ぬぞ」はおかしいな……。「殺すぞ」か?いや、文脈的にヘンだよなぁ?」
……この人、戦う気あるんでしょうかね?本当に最強の敵なんでしょうか?若干拍子抜けです。
「ねー、エルシアちゃん?」
「……はい?」
「この人、全然戦う気を感じられないんだけど……」
「……そうですね」
「さっきから何をブツブツ言ってるのかな?」
「……さぁ?」
「コレ、私たち付き合わなくて良いんじゃない?」
「……そうですね。目を逸らさないで撤退でもしてみます?」
うーん、予想以上に緩い会話をしてる気がします。でも流石敵さん、私たちを逃がす気は無いようです。
轟音と共に少し斜めに水平斬りされた建物が、ノヴァさんたちとの道を閉ざしてしまいました。もちろん建物を斬ったのは、この人です。何で刀で建物を一刀両断出来るんでしょうか?術式って何でもアリですね。
「おいおい、獲物を逃す訳ねぇだろ。馬鹿な事してんと殺フボッ!」
……何か喋ってますが、彼に付き合ってると埒が開かなそうなんで、斧を投げて先制攻撃しました。
「いってぇ!歯ぁ取れるぅ!」
「えっと……攻撃して良かった……んですよね?」
「あぁ……中々に良いジャブだ」
「ジャブじゃ無くて斧です」
「だが打撃力がちょい低めだな……女だからか?」
「打撃力が無いのは斧だからじゃないですか?」
「もう少しパンチを利かせると、最高のジャブになるぞ」
「斧でパンチを利かせるって、どうやるんですか?」
「……なにこの会話。お兄さんやっぱり戦う気無いんじゃない?。ってかエルシアちゃんも頑張って会話しようとしなくて良いでしょ!噛み合って無いからね!?」
はっ!そう言えばそうです、何でこんな人相手にしてるんでしょう?。
ノヴァさんが最強だと言っていたせいで、若干怖気づいてしまいましたが、彼のやる気が無い今だったら一撃だけ当てて撒けるかもしれません。
私はユズとアイコンタクトを交わし、連携攻撃を仕掛けました。
私の展開した魔法陣にユズの発射した矢を潜らせて、音速の一撃をお見舞してやりました。
原理は単純で、ユズの放った矢に私の魔法を纏わせる。私の雷の魔法で磁力を発生させて、鉄製の矢じりを音速で飛ばす、といったものです。一応レールガンってヤツです。
矢じり以外の部分が大きな音を立てながら弾け飛ぶと、その瞬間に矢じりは敵を貫通して道を塞いでた建物に穴を開けていました……我ながらヤバい威力だなと思います。ノヴァさんみたいに規格外に強い人にしか使えないですね、この連携技。
「……動かないですね」
「そりゃそうでしょ、胸に風穴が開いてるんだもん。流石にノヴァさんが危険視する相手だとしても即死だよ」
「……だと良いんですが。兎に角ノヴァさんたちの元へ戻りましょう」
私は近くに落ちている斧を拾い上げると、ユズの方を振り向いてそう言いました。
その時、彼がユズの背後に立っている事に気付きましたが、声を掛けるより先に彼の術式を纏った拳がユズに直撃して私の方に吹き飛んできました。
「ぶあっ!」
「いたた……ユズ、大丈夫ですか?」
「うん平気、でも視界がクラクラする」
私はユズをどかして立ち上がると、彼の方を戦闘態勢で見ました。
……居ない。何処にも居ないです、気配すら感じません。何で旧世界の人たちってこんなに早く動けるんでしょうかね?。
「ユズ、後方の警戒をお願いします」
「そいつは無理だな」
「――っ!」
ユズが居たであろう場所から彼の声が聞こえてきました。
反射的に振り返った私の視界には、彼の刀が眼前まで迫った時でした。……今から回避は間に合わない、だったら急所を外す様に避けるしかない!。
私の読み通り、彼の刀は私の胸を突き刺しに来てました。
私は辛うじて刀を避けましたが、その瞬間に全身に激痛が走り、体に力が入らなくなって、彼に押し倒される形で、地面に倒れ伏しました。
「が……あぁ……っ!」
息が……できない。刺される痛みは知っているので、覚悟はしていたんですが、これは私の知ってる痛みじゃない。今までの痛みや苦しみなんて比にならない。何なんですか……私は何をされたんですか!?。
「体制を崩したのが運のツキだ、久々に楽しかったぞ……死ねや」
追い打ちを掛ける様に、倒れる私に目一杯拳を振り上げて、お腹を目掛けて叩き付けてきました。
ドンッと鈍い音が鳴り響くのと同時に、私の口から思いがけない程の血が溢れ出てきました。
「があ……!。ごふっ……」
私の体を伝って地面に衝撃が逃げたその瞬間、急に足元が崩れて、私たち三人は奥深くへと落ちて行きました。
地面を落下中も、彼は私から離れる事無く尚も継続して私のお腹に拳を当てています。
いい加減離れて欲しいと思い、体を捻らせようとしたその時、彼の拳が私のお腹を貫いている事に気付きました。
「がはっ!。……この!」
お腹に異物が刺さり込んでいると知った途端、強い吐き気を感じました。私は無理矢理彼の腕を引き抜いて離れようとしますが、逃がすまいと腕を更に突き刺してきました。
上手く体に力が入らない私は、もはや抵抗すら出来るだけの気力も無く、そのまま地面に叩き付けられてしまいました。
ボキッと何処かの骨が折れた音と共に再び血を吐き出しました。……さっきとは違う意味で息が出来ないです、肋骨が折れて肺に刺さったんでしょう。
しかしそんな事が比にならない程の激痛が抜けきらない私は、彼の体を払いのけると目に涙を溜めながらその場でのたうち回りました。
「ああああぁぁああぁぁっ!」
「テメェ……まさか魔女か?。だったら術式の1撃はさぞ苦しいだろうな。安心しろ、もう終いだ」
彼は自分の手に付着した私の血を振り払うと、術式で刀を作り出し私の胸を踏みつけて動きを固定すると、私の首に切先を当てがいました。……一瞬、この苦しみから解放されるなら死んでも良いかと思ってしまう程、魔女に対して術式は急所なんだと思い知らされました。
私の首に切先が食い込み、血の筋が細く流れていきます。
もう駄目かも……そう諦めかけたその時、彼の背後からユズが近接戦を仕掛けてるのが見えました。
「エルシアちゃんから……離れろ!」
「何だコイツ、今まで伸びてたじゃねぇか!」
「ユ……ズ……」
私は痛みで意識が飛んで、痛みで意識が戻る地獄を繰り返しながら、弱々しく名前を呼びました。
「私は此処に居るよ!もう少し待っててね!」
違う、そうじゃないんです。いくらユズでも、矢だけで刀を相手にして勝てる訳が無いんです。逃げて欲しいんです。
しかし私の思いはユズに届かず、胸当てごとユズは斬られて吹き飛ばされ、崩れてきた瓦礫の下敷きになってしまいました。
「クソめんどくせぇガキだったな……。さて、それじゃ――」
ユズを吹き飛ばし、私の方を振り返ろうとした彼に、何か大きな物が水平に直撃して私の視界から姿を消しました……今のは何でしょう?。
「……わたくしの愛娘に汚い手を出さないで頂ける?この腐れ外道!」
この声……まさか!。
私は上手く動かない体を、何とか起き上がらせて声のする方を見ました。
そこには二人が私を守る様に立っていました。……片方はリンネさんですね。直ぐに私の元に駆け寄って来て、魔法で治療を始めました。そして、もう1人なんですが……私が良く知る人物でした。
この懐かしい匂い、懐かしい立ち振る舞い、そして、さっきの懐かしい声……間違いないです、この人は……!。
「お母……さま?」
「エルシア……大丈夫ですか?」
「はい、もう動けそうです。リンネさんもありがとうございます……ノヴァさんは大丈夫ですか?」
「えぇ、彼なら大丈夫よ。……ユズちゃんは?」
私はリンネさんの問いに、瓦礫の方を指さして答えました。
「さっき、あの人に斬り飛ばされて……リンネさん、ユズをお願いして良いですか?」
「いいけど、ヒロキさんと戦う気?」
ふむ、ヒロキと言うんですね。珍しい感じがしますが、旧世界では当たり前な名前なんでしょうね。
「私とお母さまでヒロキさんを足止めします、その間にユズを助け出して下さい。正面から戦えば多分30秒が限界です」
「分かったわ、気を付けてね」
私にそう言うと、リンネさんはお母さまに軽く頭を下げて、ユズの方に向かいました。
「エルシア?」
「はい、どうされました?お母さま」
「……外にいる時は、わたくしの事を母と呼ぶのはお止めなさい」
「あ……すいません、師匠」
「それで、あの者を足止めするのは30秒が限界とはどういう事なのですか?」
「……別に師匠を舐めてる訳では断じてありません。
彼は旧世界の英雄の仲間だった人だそうです。戦ってきた相手と場数が違いすぎます、現に私……わたくしたちも1撃でやられました。特にわたくしとは相性が悪いらしいです」
「そうですか……分かりました、30秒耐え凌ぎましょう。それとエルシア、暫く見ない間に随分と口が悪くなってる様ですので、後で再教育をさせて頂きます……よろしいですね?」
「大変申し上げ難いのですが、それは了承しかねますわ、お母さま。わたくしにも色々とする事がございますの」
私は師匠にそう言うと、魔法で刀身を強化したナイフを持って、ヒロキさんを警戒しました。そろそろ起き上がって来ても良い頃です。
そして次の瞬間、倒れていたヒロキさんがその場から姿を消すと、私の目の前に凄い速さで移動し斬り掛かってきました。
しかし私はノヴァさんと戦った経験があるお陰で、何とか斬撃をいなす事に成功し、師匠が私の躱した最高のタイミングで、ヒロキさんの首付近を目掛けて水平に斬りつけました。しかしヒロキさんも旧世界の人間、勿論の事ながら術式で師匠の攻撃を受け止めました。
「悪いな、普通のヤツの攻撃はこの術式だけで全部防げん――ばふっ!?」
……え?マジですか?ヒロキさんの術式を師匠が打ち砕きました……えぇ?。
「ほう、中々タフなお方の様ですわね。わたくしの攻撃を2回も受けておいて平然としてるのは評価に値しますわ」
「いや、いってぇよ普通に!何なんだテメェ……何で俺の術式を突破出来んだ!?ってか話してる最中位、攻撃止めろや!」
「問答無用!覚悟なさい外道!」
「ヒロキさん、諦めて下さい。こうなると師匠は止まりません」
こうして、師匠の一方的な怒涛のラッシュが始まりました……。こうなると辺りが原型を留めない程の暴走状態になるんですよね。何から何まで困った人です、でも……助けに来てくれて本当に嬉しかったですし、助かりました。なので少しだけこの人の暴走に付き合う事にします。
「師匠!私もお供しぬぼぁ!」
師匠の隣に立った私は、師匠の剣の鍔の部分でぶん殴られました。痛い。
「手助け無用!ふはははは!」
「テメェ前世は絶対に極悪人だろ!こっち来んな!」
「逃げるのはおよしなさい!当たらないじゃないですか!」
「当たりたくないから逃げんだろうがぁ!このクソアm」
「ふんがぁああああああ!」
師匠の攻撃がまたしてもヒロキさんに命中して吹き飛びました……。やっぱり師匠は強いですね。
「さて、まだ立ち上がるだけの元気はおありかしら?」
「なめんなよクソアマ、こっちが手ぇ抜いてれば調子こきやがって」
三度立ち上がったヒロキさんからは、今まで以上の闘気……いや、狂気を感じました。どうやらこれからが本番みたいです、私も今みたいな観客状態じゃいられないですね。
「師匠!アレをやります!」
「えぇ!よろしくてよ!」
私の動きに合わせる様に、私たちはヒロキさんの周りをグルグルと回りだしました。
「あー?何してんだ?」
彼の問いは無視しながら、私は彼の隙を見計らって、殺気を消して、魔力をあえて消しながら斬り掛かりました。
バシュ!
彼のコートに傷が付き、そこから血が滲んできました。……どうやらノヴァさんと違って全方位に術式は張れないみたいですね。
「あぁ?いきなり背中が斬れたぞ?どうなってんだ?」
私と師匠の連携攻撃……これは幻覚を相手に見せる類の技です。幻覚って言っても、ただの目の錯覚を利用した戦術なんですがね。
彼の周りをグルグル回ったのは、彼に私たちがずっとそう動いてると思わせる為です。でも本当は、途中から私たちは動いていません、この摩訶不思議な技は師匠のマントの装飾が相手の視界をおかしくするタクティカルマントだからこそ出来る技です。ですが1人でグルグル回っても位置が把握されやすい為、最低でも2人居ないと出来ない技なんですよね。しかもお互いの息を合わせる必要がある……実質私と師匠限定の連携技です。
さて、これなら長時間彼を拘束できますね……。私の狙いが上手くいくかは、この拘束時間の長さがどれ位かで決まります。慎重に、且つ大胆に攻めましょう。
1回、2回、3回、順調に攻撃が当たっています、ヒロキさんの背中も血塗れです。
ですがここで、ヒロキさんが思いがけない行動を取り始めました。
今まで私たちの位置を探そうとキョロキョロしていた彼は、諦めたかの様にその場で目を瞑って動かなくなったんです。
……何かを狙ってるんでしょうか?でも今が攻め時なのは変わりません、これでお終いにします!。
私は師匠とアイコンタクトを取ると、2人で彼の背後に回り、足音を立てないように忍び寄って、彼の背中から心臓を目掛けて刃を突き刺しました。
「馬鹿が!その瞬間を待ってたんだぁ!」
彼の背中に切先が触れた瞬間、ヒロキさんは超反応でこっちに振り返り、私の腕を掴んで振り回し始めました。何で気付かれたんですか!?。
師匠は振り回される私にぶつからない様に、大きくバックステップを踏みましたが、その時に発する足音を聞こうとしていたんでしょう……師匠の避けた位置に目掛けて私を投げ飛ばしました。
しかし彼は未だに幻覚を見たままなのか、若干私を投げ飛ばす位置がズレていた為に、私と師匠は互いの頭部をぶつけ合い、その場に倒れてしまいました。
「あークソ!視界が気持ちわりぃなオイ!」
彼は自分の頭を軽く叩きながら、私に近付いて来て、そして私のお腹を思い切り踏みつけました。
「ぐ……あぁ……!」
「ま、もうこの視界崩しには慣れたんだがな」
「慣れ……た……?」
「おうよ!もう二度と通用しないぜ……。嘘だと思うなら、また仕掛けてくればいい。そん時はテメェー等の首を貰うがな」
「……残念ですが、私の首は高級品なんで、貴方にはあげられないですね」
「ほざけ。ならその首、すぐにぶんどってやらぁ!」
「させ……ない……!」
脳震盪を起こしてフラフラなままの師匠がヒロキさんに水平切りで斬り掛かりました。しかし今回はヒロキさんの術式が師匠の剣を弾き飛ばし、師匠も胸を刀で貫かれてしまいました。
「師……匠……!」
その場に力なく崩れ落ちる師匠、長い髪の間からのぞいた彼女の瞳には、生気が無くなっていました。
「だから言ったろ?次は殺すって」
言ってないです。でもどうやら今までヒロキさんは全力を出して戦っていなかったようですね……。
「さて、次はテメェだ……エルシア。ムカつく名前しやがって」
彼の刀が私の胸に狙いを定めて、突き刺そうとしたその時、私の狙い通りヒロキさんの頭を一筋の眩い光が轟音を立てながら貫きました。
私の狙いとは、私たちだけしか戦えないと思っている所にユズの矢を当てて、一気に戦闘を終わらせる事です。
実はこの戦法、私が魔法を使いこなせるようになってから、ずっと考えていた最強の奇襲方法なんですよね。
先程ヒロキさんに当てた魔法のレールガン、あの状態の矢をユズは5本常備しています。何かあった時用に持たせていたんですが、その行動は正解でした。
私に覆いかぶさる様に倒れるヒロキさん。運が悪い事に倒れた拍子に彼の術式の刀が私の下腹部に刺さりました。
またしても息が出来ない程の激痛が全身を襲いました。
「があぁぁ……!ああああぁぁっ!!」
「エルシアちゃん!」
「エルちゃん!ちょっと我慢してね!直ぐに治療するわ!」
私の上に覆いかぶさったヒロキさんを退かすと、リンネさんが私の体に注射の様な何かを打ちました……。何だか頭がフワフワして、体が火照った感じがして、上手く言葉に出来ませんが……不思議と気持ちいい感覚に包まれました。痛みも嘘の様に感じません。
「エルシアちゃん、何だかボーッとしてるんだけど、リンネさん一体何を打ったの?」
「一種の麻薬よ。麻薬って言っても、治療に使われる物なんだけどね。快楽物質が発生して一時的に痛みを消してくれるわ。あたしはエルちゃんのお母さんを治療するから、ユズちゃんはエルちゃんに刺さった刀を抜いて貰えるかしら」
「分かった!……エルシアちゃん、刀を抜くよ?」
「お願い……します……」
私の返事を聞くと、意を決した顔でユズが刀をゆっくり引き抜きました。人間って、こんな風に血が噴き出すものなんですね。痛みが無い分マジマジと噴き出る血を見る事が出来ました。
私の下腹部から刀を抜き取ったユズは、ヘロヘロになりながらその場に座り込んでしまいました。
「後は自分で応急処置できそうです。ありがとうございました、ユズ……ユズ?」
「血……血……血がぁ……身体に力が入らないよ……エルシアちゃん」
「何を今更……今まで散々血は見て来たじゃないですか」
私は応急処置を済ませた下腹部付近に、どうにかこうにか包帯を巻きながらユズを見ました。ちょっと泣きそうな顔をしてますね……相当怖かったんでしょう。
「よし……!。エルちゃん!お母さんも一命は取り留めたわ!」
「そうですか……ありがとうございます。んぁっ!」
リンネさんにお礼を言って、立ち上がろうとしたその時、体中に気持ちいい何かが電撃の様に走り抜けて、再びその場に座り込んでしまいました……恥ずかしい声出た。
「暫くは動けないわ。ちょっと休みましょう」
「分かりました。師匠も心配ですし」
「死体の隣って、何かやだなー」
ふぅ、何とかライオットの従者、ヒロキさんを倒しました。
とは言え私たちも満身創痍、直ぐに動ける状態じゃないです。
ノヴァさんの事はとっても心配なんですが、今合流しても足手まといにしかならない筈なんで、少し休憩を取ります……。何だか眠くなってきました……おやすみなさい……。
○
おはようございます。1時間程の仮眠を取りました、体の気持ちいい感覚も消えてます、これならまだ戦えそうですね。
師匠も意識が戻ったみたいで、私の幼い頃の写真をユズとリンネさんに見せながら何かを語っています……リンネさんの顔ちょっと困ってるじゃないですか。
「師匠!わたくしの写真で何をされているのですか!?」
「あぁエルシア!わたくしは貴女の可愛らしさや凛々しさ、美しさや時々見せる儚さの魅力を御二人に――」
「そういうのは世間では親バカって言われているんですよ!まったくもう!と言うか2人共、 嫌なら聞かなくて良かったんですよ?」
「……エルちゃん、口調、口調」
「あ……」
「……やはり貴女には、今一度徹底的に教育をし直す必要がありそうですわね」
「謹んで御遠慮させていただきますわ、お母さま」
「……エルシアちゃんの家って、何だかめんどくさそー」
「あら、貴女は確かユズさんでしたわね。よろしければ娘と共に教育を施して差し上げますが、いかがかしら?」
「ワタシニハ、ナニヲイッテルノカ、ワカラナインデ、ケッコウデス、ハイ」
「ユズちゃん、触らぬ神に祟り無しって言葉を覚えた方が良いわよ……貴女」
「えー?何それ?」
「……貴女は本格的に教育が必要な様に思いますわ」
「まぁユズはともかくとして、リンネさん、ノヴァさんはどうしたんですか?」
ユルい会話をしていますが、今はライオットとの戦争中……気は抜けないですし、状況整理は常にしておきたい所です。
「魔物は粗方殺したわ、その時にエルちゃんのお母さんと出会って、あたし達は貴女達を助ける為にこっちに向かってきたの。今頃ノヴァはライオットと一騎打ちをしてると思うわ。後少し休んだら彼の加勢に行きましょう」
「私たちはもう動けますよ?」
「そうね、確かに動けるでしょう……でもエルちゃんの体は今も悲鳴を上げているわ」
……流石に気付きますか。そうです、白状しますと本当に体がしんどいです。満足には戦えないでしょう、リンネさんは私の事を良く見てますね。
「残念だが、テメェ等が奴と合流する事は出来ねぇよ」
「――ッ!?」
私の背後からヒロキさんの声が聞こえてきました。最初は幻聴かと思ったんですが、私の頬を霞めた斬撃が現実である事を明確に教えてくれました。
「ヒロキさん!?何で生きてるんですか!?!?」
私たちは臨戦態勢を取りながら彼に質問しました。しかし彼はまともに取り合う様子も無く、首の骨を鳴らしながら一歩ずつ近づいてきました。
「お前……今はリンネって名乗ってるのか?」
「……えぇ。そうよ」
「……お前なら、俺があの程度でくたばらない事くらい分かってただろ」
「……えぇ。貴方もノヴァと同じで、全然死なないものね」
……旧世界って、もしかして基本的に不死者が徘徊する世界だったんでしょうか?頭を射抜かれて生きているなんて……。
だとすると、どれだけ頑張ろうとも彼は殺しきれない……一気に状況が不味い方向に傾き始めましたね。
「さて、おしゃべりもこの辺にして……殺り合おうか」
ヒロキさんが戦闘態勢に入りました、ノヴァさん以上に術式の雷の様な物が彼の全身を覆っています……間違いなく本気モードです。あんなに術式を纏った一撃を受けたら、確実に私はショック死します……どうしましょう。
「悪いが、今は退場願おうか……寛貴!」
聞き覚えのある声と共に、ヒロキさんの体が蒼い斬撃によって吹き飛ばされました。
「ノヴァさん!」
「エル、悪かった。お前には術式は効くだろ」
「はい、はい……!。本当に痛かったですっ!」
「それは本当に申し訳なかったが……泣くなよ」
「痛くて泣いてるんじゃ無いです……。ノヴァさんが無事でホッとしたら……涙が出て来たんです……!」
ノヴァさんは謎の涙を流す私の頭に手を乗せるとワシャワシャと撫でてきました……髪がボサボサです。
「さて、退場願おうか……寛貴?」
「テメェ……何で此処に居んだよ!」
「そりゃあお前の主をボコしてきたからな、今頃どっかの小屋で休んでんだろ……。主の危機だ、従者は失せな」
「……クソが!」
ヒロキさんは一言だけボヤくと、碧色の術式に包まれて消えていきました……助かりましたね。
「ノヴァ、随分やられたみたいね?」
「あぁ、流石にA・Aを正面から止めるのはしんどいな……。所で此処は何だ?」
ノヴァさんが辺りを見渡しています。そう言えば此処は何処なんでしょうね?確か地面が崩れて、落ちた先にこの空間があったんですよね……。
「あのさー、あの看板みたいなのって何?」
ユズが何かを指さしています……。確かに何かありますね、と言うかアレって空白の50年以前に使われてた文字じゃないですか?。
「あぁ……新宿って書いてあるな……駅のホームにある奴だ。何でこんな場所に転がってんだ?もしかして地下鉄の跡地か?」
「しんじゅく?えき?ちかてつ?」
ユズの頭に???が浮かんでるのが見える気がします、まぁ私も何が何だかさっぱりなんですけどね。
「えっと、新宿は昔の街の名前で、駅って言うのは……今で言う馬車の待合所みたいな所よ。地下鉄は……洞窟を走る馬車……かしらね?」
「お前の説明だと、すっげぇカオスな世界観になるな」
「他にどう説明しろっていうのよ?」
「過去の遺産、失われしテクノロジーの通過点」
「適当過ぎません?」
「エルシアちゃん……私はもう駄目みたい……後は頼んだよ……ガクッ」
ユズが死にました、放置で良いでしょう。そもそも私は何を頼まれたんですかね?。
「はぁ、この場所は何処からも繋がって無いから探すのに苦労したぞ……何でお前達はエル達の居所が分かったんだ?」
「落ちて行く所が見えてたからね、気付けてなかったらあたし達もまだ合流出来て無いんじゃないかしら?」
「そうですわね……。まさか王都の城下町にこんな場所があったなんて」
「お母さまも知らなかったんですか?」
「えぇ……でも、もしかしたら王族の方々なら知っていたのかもしれません」
「空白の50年以前の情報と旧世界の情報を集めていたのは、この場所を知っていたから……という事ですか?」
「きっとそうなのでしょう……わたくしにも知らされていない場所があるなんて、王に信頼されていないのかしら……わたくし」
肩を落として落ち込むお母さま、こんなヘコんだお母さまは、私が小さい頃にお母さまの事を大っ嫌いと言った時以来な気がします……。
「信頼してるから、言わなかったんじゃないか?」
「……どういう事なのでしょう?」
「王はお前を信頼してるが、お前に何か大きな陰謀を隠してるんじゃないかと疑われることを恐れて、この場所の事を話さなかった」
「……だと良いのですけれども」
「さて、無駄話はこれ位にしておこう。エル、そろそろいけるか?」
「はい、もう十分休みました……いつでも出れます!」
「エルシア、本当に貴女も行くのですか?貴女は騎士では無い、わざわざ死ぬかもしれない戦場に出る必要は無いのですよ?」
「行きますよ。この人たちは私にとって、かけがえのない大切な人たちなんです。そんな大切な人たちの為なら、命なんて惜しくは無い……そう思うんです」
「……そうですか。貴女がそこまで言うなら、わたくしは止めません。ですが、貴女を死なす事は絶対にしないので、そのつもりで」
「そうだよ!私たちにとってもエルシアちゃんは大切な人なの、絶対に死なせないよ!」
「はい、分かりました……ありがとう、ユズ。貴女に会えて良かった」
「ん?何か言った?エルシアちゃん」
「いえ、何も」
私はユズに聞こえない様に小さな声で、ユズへの感謝の言葉を口にしました。直接言うのは恥ずかしいんで絶対に言いませんが。
「うし。そんじゃ、最後の攻めと行くか」
ノヴァさんは蒼月刀を肩に担ぐと、私たちが落ちて来た穴の方へ歩き始めました。
彼の後を付いて行くように、私たちも武器を片手に歩き始めます。
これで全てが終わる……。この悲惨な戦争に終止符を打つべく、私たちは今、ライオットが隠れているであろう場所へと向かうのでした……。
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