13節 滅びゆく街と、私の覚悟と、災厄の前触れ(1)

 はい、私です。


 私は今、馬車の荷台に横になって揺らながらユミリアを目指しています。


 リックさんですか?彼は集落に置いてきました。向こうに着くまでの間に、ノヴァさんから出来る限りの治療を受けたリックさんは、命の危険が無い所まで回復していたそうです。集落のお医者さんもビックリしてました。


 そしてリックさんを集落に届けた私たちは、彼の馬車を借りてユズとリンネさんが斥候している筈のユミリアに向かっている所です。


 慣れない馬車の操縦と、リックさんの思わぬ怪我にパニックになりかけていた私は、疲労から相当参ってしまった様で、それを察したノヴァさんが現在馬車の綱を握っている感じです。


「……エル、もうユミリアに着くが大丈夫か?」


 ……もうそんな所まで来てたんですね。まだちょっと気持ち悪いんですがオチオチ寝てられないですよね、ライオットは確実に此処で止めておかなければいけない相手です。


「大丈夫です。リンネさんたちは居ますか?」


「此処からだと遮蔽物が多くて見えないが……気配は感じる、すぐ近くだ。それとコレを飲んでおけ」


 状況説明を終えたノヴァさんが、彼の肩に掴まって横から顔を出した私に何かを差し出してきました……薬?。


「気持ち悪さが少しはマシになる筈だ」


「……よく気付きましたね」


「お前は直ぐ顔に出るからな、その辺はユズよか分かり易い」


 ……何か腑に落ちない言い方をされた気もしますが、ここは黙って薬を受け取っておきましょう。


「コレって水無しで飲めるタイプのやつですか?」


「あぁ、不安なら水も飲めば良い」


 私は薬を口に含むと、水筒の水と一緒に喉の奥まで一気に流し込みました。


「5分もすれば効いてくるだろう。さて、到着……の筈なんだがな」


 ノヴァさんが馬車を止めた場所、そこは大きなクレーターの目の前でした。


「ノヴァさん……迷子ですか?」


「馬鹿言え、こんな短距離を間違える訳ねぇだろ。それに、リンネの気配はあそこからだ」


 ノヴァさんが指を指した先……そこはクレーターの中心に溜まってる瓦礫でした。


「……リンネさんが埋まってるって事ですか?」


「あぁ、動けそうか?」


「当たり前です、行きましょう」


 私たちはリンネさんが埋まってると思われる瓦礫に向けて、馬車を置いて徒歩でクレーターを滑り降りていきました。戦闘用以外の荷物は馬車に残したままです。


 それにしても酷いですね……よく見るとそこら中に死体が転がっています。……一部体のパーツが足りて無い死体もいますが、皆焦げた様に焼けてて分かり難いですね。


「コレ……何があったんですかね?」


「A・Aだ」


 A・A……私がノヴァさんと戦った時に使ったアレですね。こんなに強力な兵器だったなんて……。


「ライオットがA・Aを使ったって事ですか?」


「それ以外にも考えられるが……この短期間だ、奴が使ったんだろう。

 しかしそれにしても爆発範囲が狭いな、1撃で皆殺しにする程度には扱えるみたいだが、恐らくまだ完全に制御が出来て無いんだろう」


「何で1撃って分かるんですか?」


「A・Aの最低ラインの火力が1撃で皆殺しに出来るだけの物だからだ。

 本来はA・Aを起動すること自体が一般人にとって至難の業なんだが、そこはエルが解除したままだったし、後は使い方を覚えて反動や射程を計算し、最悪自滅する覚悟があれば撃てる。

 ……最大火力を引き出すには時間が掛かるだろうが、1度撃てた奴ならその内出来る様になるだろうな」


 もしかして、この大惨事は私がA・Aを起動させた所為なんでしょうか?。


「……お前の所為じゃねぇよ。悪いのはアレを放置した俺達だし、何よりアレを使ったライオットだ」


 私の考えを見越してか、ノヴァさんが慰める様に言ってくれました。……でも、罪悪感はありますが、余り気にしてないんですよね。


 さて、話を戻して。この力……余計にライオットは放って置く訳にはいかなくなりましたね。


 そんなこんなで、私たちはリンネさんが埋まってると思われる瓦礫の前に着きました。


「ノヴァさん、間違いなく此処ですか?」


「……あぁ。掘り返すのも手間だが、アイツの戦力は欲しい……面倒だが救出するぞ」


「もとよりそのつもりです。リンネさんが埋まってるって事は、この近くにユズも埋まってる訳でしょうし」


「だな。さて、宝探しの時間だ」


 こうして私たちは、リンネさんを掘り起こすべく瓦礫をどかしていくのでした。



 あれから1時間近く瓦礫を撤去していた時の事、ふと私たちの耳に聞き慣れた声が響いてくるのが聞こえました。


「おぉーい!誰か居ないのぉー!?」


「ユズちゃん、下手に叫ぶと余計に瓦礫が落ちて来るわよ」


 この声……ユズとリンネさんです。良かった、無事みたいですね。


「ノヴァさん、今の声聞こえました?」


「あぁ、位置も分かった事だし、まとめて瓦礫を吹き飛ばす。エル、少し離れてろ」


 私は彼の指示に従って少し後ろに下がりました。


 するとノヴァさんは強い魔力を放つと同時に赤い蒼月刀を作り出し、リンネさんが居ると思われる場所付近に勢い良く突き刺しました。


 暫くすると、辺りが大きく揺れ始め、次の瞬間、瓦礫が一気に宙を舞って吹き飛びました……アレがノヴァさんの魔法なんでしょうか?言葉で言い表せない程の膨大な魔力を感じました。


 ドォーンと良い音を立てながら吹き飛んでいく瓦礫たち。その瓦礫に紛れてリンネさんがユズを抱えて飛び出してきました。


「ユズ!リンネさん!無事で良かったです」


「ぬわぁー!助かったよエルシアちゃーん!」


「えぇ、本当に助かったわ。ありがとうね、エルちゃん、あとノヴァも」


「えっと、ノヴァさんがついでみたいになってますけど、リンネさんを助けたのはノヴァさんですよ?」


「そんな事はどうでも良い。兎に角、A・Aを使ってるのは奴か?」


 私とユズがワチャワチャしている間に、ノヴァさんはリンネさんに状況確認を取り始めました。まぁ話が纏まったら改めて聞きましょう。


 そんな事より周りの状況です、ユズには刺激が強すぎるかもしれないですし、一応注意は促しておきましょうかね。


「ユズ、周りには沢山の死体が転がっています……余り目に移さないように」


「……うん、分かってるよ。あんな爆発が何回もだもん、沢山の人が死んじゃったよね……」


「えぇ……酷いもんです」


 私たちがクレーター周囲を見渡していると、ノヴァさんたちが声を掛けてきました。どうやら状況確認と今後の方針が粗方決まったようです。


「所でユズ」


 私たちはノヴァさんたちの方へ歩きながら、ちょっと腑に落ちない疑問をユズに投げかけてみました。


「ん?どしたの?」


「さっき爆発が何回もあったと言っていましたが、そんなに何回も彼は攻撃をしてたんですか?」


「うん……10回以上は何かを撃ち出してたよ。ライオットが使ってたアレって多分古墳にあったヘンテコハンマーだと思う」


 ……あれ?何でユズはA・Aの事を覚えてないんでしょう?。面倒ですが今後の為に一応説明しておきますか。


「アレはアサルトアーマーと言って、旧世界の兵器です」


「うん、ノヴァさんが言ってたね」


 なんだ、覚えてるじゃないですか。


「そして、あの兵器なんですが……どうやらライオットはまだコントロールが上手くいってないらしいんですよね」


「……確かに、発射音にムラがあった気がする。攻撃力が一定じゃ無かったんだね」


「ですね。でも、人を殺すなら10回以上も撃つ必要は無いような気がするんですが……何でそんな無駄な事をしてたんでしょうか?」


「……私には狂人の考える事なんて分からないよ。……ずっと前からね」


「ユズ……」


 そんな事を話している内に、私たちはノヴァさんたちの前に到着しました。


「よし、来たな。まず状況なんだが、やはりライオットがA・Aを使って暴れているみたいだな」


「はい、ユズからも彼がA・Aを使っていると聞きました。それは間違いないんでしょうね」


「でもさー、何でアイツはこんな虐殺みたいな事してるんだろう?」


 ……本当にそこが謎なんですよね。そもそも始まりの街を奪おうとしていた理由も分かりませんでしたし、一貫しているのは魔神とか悪しき者たちへの贄になりそうなレベルの大量虐殺位じゃないでしょうか?。……ん?贄?。


「大体の見当はついてるが、まぁ考えなくても良からぬ事を企んでるのは目に見えてるだろ。そして、奴が次に向かった場所なんだが……」


「……王都」


「……エルシアちゃん?」


 ノヴァさんの言おうとしていたであろう言葉の続きを、私はボソッと呟きました。皆驚いた顔をしていますね。


「エルちゃんはどうしてライオットが王都に向かったと思ったの?」


「彼は……多分贄を集めているんです。此処で10発以上A・Aを発射したのは恐怖心や絶望を与える為だったんです。……その気になれば1撃で全滅させられた筈なのに」


「……でも1撃で大半の人が死んじゃったよ?」


「それは、わざとでしょうね。何が起こったのか分からないまま目の前に死体の山が築かれてたら、きっと発狂物だと思うんですよ。

 そして、その場に現れた彼が出来るだけ少人数を殺しながら街を回る。逃げ出した人は問答無用で纏めて殺す。完全に退路を断たれて無差別に人が殺されていったら、どれだけ鈍感な人でも絶望する筈です。だから何発も撃つ必要があった……」


「……そもそも、どうして恐怖心や絶望を与える必要があったの?」


 まぁ、よくよく考えればその説明も無しにこんな事言われても分かんないですよね。


 過程をすっ飛ばして答えから話してしまう所は、自分でも悪い癖だと思います。


「ユズは、始まりの街でライオットと会った時の事を覚えていますか?」


「えーっと……魔物を使役してた、あとノヴァさんを召還した」


「そうです。彼はきっと召喚士か、その類の人間なんです。

 そして、悪魔を召還するには大量の贄と絶望、恐怖心を集める必要があるんです。……まぁ絶望や恐怖心は目に見えないんで、嘘か本当かは分かりませんし、もしかしたら彼がただ殺しが趣味なサイコパスなのかもしれないんですがね。

 そして、この近くで人口が最も多い場所が……王都という訳です」


「……」


 暫く続く静寂……もしかして私、全く見当はずれな事言ってます?だとしたら凄い恥ずかしいんですけど。


「エルちゃん、貴女……」


「……もしかして、変な事言ってました?。……私」


「いや、概ねあってる。だが1つ抜けてる所があるな」


「え……何です?」


「いくら召喚士と言えども、召還される者の"門"である魔法陣が無きゃいけないんだが、それは何処にあると思う?」


 魔法陣……そういえばノヴァさんも魔法陣から出現していた気がします。でも何処にあるかなんて、そんなの分かる訳無いじゃないですか。


「……何処です?」


 私の問いかけに対して、ノヴァさんは私の胸を指さして言いました。


「ここだ」


「……私の胸ですか?」


「お前のじゃねぇよ……奴自身の胸だ、正確には心臓だろけどな」


 ……なるほど。確かに私の胸には魔法陣なんてありません、毎日お風呂で体を洗ってるんです、魔法陣があるなら気付かない訳がありませんよね。


「自分の体にそんなもの作るなんて……一体何を召還する気なんでしょう?」


「……こんなに沢山の人を殺したんだし、大層趣味の悪い魔王とかじゃない?」


「んなバカな……」


「ユズちゃんの考えは一応当たってるわ……とりあえず馬車で移動しながら話しましょう?」


 ……そういえばそうです。何で私たちはクレーターの前で屯ってるんでしょう?。


「そうですね、馬車に戻りましょう」


「いや、ちょっと待て。1つ確認を取りたい事がある」


 歩き出す私たちを止めて、ノヴァさんが話しかけてきました。


「何ですか?」


「俺とリンネはライオットと戦う為に王都へ向かうんだ。お前達も来るのか?」


「何を今更……。私たちだってライオットと戦うつもりだよ?」


「だが、言っちまえば奴とお前達はこれといった関係は無いだろ。王都に向かう事だけが目的なら今すぐじゃ無くても良い筈だ。それこそ、俺達が奴を仕留め終わった後でもな」


「……それでも、私は行くよ!人を守るのが騎士なんだもん……騎士を目指してる動機は駄目な事なんだけど、それでも……まだ見習いだけど、曲がりなりにも、私は騎士なんだもん!」


 ユズ……立派な事を言うようになりましたね。


 初めて出会った頃の彼女は簡単に潰れそうなほど、とても不安定な心しか持ち合わせていませんでした。でも、共に旅を重ねる内に少しずつ強くなっていき、今では心の持ち様も単純な戦闘力でさえも私を大きく上回っています。……何だか嬉しいような寂しいような気がしますね。でも、とても頼もしくも見えます。きっとユズは本当に強くて優しい騎士になっていくんでしょうね……そう思えば、ノヴァさんへの回答もこうなる事は分かりきっていました。


 でも、私の出す回答は……彼女と違います。


 私には誇りなんてものは無いですし、正義感も無い……一言で纏めてしまうと、知らない人なんてどうでも良いんですよ、興味が無いんです。何なら今のこの地球さえどうでも良い。……私が興味ある事と言えば、この世界の成り立ち、空白の50年と言われる露骨に何者かに隠蔽された事実、それ位……。


「……ノヴァさんのいう事、確かにそうです。私を恨んでるであろうライオットを二人が倒してくれるなら、私の旅に不安は無くなるでしょうね。

 それに、誰が何処でどうなろうと、私には関係の無い事です……。リスクを下げるのなら、此処は2人にお任せするのが正解なんでしょう」


「……エルシアちゃん」


 ユズ……そんな顔をしないで下さい。


 此処まで一緒に来ておいて、こんな事を言うなんて呆れたでしょう。きっと心の何処かでは私に怒りさえ感じてるのかも知れません。


「決まりだな、エルは此処に置いて行く」


「えぇ、またね……エルちゃん」


 不思議とリンネさんからも呆れた様な、悲しいような表情を感じました。


 そして、私を置いて3人は馬車の方へ歩きだして行きました。


 ……………………。


 ………………。


 …………。


 ……。


 …。


 あぁ、そういえば私が興味ある事……最後まで語っていませんでしたね。


「待ってください、まだ話は終わってませんよ?」


「え……?」


 ユズが驚いた顔でこっちを振り返りました。


 ユズに続いてリンネさん、ノヴァさんも私の方を振り返りました。


「確かに2人に任せれば安全だと思います。……安全だと思いますが、私の大切な人たちが戦ってるのを傍観する事が出来てしまう程、私も人として堕ちきれて無いんです」


 私の興味ある事、それは……私が心の底から大切だと思えた人たちの後ろを付いて行く事です。


 私は誰かの前に立って歩ける程出来た人間では無いです。だから誰かの後ろを付いて行く。そして前を歩いていた誰かが立ち止まってしまったら、その誰かの背中を押してあげられる存在で在りたいと思ったんです。師匠やユズ、リンネさんやノヴァさんの背中を支えてあげられる様な存在で在りたいと……思い続けて此処まで来たんです!。


「だから……行きますよ、私も」


「……死ぬかもしれないぞ」


「大切な人たちを見捨てて生きるより遥かにマシです」


「フッ……なら好きにしろ」


 ノヴァさんは私に近づいて来て、背中を軽く叩くと馬車に向かって歩いて行きました。


「はい!」


「エルシアちゃん……!」


「エルちゃん……。えぇ、一緒に行きましょう」


 こうして私たちは、馬車に戻る事にしました。


 引き続きノヴァさんが綱を握って、私とユズが荷車の中央、背面にリンネさんが後方を警戒する様に座り、私たちの馬車は王都へ向けて出発するのでした……。

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