12節 魔法の花火と、修行と、悲劇へのカウントダウン

 これは、ミルセルさんと一旦別れて、集落で1週間を過ごしてる間の、ほんのちょっとした出来事です。


 集落に着いて2日目。私は、これからユズに降り注ぐであろう悲しみや、私に向けられるであろう怒りに、ちょっとした恐怖を感じて部屋に引きこもっていました。


「もしも今やろうとしている事が原因で、ユズが狂って悪の道に進んでしまったらどうしよう……」とか「私を悪とみなしたユズが一生話してくれなかったらどうしよう……」とか、ありもしない事、起きる訳も無い事で怖がっていました。


 そんな私を見かねたリンネさんは、少し外の空気を吸ってくることを提案してくれました。確かに籠りっぱなしだと気持ちまで塞ぎ込んじゃって、考えがネガティブな方にしか向かなくなりますもんね。ちょっと外に行きましょう。



 久々に宿を出ると、私の視界を奪うように太陽の光が目に差し込んできました。


「うぅ……この明るさだと、もうお昼過ぎでしょうかね?」


「おう、やっと出て来たな」


 私が「ん~」と背伸びをしていると、近くのベンチに座っていたノヴァさんが話しかけてきました。


「あ、おはようございます」


「ああ、おはよう。なぁエル、お前今暇か?」


「え?えぇ……まぁ暇ですけど……」


「ならちょっとツラ貸せ。面白いモン見せてやるよ」


「……?」


 私はノヴァさんに連れられて、集落の外れにある大きな滝の前に行きました。


「あの……此処に何かあるんですか?」


「ああ、ちょっと待ってな……そろそろだ」


 ノヴァさんは自分の腰に付けている小さな何かを見つめながら呟くと、滝の方に向かって指を鳴らしました。


 パチンッ。


 ノヴァさんが指を鳴らすと、滝の裏から大きな火花が飛びだして来て、私の目の前で爆発しました。いったい何ですかコレ!?。


「ちょ!何するんですかノヴァさん!」


「ちゃんと目を開けて見てみろよ」


 私はノヴァさんに言われた通り、恐る恐る目を開けました。


 するとそこには、色とりどりの火花が、まるで花の様に綺麗な形をしながら散っていく光景が広がっていました。


「……綺麗です」


「花火だ。旧世界には流通していた物なんだが、今は無いからな、ちょっと魔力を弄って再現してみた。エルはこういうの好きそうだから見せておきたかったんだ」


「……これ、私もできますか?」


「ああ、何ならもっとデカい花火だって作れるだろうよ」


「あの……もし良かったら、教えてもらっても良いですか?」


「ああ、折角だし魔力のコントロールから霊装化、心象結界まで一通り教えてやるよ」


「ただ花火が作りたいだけなんですがね……よろしくお願いします」


 こうして私は、ノヴァさんから魔力、霊装、心象結界の全てを教えてもらいながら、息抜きで花火の作り方を教わって行きました。



 そんなある日、私は興味本位でノヴァさんの過去を教えてもらいました。


 多分あまり話したくは無かったんでしょう、少し浮かない顔をしていた様に思います。


 でも、また話してくれると約束してくれたんで、魔力を使って何か新しい事が出来る様になったら、またお話を聞かせて欲しいと言った所、良いと言ってくれたんで頑張って色々出来る様になって話を聞こうと思います。



 それから努力を重ねる事数日。私は、魔力で旧世界の武器……サブマシンガンと言われる物やマグナムリボルバーと言われる武器を具現化する事に成功しました。


 これはノヴァさんが見せてくれた実物を元に、魔力を練って作った物になります。その為、若干ですが私の魔力と同じ色……黄色く発光してるんですよね。カッコいいです。黄ばんでるとか言うな。


 さて、色々出来る様になった訳ですし、少し今までの教えてもらった事等ををおさらいしておきましょうかね。


 まずは魔力です……これが無くなると魔女は死ぬそうです。


 原理としては、魔素と呼ばれる人間の生命エネルギーの様な物が現象化した物だそうで、この能力を生まれつき持っているのが女性だけの為、魔女の力……魔力と言われたのが始まりだそうです。


 でも魔力については、人間の物差しでは測れない力を秘めていて、正確な事は分かっていないのが現実らしいです。


 次に霊装化ですね……これは魔女と心の底から信頼しあえている者同士でしか発現しない力だそうです。


 そもそも私が信頼してる人って全然居ないんですが、コレってどういう事なんでしょうかね?。


 ノヴァさん曰く、もしかしたら前世か身内が魔女だった可能性があるそうです。


 少なくとも、私の霊装化は旧世界でノヴァさんたちと共に戦った魔女、ティアナって人と関係があるそうです。無限の弾丸インフィニティ・バレット鎖の弾丸チェーン・バレットは彼女の技らしいですよ。


 他には、霊装化した時の服装がティアナの物だった為、私がその女性とどこかで関わりがあるのは、ほぼ確定なんだとか。……随分と優しそうな声の、夢に出て来た彼女がティアナなんでしょうかね?。


 そして、これが大事な事なんですが、霊装化は死者との繋がりで、生者の場合だと魔装化と呼ぶそうです。


 霊装化は基本的には防具で、身体能力の強化が主で、魔装化は基本的に武器、元になった魔女の属性を持った兵器に匹敵する破壊力をで直接戦う事が主だそうです。


 因みに霊装化も魔装化も、攻撃を受けると元になった魔女も怪我をするそうなんで、無茶は厳禁との事。


 私の魔力が跳ね上がるのって、霊装化が出来るお陰みたいです。


 そして最後は心象結界……正直コレが1番謎な力です。


 心象結界とは、術者の胸に秘めた強い思いが具現化して、術者を中心に広がり実体化する物だそうです。いや意味分からん。


 基本的には強い思いとは、悪い出来事……トラウマが具現化する事が殆どだそうで、恐らく私も例外では無いんだと思います。


 で、何でコレが結界なのかと言いますと、心象結界で具現化された場所は、亜空間に飛んでいて、結界外からの干渉を一切受け付けないそうです。


 また、初期の結界の大きさは、自分を中心として相手がギリギリ入る大きさの結界らしいんですが、亜空間に飛んだ後の結界は術者が思い描けば描くほど広がるらしく、簡素な世界の場合はいきなり大規模な結界として構築されるんだとか。……まぁ確かに私の心象結界って、A・Aが置いてあった空間より何倍も広かった気がしますが……。いや、やっぱり意味分からん。



 ふぅ、とまぁ大体こんな感じです。覚えるでけでも苦労しましたよ。


「どうですノヴァさん!私だってやればこの位出来るんですよ!」


「ああ……正直驚いたな。3日でここまで成長するとはな。スピードで言えばリンネより早いかもしれん」


「ふふ、ありがとうございます。それじゃ、聞いても良いですか?」


「あ?」


「ノヴァさんの昔話ですよ。私が何か覚える度に話してくれるって……」


「あー、確かに言ったな。だが別に面白い話でも何でもないだろ?」


「私は聞いてて楽しいですよ」


「おう……そうか」


 さて、そんな訳でノヴァさんの昔話を聞くお時間がやってまいりました。楽しみですね。


「そうだな……俺が初めて武器を手に取った頃から話すか。

 俺が最初に手に持った武器は刀だった。いきなり兄弟と斬り合って実戦経験を積むように父親に言われてな、戦い方の基礎も知らない俺達は、兎に角殺されない様に立ち回るので精いっぱいだった。

 俺の親は2人揃って戦う事を選択して生きて来た人間って事もあって、戦いに関しては徹底して教え込まされたな……。

 戦いの訓練を初めて1年程経った頃だったかな、俺の幼馴染で仲の良かった奴がどこぞの誰かが雇った暗殺者に殺されそうになったんだ。その時に俺は初めて人を殺した。

 まぁ結果として、幼馴染は助ける事が出来たんだが、アイツの両親までは助けられなかった。

 おまけに俺がアイツの前で人殺しをしたもんだから、恐怖に憑りつかれた彼女は俺を殺人鬼として逮捕し、檻の中に閉じ込められる始末だった。

 牢獄生活を始めて数週間後、俺は第二次世界大戦に少年兵として駆り出される事になったんだが……まだ聞くか?」


「はい……聞きたいです。と言うかそんな気になる場所で話を切らないで下さいよ」


 うーん、やっぱりノヴァさんの居た世界ってとても殺伐としている気がしますね。……私はそんな環境で生きていける自信がありません。


「あの、いったん話も途切れた事ですし、少し気になった部分を聞いても良いですか?」


「ああ」


 私はノヴァさんに手渡されたオレンジジュースを飲んで一息つくと、話を聞いていて疑問に思った場所を思い返しながら聞いていきました。


「まず、ノヴァさんって兄弟が居たんですか?」


「ああ、兄と姉、後は妹が居るな」


 ほう、4人兄弟ですか。


「両親は戦う事を選択して生きて来たって言いましたが、具体的にはどんな生き方だったんですか?」


「母親は当時の神の在り方に疑問を持っていてな、同じ疑問を持つ姉妹……俺の伯母にあたる人物と共に、神への鉄拳制裁を掲げて戦い続けていた」


「え?旧世界って神が人間の目に見える世界だったんですか?」


「何言ってんだ?今もエルの目の前に神が居るだろ?」


「……はい?」


 うーん、もしかしたら私に見えないものがノヴァさんには見えてるのかもしれないですね。


「あれ?今のってお母さんの話ですよね?お父さんは?」


「親父は、現人神と言われて崇められる存在でな。人間であるが神でもある……そんな感じのやつだ。だが親父は、自分の人生を神として生きるのが嫌で、自分にこんな枷を付けた神を憎んでいて、神を殺す為に戦っていた」


「なるほど、その道中ノヴァさんのお母さんとお父さんは出会った……と」


「そんな感じだ。結局は神を殺す事も鉄拳制裁を加える事も出来なかったんだがな」


「何故です?」


「今から神をボコそうって時に、俺の兄貴……長男を出産したからだ」


「ええ!?戦場での出産って事ですか?」


「ああ、主戦力であった母親が出産で体力を使い切った為に、神ボコボコ計画は白紙になった……。それから両親は小さな一軒家を立てて、そこで子供達に恵まれながら幸せに暮らしましたとさ……」


「もしかしてノヴァさんたちに戦い方を教え込んだのって……」


「ああ、俺達に神ボコボコ計画を継いで欲しかったんだろうな。まぁアイツ等の願いは、俺個人の願いと一致した事によって果たされる事になったんだが……その話はまだしなくていいだろ」


 うーむ、戦場での出産ですか……色々と大変そうですね。


 というかそれって、戦場で子作りしていたって事になりません?……気付かなかった事にしよーっと。


「あの、神ボコボコ計画って名前ショボ過ぎません?」


「あー、母親がそういった人間なんだ。ネーミングセンスが爆発的に死んでるんだ……気にしないでくれ」


「はぁ……。それで、ノヴァさんの幼馴染って?」


「……アリシアだ」


「――っ!?」


 アリシア……ユミリアでリンネさんから聞いた名前ですね。


「そのアリシアにノヴァさんは捕まったって事ですか?確かアリシアって何処かの国の王女様って聞きましたけど」


「……誰から聞いた?」


「リンネさんです。私の名前がアリシアに似てる事にビックリしたって言ってました」


「そう……か。そうだな、俺も驚いた。エルはアイツに見た目もそっくりだったんだからな」


 へぇ、私ってそんなにアリシアにそっくりさんなんですか。


「まだ何か聞きたい事があるか?」


「そうですね……それじゃあ最後に1つだけ。ノヴァさんは――」


「エルちゃーん!ノヴァー!早く帰ってきなさーい!」


 私がノヴァさんに近寄って更に話を聞こうとしたタイミングで、リンネさんが私たちを呼ぶ声が聞こえてハッとなりました。


 辺りを見渡せばいつの間にか既に夜で、普通の人は外出をしない時間になっていました。


 いやぁ集中って怖いですね。そんなに時間が経っている事に全然気付きませんでした。


「あー、リンネも怒ってるみたいだし、そろそろ帰るか」


「あ……はい。そうですね」


 こうして、私たちは一緒に宿へ戻ってリンネさんに怒られるのでした。


 でもリンネさん、私には軽く注意をするだけで殆どノヴァさん相手に怒ってた気がしますが……何ででしょう?。



「はぁ、やっとリンネから解放された。アイツは神経質で面倒なんだよな……」


「あ、おつかれさまです。随分とゲッソリしてますね、面白い顔になってますよ?」


 私とユズはノヴァさんの変顔に思わず噴き出し、その場でお腹を抱えて笑い出しました。あー、お腹痛い。


「うっせバーカ、ほっとけ。所でエル」


「あはははは。はい?」


「最後に何か聞こうとしてたみたいだが、何だ?」


「あ……いや、それは……。な、何でもないです」


「そうか。それじゃ、お前等はそろそろ寝な。夜更かししてるとリンネにどやされるぞ」


「誰がどやすって?」


「そりゃお前、母親に似てどこまでも鬱陶しい誰かさんの事だが?」


「……喧嘩売ってるのかしら?」


「そこまでガキじゃねぇよ」


「あはは……分かりました、おやすみなさい。」


「リンネさん、ノヴァさんおやすみー」


「ああ」


「えぇ、おやすみなさい」


 こうして私とユズは、ダイニングルームから寝室に入って行きました。


「所でユズ、その寝間着どうしたんですか?可愛いですね」


「あ、これ?農家のおばさんが譲ってくれたんだよ。娘が着ると思って買った服だけど、1回も着ないで大人になっちゃったからあげるって」


「そうですか、よかったですね」


「うん!。……前から思ってたんだけどさ、エルシアちゃんの寝間着ってさ……透けてるよね、平気なの?」


「えぇ、寒くないですよ」


「いや……下着、透けてるよ?」


「……うっそ?」


 私は急いで胸元を確認しました……マジじゃん。何で今まで誰も何も言ってくれなかったんですか!?。……まぁお気に入りなんで、これからも着続けるとは思いますが。


「うん、今度から見られても恥ずかしく無い下着を着用しましょう」


「寝間着は変えないんだね……。所でエルシアちゃん?最後にノヴァさんが言ってた、聞きたい事って何だったの?」


「……内緒です。おやすみなさい」


「あ、うん。おやすみー」


 私はユズに構わずベットに滑り込んで顔を掛け布団にうずめました。


 私が聞きたかった事……ノヴァさんとアリシアって幼馴染以外にどんな関係なのか?もしアリシアの事が好きだったんだとしたら、彼女にそっくりな私の事は…好きなのか。そんな事を勢い任せに聞こうとしていました……恥ずかしい。


 何でこんな事を考えちゃったんですかね?私はノヴァさんの事が嫌いで苦手な筈なんですが……。


 もしかして数日間の特訓に付き合ってもらってる内に何か私の中で特別な感情でも芽生えたって事なんでしょうか?……分かりませんね。


 私は頭を大きく振ると、何も考えないようにして眠りにつくのでした……。



 次の日の朝、私は普段よりも早く目が覚めました。ノヴァさんとリンネさんは既に起きてるみたいで、布団がもぬけの殻になってます……本当に早起きですよねぇ。


 辺りはまだ、ほんのりと薄暗く、それでいて朝の爽やかで突き刺さる様な冬の風と僅かな日差しが、寝ぼけた頭をシャキッとさせてくれます。


「う~~ん。今日も気持ちの良い朝ですねぇ」


 私は大きくノビをしながら、宿の外にローブを羽織って出ました。小鳥の声が心地良いです。


「あら、エルちゃんおはよう。早いわね」


「おはようございます、リンネさん。最近ノヴァさんとの特訓が忙しくて、直ぐに寝れちゃうんですよね」


「そう、ノヴァから聞いてるわよ。エルちゃん魔力こそ少ないけど、上達はあたし以上に早いって。凄いわね」


「ありがとうございます。ただ魔力が少ないのは霊装化で補うしかないみたいなんで、そこがネックになってるんですけどね。

 ……まぁ私は魔力で花火が作れればそれで良かったんですけど、色々と教えてもらっていくうちに楽しくなっちゃって、最近は魔法を使うのが好きになりました」


 私は手の上に魔力を集めると、小さな雷を放出させる球体を作り出して見せました。


「ノヴァは教え方が上手だから楽しいのかもしれないわね。それに、好きこそものの上手なれって言葉もあるし。これからも無理をしない程度に頑張ってね」


「はい。……そう言えばリンネさん」


「どうしたの?」


 私はふと頭の中にアリシアの事がよぎって、思わずリンネさんに彼女の事を聞こうとしていました。


「大した事じゃ無いんですけど……ノヴァさんとアリシアって、どんな関係だったか知ってますか?」


「えぇ、恋人だったって聞いてるけど……どうして?」


「いえ、何となく気になったんで……ありがとうございます」


 私はリンネさんにお辞儀をすると、その場から逃げる様に寝室に走って行きました。


 ノヴァさんとアリシアが恋人同士だった……ノヴァさんはアリシアが好きだった……つまり――。


「あうあうあうあうあうあうあああぁぁああぁぁっ!!」


 私は枕に顔をうずめながら叫びました、自分の考えている事が恥ずかしくなって、顔が熱くなってるのが分かります。何考えてんですか私ぃぃ!。


 私がベットの上で恥ずかしさに悶えて足をパタパタさせていると、ユズが目を覚まして起き上がりました。


「あ……すいませんユズ。起こしちゃいましたか?」


「…………イチゴッ!ケーキ…………」


「……は?」


 パタン。


 ユズは一言だけ私に言うと、そのまま倒れて動かなくなりました……え?今の寝言?。


 それから2時間後、私とユズは朝食の準備が出来たとリンネさんに声を掛けられ、皆で一緒にご飯を食べました。



 朝食を取り終わった私たちは、各自で別々の行動を取っていました。


 ノヴァさんは何かの買い足し、リンネさんは食器の片付け、ユズは近所の農家のお手伝いもとい、つまみ食い、私は洗濯物を干していました。


「うーん……身長が足りなくて布団がかけられない……。そうだ!魔法で浮かび上がらせて引っかければいけるんじゃ!?」


「ちょっと待って、そんな事で魔力を消耗しちゃ後でノヴァとの訓練に体が持たないわよ?」


 私がナイスなアイデアで布団を引っかけようとした瞬間、リンネさんに止められました。


 そうですよね、後先考えずに魔法をバンバン使ってたら危険ですもんね。


 本当に最近は魔法を使うのが楽しくって何も考えずに使ってますが、最悪死んじゃうかもしれないんですから慎重に使わないと……。


「あれ?リンネさん、食器の片付けは?」


「もう終わったわ。だからエルちゃんを手伝いに来たのよ」


「そうですか、すいません……。あんまり役に立てて無い気がします」


「そんな事無いわ。ありがとね、エルちゃん」


 リンネさんは私にニコッと笑いかけると、背が届かない私の代わりに布団を干してくれました。その間に私は洋服等を干しちゃいましょう。



 そんなこんなで無事、私とリンネさんは作業を終えて、宿の近くに立っている喫茶店で紅茶を飲んでゆったりしていました。


「あ、ノヴァが寄り道してる……何を見てるのかしらね?」


「え?急にどうしました?此処からノヴァさんが見えてるんですか?」


「見えて無いわよ、ただ呪術師は従者の気配を強く感じる事が出来るの。だから何処で何してるか、大体分かるのよ」


 へぇ、呪術師って何だかよく分かりませんが、とにかくスゲェって感じですね。


 ……そういえばネクロマンサーと呪術師の違い、良く知らないままでした。せっかくリンネさんと2人きりで暇な訳ですし、ちょっと聞いてみましょうか。


「あの、リンネさん」


「ん?なぁに?」


「リンネさんって呪術師じゃないですか」


「えぇ、本職って訳じゃ無いんだけどね」


「そうなんですか?」


「そうよ、本当のあたしはただの魔女よ。呪術師の力は彼を探し出す為に必要な能力だから、身に付けたってだけなの」


 そんな簡単に身に付くものなんでしょうか?こういったオカルトチックな能力って生まれつき待ってる人が行使するんだと思ってました。


 ……いや、冷静に考えてみると、リンネさんもノヴァさんに負けず劣らずでぶっ壊れた才能の持ち主でしたね。なら気合と根性で色々な能力を取得しててもおかしくないか。


「それで?あたしが呪術師なのが不思議かしら?」


「いやいや、別にそういう訳じゃ無いんですが、ネクロマンサーと呪術師の違いがイマイチ良く分かって無いんで、呪術師って言われてもピンと来ないんですよね……」


「あぁなんだ、そういう事ね。あたしが呪術師っていうの似合って無いって言われたら落ち込んじゃう所だったわ」


 リンネさんは、ふふっと小さく笑いながら紅茶を一口飲むと、ネクロマンサーと呪術師の違いを教えてくれました。


「まずネクロマンサーって何をする人達か分かる?」


「死者の魂を束縛して僕にして命令する人……でしょうか?」


「まぁ大体そんな感じね。じゃあ次、呪術師は何をする人でしょう?」


「えっと……前にリンネさんが言ってた事を考慮しながら考えると……ん?何が違うんだろ?」


「ふふっ、正解は、死者の魂に呼び掛けて、協力を仰ぐ人の事よ」


 ……ほう?。


 やっばい、多分とっても分かりやすい説明だったんでしょうけど、私にはさっぱり分かりませんでした。


 何を言ってるのか理解できない私に気付いたリンネさんは、少し何かを考えると、再び私にナゾナゾじみた質問を飛ばしてきました。


「そうねぇ……それじゃあエルちゃん。貴女が会ったネクロマンサーってどういった戦い方をしてた?」


「え?それはまぁ……死霊にこき使わせて戦ってましたけど」


「その死霊は主の命令を無視したり何か提案したりしてた?」


「いや、ただの死霊がそんな事する訳無いじゃないですか……あれ?ノヴァさんて一応は死霊って扱いで良いんですよね?あれ??」


「そうね、あたしは何かノヴァに命令をしているかしら?」


「……お説教以外は何もしてないですね。……強いて言えば、むやみに殺しはしちゃ駄目って事を言った位でしょうか?」


 私は少し冷めた紅茶を少し飲むと、テーブルの上に一緒に置かれてたリンネさんお手製のクッキーを食べました。というか喫茶店にお菓子を持参するってどうなんでしょう……?。


「あっ、このクッキーおいしい」


「気に入ってくれて何よりだわ。それで、あたしがノヴァに何か命令したかなんだけど、答えは否よ。そもそもいっつもあたしの言葉なんか聞かないで勝手に行動してるじゃない?」


「あー、まぁ確かに……。でもそれじゃあ結局ネクロマンサーの方が凄いって事のなりません?」


「んー、凄いかどうかは分からないけど、多分呪術師の方が扱う死霊のレベルは上よ」


「だって死霊に拒否権があるんでしょ?だったら初めから従う以外の方法が無いネクロマンサーの方が上なのでは?」


「そこだけ見ればそうでしょうけど、ネクロマンサーと呪術師は根本的に死霊との接し方が違うの。

 呪術師は術者が死霊に協力を"依頼"する、その代わり協力をしてくれた死霊には"報酬"を支払うの。簡単に言えば死者版の傭兵ね。その報酬は、依頼内容を踏まえた上で術者と死霊で話し合って決めるの。

 それに対してネクロマンサーはその辺をフラついてる死霊に無理矢理首輪をはめて、強制労働をさせる。そこには拒否権も報酬も何も無い……それがネクロマンサーよ」


「なるほど……だからあの時、ノヴァさんとリンネさんの契約が早すぎるってライオットが驚いてたんですね」


「あら、聞いてのね」


「ギリギリ意識はありましたから……所でリンネさんはノヴァさんにどんな依頼をして、どんな報酬を支払ったんですか?」


「依頼内容は貴方と共に居る事、報酬はあたしの傍に居る事、よ。まぁきっと彼はどんな契約内容であれ即断であたしと契約したでしょうけどね」


「ほ……ほぅ」


 私はリンネさんとノヴァさんの契約内容を聞いて、若干引きながら紅茶に手を伸ばしました。


「……あ」


 気が付くと、私のカップは空になっていて、リンネさんがポットをもって待機してくれていました。


「……すいません」


 リンネさんの前にカップを差し出しながら、暖かい紅茶を注いでもらうと、大きめに一口飲みました。


「どういたしまして。……所でエルちゃん、今あたしの話を聞いて心の中で「うわっ」て言わなかった?」


「――ングッ!」


 リンネさんの唐突な攻撃に、心臓がドキッとして思わずむせ返りそうになりました。リンネさんって定期的に人の心の中を読んできますよね、何でもお見通し感がおっかないです。


「い、いえ……そんな事無いです……よ?」


「そう?本当の事を言っても別に気にしないのに……」


 はい、ぶっちゃけ心の中ではどんだけ甘っ々な契約だよ!。と言うか契約ですら無いじゃん!とかツッコミ入れてました。うわって思ってましたごめんなさい。


「でもまぁ、私がうわって思ったかどうかは別として……何というか、そういった心の底から信頼し合えてる関係って少しうらやましく思いますね」


「そうかしら?」


「えぇ、私にはそこまで一切の疑いも無く信頼出来る関係のある人……居ないんじゃないでしょうか?」


「……それはきっと、エルちゃんが気付いて無いだけで、直感的に信頼してる人……居る筈よ。ユズちゃんとかあたしとか、最近はノヴァの事もかしらね」


「うーん、そういうものでしょうか」


「信頼って案外大した事無く築き上げてるものよ?そもそも信頼出来て無かったら同じ部屋で眠るなんて出来ないでしょうし」


「……言われてみれば、確かにそうですね。リンネさんたちを信頼出来てて良かったです」


「えぇ、あたしもエルちゃんに信頼してもらってて嬉しいわ。それじゃ、そろそろお昼だし宿に戻りましょうか」


 リンネさんにそう言われて辺りを見渡すと、随分と太陽が高くまで登っている事に気付きました。……ガールズトークって時間が過ぎるの早いですね。


 もっとリンネさんとお喋りしていたい気持ちもありますが、お腹を空かせて帰って来る食いしん坊が居る訳ですし帰りましょう。


「ちょっと名残惜しいですね。……またお茶でも飲みながらお喋りしてくれますか?」


「えぇ、いつでも誘って頂戴」


 リンネさんはニコッと笑うと、席を立って会計を済ませに行きました。


 はぁ……。久々に楽しくて満喫した午前でした。



 私たちが宿に戻ると、そこでは歩いてるノヴァさんの髪に噛みついて引きずられるユズの、何とも言えないカオスな状況に出くわしました……ユズ何やってんの?。


「なにこれ?」「なんですこれ?」


「おー、やっと帰って来たか。ユズが俺の髪を麺と間違えて食いついて離れないんだ。コイツが小腹を満たせそうな物を作ろうと思ってたんだが、おかげさまで何も出来ずにこんな時間になっちまった……。悪いがエル、ユズを取っ払う良い方法を教えてくれないか?」


「つむじにチョップで良いですよ」


「了解」


 バスッ。


「ギョエ!?」


 悪者の下手なやられた演技みたいな声を発したユズは、そのまま倒れてピクピクしていました。……ユズのあれは本当の鳴き声なんですよね。


 さて、その後の私たちなんですが、とりあえず昼食を作ってからユズをチョップで起こし、食べ終わった後に私はノヴァさんに最終訓練を受けに滝へ、リンネさんは相変わらず宿の中で何かしてます、ユズはお昼寝をし始めました。



「さてエル、今日が最終訓練だが何か聞きたい事はあるか?」


「いえ、大体の事は出来る様になったんで平気です。どちらかというとノヴァさんの昔話の方が聞きたいかな」


「はは、そうか。まぁとりあえず、最終訓練として魔法を使って俺と戦ってみろ」


「……はぁ?いやいや、無理ですよ!ノヴァさんハンパなく強いじゃないですか!」


「今のお前なら結構いい勝負できると思うぞ?まぁ負ける気は無いがな」


「あぁ……私の人生もここまでですか。……色々と楽しかったなぁ」


「……一応言っとくが手は抜くから安心してくれ」


「あ、そうですか」


 そんな感じで、私はノヴァさんと最終訓練として戦いました。


 結果は言うまでも無く私のボロ負けだったんですが、ノヴァさんの術式は突破できる程度の魔法を使えるようになってたみたいです。


「そうだ、エルに3つ程俺の技を教えておこうと思うんだが……やってみる気あるか?」


「……全身痛いのが治ったら考えます」


 私は倒れたままノヴァさんの回復魔法で傷を癒してる最中でした。


 いやぁ、やっぱり強いですね……。ただ初めて会った頃に比べて、動きが見える様になっていたのは何ででしょうか?。…もしかして、私って成長速度が天才的なんでしょうかね?。えへへ、言ってみたかっただけです。


 私の傷が癒えて、体力も回復した頃、私はノヴァさんの教えてくれる3つの必殺技の習得に取り掛かっていました。


 1つは物体を雷属性の魔法陣に通す事で出来るようになるレールガン。威力が尋常じゃ無いから扱いには注意をしてくれとの事でした。


 2つ目はありったけの魔力を手に集めて、零距離で爆発させる爆魔拳。私自身の腕が吹っ飛びそうになりました。余程の事が無ければ使わないでしょうね。


 3つ目、コレは私が昔の武器……その中でもスナイパーライフルと言われる物を使った必殺技なんですが、星が消えるレベルの破壊力があるんで絶対に使わないです。危険過ぎます。


 とまぁ、そんな感じで、何とか習得する事が出来た訳なんですが。全体的に魔力の消費が激しい技である為、私が戦闘中に使えるような代物ではなさそうです。


 さて、辺りを見わたしてみると既に暗くなり始めてますね、リンネさんに怒られる前に帰りましょう。


「ノヴァさん、付き合ってくれてありがとうございました。結局花火はやってませんけど」


「今のお前なら俺が教えるまでも無く出来るんじゃないか?」


「そうですね。……それじゃ、帰りましょうか」


「あぁ」


 こうして私たちは、リンネさんとユズが待つ宿へと歩いて行くのでした。



 次の日の朝、私たちは再びミルセルさんに会いに行きます、きっとユズは悲しい思いをするでしょう。私もきっと辛い思いをすると思います。それでも、ユズにこの経験は絶対に必要な事になって来る筈なんです。


 この出来事の結末は、私にはまだ分かりません。それでも、私はユズに何があっても死んでほしくないんです……。


 そういった私の考えや気持ちは、グチャグチャになったままですが、明日何があってもユズと向き合う為、今は眠ろうと思います……おやすみなさい。



 そして次の日の朝、私たちがミルセルさんと再会する日が遂にやって来るのでした……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る