2節 黒幕と、ワイバーンと、旧世界の英雄

 唐突過ぎる出来事に困惑したままの私たち、しかしそんな事を気にする気も無いライオットは、お兄さんの亡骸を蹴り飛ばしながら「しかし、あの程度の魔物では人は殺せないか……もっと使える魔物を召還出来る様にしないとな」と、呟きました。


 マジですか……ライオットの言った魔物を召還する技術、それは危険すぎるという事で封印された筈です。私も偶然手に取った本に詳細を書かれずに乗っていたのを読んだ位ですし。奴は何処でその情報を手に入れたんでしょう?。


「そいつは敵だ!全員掛かれ」


 思考が追いついたレウィンさんが防衛隊の人たちに攻撃命令を出します。


 彼女の声に反応した防衛隊のメンバーは一斉にライオットへ仕掛けていきました。こんな状況でも崩す事のに余裕な表情が気掛かりですが、私も奴は放って置く訳にはいかないと思うんで、皆と一緒に仕掛けに行きました。


 ライオットの眼前に差し迫った頃、奴は唐突に瓶に入った赤い液体を懐から取り出し、何かを唱えながら地面に垂らし始めました……この詠唱はマズイです!。


「全員止まって下さい!」


 私はありったけの声で叫びますが、それで止まったのは数人の防衛隊とレウィンさん、後はユズさんだけでした。


 私の声は聞こえてたと思います、でも彼らは仲間が殺されて止まるに止れなくなっていたんだと思います。1度心に着いた怒りの火はそうそう消えない物です。


 私の声を無視して斬りかかった方々は、ライオットの周囲から現れた黒い霧に覆われてしまい、気が付いたら現れていた中級クラスの魔物に食い殺されていました。


 空から降り注ぐ血の雨や痙攣した肉の塊、人間の臓器と思われる物体……その光景と臭いにユズさんはしゃがみ込んで吐いてしまっています。かくいう私も喉元まで気持ち悪さが込み上げています……この臭いはいつまで経っても慣れないです。


 ただ此処でいつまでも絶望してる訳にはいきません。今動かなかったら次に肉塊になり果てるのは私たちなんですから。


「ユズさん、レウィンさん、動けますか?」


「ゲホッ……うん……だいじょーぶ」


「こっちも平気だ……だがあんな龍みたいな魔物相手にどうする気だ?」


 レウィンさんの声に釣られて、生き残ってる防衛隊の人たちも私の事を見てきます。


「……私とユズさんでライオットを殺します、レウィンさんたちは3分間だけ魔物が私たちに手を出さない様に妨害をお願いします、恐らく無理なんで倒そうとしなくて良いです」


「なかなか無茶な気もするが……任せて貰おう。気を付けろよ……二人共」


「分かりました、レウィンさんも死なないで下さいね」


「了解です、騎士隊長」


 こうして私は、ユズさんと共にライオットを殺す為の行動を開始しました。


「魔物の攻撃はレウィンさんたちが防いでくれます。私たちは最短距離でライオットに接近後、最速で奴を殺します。出し惜しみは無しでお願いします」


「任せて!エルシアちゃん!」


 私たちは魔物の足元を通り抜け、ライオットに斬り掛かりました。


「ワイバーン!この小娘たちを殺せ!」


「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!」


 ライオットの声に応える様に吠えた魔物が私たちの方を向きました……レウィンさん、頼みますよ。


 魔物の手が私たちの頭上に迫ってきました。それでも私たちは躱す行動をせずに最短距離を詰めます。


 そして魔物の攻撃が私たちに当たる直前、レウィンさんたちの攻撃で魔物が大勢を崩しその場に崩れ落ちました。


 その光景に驚いたライオットは一瞬だけ動きが鈍りました、それを見逃す私じゃ無いです。


 私は腰に付けたナイフをライオット目掛けて投げつけました。そのナイフは彼の右膝に命中し深々と突き刺さりました。


「ぐぅ!」と苦しみの声を漏らして、ライオットはその場に膝を着きました。


 私はそのままワンピースのポケットに入れてある戦闘用のバタフライナイフを展開して、ライオットに飛び掛かります。そんな私を撃ち落とそうと彼はボウガンを構えますが、ユズさんの正確な射撃によってボウガンを弾き飛ばされました……今がチャンスです!。


 私はライオットに急接近すると、そのまま連続で斬りつけた後に、彼の左胸目掛けてナイフを突きたてました。


 ゴポゴポと血の泡を吹き出して倒れ込んだライオットは、ピクリとも動かなくなりました。心臓にナイフが刺さってるんです、流石に死んだでしょう。


「これで……終わりですかね…」


 私は息を荒くしながら、ユズさんとハイタッチをして魔物の方を見ました。


 使役していた術者が死んだんです、これで魔物も消滅する筈……。


 しかし魔物は止まる事無く、私たちを殺そうとして足を落としてきました。


 辛うじて避けきれた私たちですが、運が悪い事にワンピースの胸元に魔物の爪が引っかかり、胸からお腹まで縦に裂けてしまいました。この時に掠ってしまったのでしょう、私の胸元から少量の血が溢れ出して来て、胸の小さな凹凸をなぞる様にして少しずつ流れて行きます。


「エルシアちゃん!」


「大丈夫です……それにしても術者が死ねば魔物も消える筈……何で魔物はまだ動いてるんですか!?」


 若干パニックを起こしながら大きな声で呟く私でしたが、意外な人物からその答えが帰ってきました。


「それは、俺が死んでないからだ」


「――ッ!?」


 ライオットの声が背後から聞こえた瞬間、私の左肩と右脇腹に強烈な激痛が走りました。


「ぐあ!……あぁ!」


 その場で膝を着いた私の髪を鷲掴みにしたライオットは、片方の手で脇腹に刺さったナイフを引き抜いき、もう片方の手を髪から口を押さえつける様に移動させて、お腹を滅多刺しにしてきました。


「~~ッ!?~~~~ッ!!」


 あまりの痛さに悶絶しながらも、肩に刺さったナイフを引き抜いた私は、ライオットの腕を何度も突き刺して振り払う事に成功しました。


 痛みで何度も意識が飛びそうになります……が、あともう少しで3分経つ筈なんで、少し会話でもして気を紛らわせます。


「……何で生きてるんですか?間違いなく心臓を突き刺した筈です」


「普通なら死んでるだろうな、だが生憎俺の臓器は普通と反対向きになっているんだ」


「マジ……ですか」


 意識が飛び飛びになってる私を見て、ニヤリと笑ったライオットは、魔物に最後の命令を出しました。


「ワイバーン……こいつ等を殺せ」


「…………」


「どうした?さっさと動け!」


「無駄ですよ」


 怒鳴りつける様に魔物に命令をしていたライオットに、私は静かな声で答えました。


「貴方が行った召還は、封印された技術です。何故封印されたと思いますか?」


「そんな事知るか!」


 私の頭部を目掛けて撃ち出されたボウガンの矢は、近付いて来ていたレウィンさんの剣が防ぎ、ユズさんのボウガンがライオットの手を射抜きました。


「確かに優秀な技術です、でもそれを使うにはコストが高すぎた」


「コスト……だと?」


「えぇ、確かに下級の魔物なら血液を注ぐだけで無制限に使役できたかもしれません。でも今、貴方が召還したのは中級の魔物……小瓶1杯程度の血じゃせいぜい3分が限界なんです」


「何故……お前の様な小娘がそんな事を知っている!」


「それはただの小娘じゃ無いからでしょうかね?因みにあのクラスの魔物を使役したいなら最低でも生贄を一人は用意すべきでした。それではさようなら、今度こそ仕留めます」


 私がナイフを振りかざし、切りつけようとしたその瞬間、ライオットは自分の血で地面に何かを書きながらブツブツと唱え始めました。しかも私も聞いた事がない詠唱です、ここは距離を開けて様子を見るべきでしょうか?……いや、今変なものを召還されたら私たちでは対処できません。仕掛けるしかない!。


 私の意図を汲み取ったユズさんとレウィンさんも、一斉にライオットに仕掛けます。

しかし私たちの攻撃が当たるより先に、ドス黒いオーラの様な物がライオットの周りを覆い、私たちは吹き飛ばされてしまいました。


「痛っ!もー!今度は何!?」


 ユズさんがそう叫びます。全く同感ですね、いい加減にしてほしいです。


 意識は飛び飛び、痛覚さえ無くなり始めて来て、ついでに視界もクラクラし始めてきました……血が足りて無いんでしょう、気が付けば私のワンピースは赤一色になっていました。


 ライオットの周りを覆っていた黒いオーラが無くなると、そこには黒衣に身を包んだ白銀で長髪の男性が立っていました。


「がははははっ!これでお前達は終わりだ!コイツは旧世界の英雄だぞ」


 旧世界の英雄……あの死神みたいな黒い服とコートの男性が?そうは見えないですけど。


「お前か?俺を呼んだのは」


「ああそうだ!あの女共を殺せ!」


「……了解だ」


 そう言うと、旧世界の英雄はその場から消えて、気が付いた時には私の目の前に立っていました。焦った私はナイフで斬りかかりましたが、斬撃が届くより先に私の腹部に強い衝撃が走りました。


「ぐふっ!」


 呼吸困難になった私は、その場に倒れ伏して身動きが取れなくなってしまいました。やっぱり防衛戦なんて参加しなければ良かった……。


 薄れゆく意識の中、ぼんやりとした視界にはレウィンさんが英雄に蹴り飛ばされる光景が映りました……ユズさんは大丈夫でしょうか……?。私の意識は、ここで完全に途切れてしまいました。



「ん…」


 目が覚めると、天井が驚くほど真っ白な場所で、私はベットに寝ていました……ここ天国ですか?。


 白いレースをはためかせながら、暖かくて心地良い風が優しく私の髪を撫でていきます。ここ天国ですね。


 そんな事を考えていると、どこかでドアの開く音が聞こえて、ユズさんとレウィンさんが私の前にやってきました。


「あ!エルシアちゃんの意識が戻ってる!」


「エルシア、具合はどうだ?」


「お二人共、おはようございます。あの後どうなりました?」


 私はベットから起き上がり、二人の方を向いて立ち上がりました。真面目な話、ここは天国では無くて病院ですね。


 そう言えば下着が着けていた物と違いますね…恐らく寝てる間に着替えさせてくれたんでしょう。


 話しより先にレウィンさんに手渡された新品のワンピースを着て、ブラシで髪を梳かしながら二人の話に耳を傾けました。


 結論から言うと、私たちは完敗だったみたいです。


 ただ、無意識のまま立ち上がった私が蒼いオーラを纏いながら英雄に一太刀浴びせたのが決め手になったのか、彼はライオットを連れて撤退したそうです。その際にライオットが英雄をノヴァと呼んでいたのをユズさんが聞いたらしいです。そんな英雄聞いた事無いですね。



 さて、2日の療養期間を終えて速攻で退院した私は、死人が沢山出たにも関わらず祭りを開いてる街を横目に荷物を宿に取りに行って、お世話になった人に挨拶をした後、北側から街を出て行きました。


 道なりに少し進んだ場所にあった切り株の上に、見覚えのある人が座っています……何してるんでしょう。


「ユズさん?」


「あ、エルシアちゃん。はいコレ、騎士隊長がちょっと少ないけど報酬だって」


「あぁ……街の防衛ってボランティアじゃ無くて依頼だったんですね。ありがとうございます」


 私はユズさんからお金を受け取ると、再び歩き始めました。


「あ、あのさ!エルシアちゃん!」


「はい?」


「エルシアちゃんは……何処に向かって旅をしてるの?」


「ぶらぶらしながら王都を目指してます」


「へぇー、どうして王都に向かってるの?」


「あそこには沢山の本や資料が有るじゃないですか、それを見せて貰い、あわよくば複製品でも頂こうかなと思いまして」


 王都には沢山の情報が集められています。この世界の事も例外じゃありません、きっと私の探している答えも有る筈なんです。


「あのね……私も騎士の資格を取る為に王都を目指してるの」


「あ~なるほど。一緒に来ます?」


「う、うん!」


 ユズさんは嬉しそうにピョンピョンして着いてきました。


 私は基本、一人でいるのが好きなんですが……まぁ王都までの間ですし構わないでしょう。彼女の明るい性格は私にとってもプラスになるでしょうし、またライオットが来ても二人でなら殺しきれるでしょうし良い事尽くめです。


「では、暫くの間よろしくお願いしますね、ユズさん」


「ユズで良いよ。こちらこそよろしく、エルシアちゃん!」


「分かりました、ユズ。それじゃ、出発しましょうか」


 私たちは握手をすると、歩き始めました。


「何処に向かうの?」


「此処から北東のユミリアに行こうかなと」


「おほぉ!あそこは治安が良くてご飯が美味しいって聞いた事があるよ!」


 そんな感じで、騒がしくも楽しい仲間……ユズが王都まで同行する事になりました。


 ユズの性格は明るいし、きっと退屈しない旅になる筈です。


 しかし私は、ユズと共に旅に出た事を少しだけ後悔する事になるんですが、それはまた次のお話で……。

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