3節 旅と、食糧難と、私とユズの過去

 はいどうも、私です。


 私がユズと共に街を出てから3日が経過しました。


 当初予定していた通り、彼女との旅は退屈しない物になっています。


 退屈しない物にはなっているんですが、ちょっと……いやかなり深刻な問題に悩まされていたりもします。例えば、今目の前で起こっている出来事とか……。


「ねー、エルシアちゃーん」


「……何ですか?」


「お腹空いたよー、少し休もーよー」


「……さっきも休憩したじゃないですか。それに沢山食べてると太りますよ?」


「だいじょーぶ!私って太らない体質だから!」


「そうじゃ無くてですね!」


 私は先を目指して歩みを進めていた足を止めて、後ろを付いて来る様に歩いてたユズに向き直り、ちょっとイライラしながら言葉の集中砲火を浴びせました。


「今貴女は何を食べてるんですか!と言うかそれ何食目ですか!?」


「ん?インスタントラーメンを3食目だよ」


「普通インスタントラーメンはお湯を掛けて食べるもので、そのままバリバリ食べる物じゃ無いですよ!。

 後、持ち物の都合上ユミリアまで1日2食の予定だって街を出た時に話したじゃないですか!。

 3日目で既に食糧難ってヤバいと思いませんか!?。後4日掛かるのにラーメン無いですよ!」


「……エルシアちゃん?」


「……何です?」


「凄いイライラしてるけど……生理中なの?」


「ぶっ飛ばしますよ!?」


 はぁ……一体今の話の何処をどう解釈すればその結論に至るんですかねぇ。


 とはいえ、既に無い物で文句を言っても仕方ないですし、これからの事を考えないといけないですね。


 とりあえず、残りの食料はユズの為に残しておくとして、私は……そうですね、動植物でも食べましょうか。


 私が師匠にさせられた訓練の中に、無人島で1ヶ月の間生き抜くという物がありました。


 持ち物は無しで、サバイバルに応用が出来そうな衣服も没収、ただ女の子が無人島とは言え全裸は可哀想と言う理由で下着だけは残して貰えたんですが、それでも酷いと思うんです。


 まぁ何はともあれ、私はその訓練を無事に終わらせて帰る事が出来た訳なんですが、その際に色々な経験を積んだ為、非常時での生き残り方や水と食料の確保等はかなり心得ています。その為、食べたらヤバそうな物は感覚で分かるんです。


 というわけで、2時間程歩いた先で私たちは野営の準備を始めました。テントの設営はユズに任せて、私は食べられそうな生き物、例えばカエル等ですね、それを探しました。



 暫くの間探していると、遠くで何かが蠢いている事に気付きました。


 既に周りは暗くて陰になっている為、姿は視認できませんでしたが、間違いなく人のシルエットをした何かが、私の事をずっと見ているんです。


 ……何か気味が悪いですね、既に何匹かカエルは確保出来たんで、ユズの元に戻りましょう。


「あの、誰か居るのですか?」


 私が陰に背中を向けてその場を去ろうとしたその時、背後から女性の声が聞こえてきました。これはきっと私に話しかけて来てるんですよね……無視しても良かったんですが、何となくその声に応答してみる事にしました。


「えぇ、いますよ。貴女はこんな所で何してるんですか?」


「私は……世界を旅してる者です。そう言う貴女は?」


「私も同じで、仲間と共に王都へ向かって旅をしています」


「そうですか……」


 その後の私たちは、特に何かを話すでもなくその場に立ち止まっていました。私としては早くユズの元へ戻りたいんですが、向こうが動かない以上何となく動きにくくて、その場に立ち止まってる感じです……。


「あの……」


 私が向こうの彼女に話しかけようとしたその時、私の背後から謎の爆発音が聞こえてきました……一瞬体がビクッっとしたのは気付かなかった事にして下さい。


 そういえば今の爆発音はキャンプを張った方向ですね、ユズは一体何をしたんでしょう?。そんな事を考えていると、背後から小さな足音がパタパタと近付いてきました。


「エ、エルシアちゃーん!」


「ユズ、今何かが爆発した気がするんですが……」


 近付いて来たユズの方に向き直った私は、嫌な予感を感じつつ尋ねてみました。


「えっとね、エルシアちゃんに教えてもらった方法で焚火に火をを着けようと思ったんだよ」


「えぇ」


「そしたらね、火花は起こせたんだよ」


「ほぅ」


「でもね、焚火じゃ無くて近くにあった他の丸太に火が着いちゃってね」


「……はぃ?」


「その丸太が他の場所に燃え移っちゃう前に水辺に落とそうと体当たりで丸太を転がしたんだよ。そしたらその丸太がテントに直撃しちゃって」


「ちょっと待ってください、何処からツッコミを入れたらいいか分かんなくなってきました」


 ユズの事です、きっと本気で言っているんでしょう……今テントに直撃したって言いました!?。


「えっと……私の荷物は無事なんでしょうか?」


「それはだいじょーぶ、ただテントとラーメンが全焼しちゃった…」


「あのテント高いんですよ?殴って良いですか?」


 私がユズを押し倒して跨ると、ほっぺをウリウリし始めました。


「あの……とりあえず火を何とかした方が良いのではないでしょうか?」


 ……ハッ!そう言えばそうでした。今キャンプで燃えているであろう火を何とかしないと、ここら辺一帯が焼け野原になっちゃいます!さっさと消化しましょうそうしましょう。


「ほらユズ!何時までも寝てないで火を消しに行きますよ!」


「え~、転がしたのエルシアちゃんでしょー」


「いいから立つ!」


「ふぁい!」


 ユズに喝を入れて立ち上がらせた私は、何故か燃えた丸太の消火活動の為にキャンプ地へ向かって走り始めました。


「あの、良ければ手伝いましょうか?」


 走る私の背後で、先程の女性が話しかけてきました。彼女の方を見ると、白いブラウスに深い紺色の短いスカート、その上からスカートと同じ色のとんがり帽子にローブを着て、白い肌と髪がより一層白く見える、随分と古風な「私は魔女です」と主張する様な服を着た女性がそこには居ました。


「えっと……手伝ってくれるのはありがたいんですが、お礼は出来ないですよ?」


「構いません、困った時はお互い様です」


 ニコニコと笑顔で語る魔女っぽい女性、ここは素直に甘えておきます。


 さて、キャンプ地に着いた私たちですが、そこは既に消化が不可能な程燃え広がった焼け野原が広がっていました。


「うっわー、どうするんですかコレ」


「安心して、エルシアちゃんの荷物は近くの湖に沈めてあるから!」


「貴女もついでに沈めてあげましょうか?」


「私は両生類じゃ無いから沈めないでー」


 はぁ、放置する訳にもいかないですし、出来るだけ頑張った様に見える位には行動を起こしておきますかね。とりあえず何か水を溜めれそうな物を探しましょう。


 私が燃えカスの中で使えそうな物を探していると、背後で水が蒸発する様な音が聞こえ始めました、ユズは私の視界の先で脱いだ自分の胸当てに水を溜めようとしている所ですし、きっと魔女さんでしょう。


「消火、終わりましたよ」


「「え!?」」


 早い……早すぎます。私たち何もしてないですよ、何だかもう本当に申し訳ないですね。ってかやっぱり早すぎますよ、一体何したんでしょうか?。


「えっと……どうやって消火を?」


 まさか本当に魔法が使える訳が無いですよね……そう思いながら恐る恐る聞く私に、魔女さんはニコニコしながら、こう答えました。


「水の魔法で、こう……バシャッと」


 あぁ、本当に魔女でした。世の中広いですねぇ、本当に魔法が使える人が居るなんて驚きです。しかしまぁ、何はともあれ助かりました。


 更に魔女さんは、幾つかの食料と予備として持っていた小さなテントも譲ってくれました。彼女には頭が上がらないです。


 私たちがお礼を言うと、魔女さんはニッコリと微笑んでその場に座りました。


「そういえば、貴女達はどうしてこんな所に居たんですか?もう少し向こうに見晴らしの良い丘があったのに」


「もうすぐ大雨と雷が来るんで、丘の上は危ないんですよ」


 私は空を見上げながら言いました。私に釣られる様にユズも魔女さんも空を見上げていますが、どうやら天気は読めないみたいですね。


「そう言う魔女さんも、あんな所で一体何を?」


 私がそう尋ねると、魔女さんは視界を空から私に移して話し始めました。


「先程も話した通り、私は世界中を旅しているのですが。今は友人を探していまして……この近くに出ると言う幽霊屋敷を探しているのです」


「「……ぇ」」


「私の友人は変わり者でして、暗い場所や不気味な場所を好むのですよ」


 完全に硬直する私とユズ、幽霊は本当に駄目なんです。というかユズも幽霊駄目なんですかね?。


 私たちの血の気が引いた事に気付いたのか、魔女さんは不気味に笑うと声を低くして語り始めました。


「この近くには……出るのですよ。幽霊」


「へ……へぇー」


 強がって声を出した私ですが、思わず声が裏返って変な声になりました、恥ずかしい。


「何でも見た目は少し古い屋敷なのですが、その屋敷を見た者は行方不明になって、数日後に変死体として発見されるそうです。

 犯人を捜そうとして地元の騎士が調査に出るんですが、屋敷を見たと報告があった場所は……痩せこけた地面がどこまでも広がってるだけだったそうですよ」


「「……」」


「その後も屋敷を見ては行方不明になり、変死体として発見される現象が頻繁に起こる為、ここから1番近い街であるユミリアから捜索隊が編成されたのですよ。

 まぁ私はただその話を聞いて友人が居るのではないかと思ったので、個人的に探してるだけなのですけどね」


「えっと……その屋敷って消えるんですか?」


「らしいですね。因みに屋敷を見た者は、その屋敷へ誘われるそうですよ」


 そこまで話すと、魔女さんは再び屋敷を探しに行くと言って飛んで行ってしまいました……もう夜なのに見えるんですかね?というか飛べるんですね。


「やれやれ、悪い人では無いと思うんですが……最後の最後に爆弾落として行きましたね……ユズ?」


「…………」


「え?ユズ!ちょっと怖がらせるのはやめて下さいよ!ユズ!?」


「zzz」


 恐怖のあまり、返答の無いユズを強く揺さぶった私ですが、徐々に彼女の寝息が聞こえてきた事に安堵感と怒りを覚えたのはここだけの話です……。


 はぁ、取りあえず雨が降る前に寝ましょう。おやすみなさい。



 はい、おはようございます。朝から随分と雨が降っていますが、ユミリア目指して今日も頑張りましょう。


 私が起きると、珍しくユズが先に雨避けの近くに設置した焚火の前に座っており、何かを焼いてるみたいです。


「おはようございます……何やってるんですか?」


「あ、エルシアちゃんおはよー!。今はね、キノコを焼いてるの」


「キノコですか?毒の有無が確認しずらいし、下手に食べない方が良いと思いますが……」


「だいじょーぶ!私のお母さんはキノコ栽培をしてたから詳しいの!」


「へぇー……」


 私はユズの横に座ると、ボーっとキノコが焼けていく様を眺めていました。頭が回って無いんですね。


「あのさ、エルシアちゃん」


「はい、なんでしょうか?」


「始まりの街を出た日に言っていた事だけどさ、エルシアちゃんは地球が死んだ理由を調べる為に旅に出たんだよね?」


 以前、誰にも話さない様にしてると言った私が旅をしている理由……実はユズには話してたんですよね。


 暫く旅を共にする仲なんだし、言わなくてもその内気付くだろうと思って話したんですが、どうせ皆と同じ反応をするんだろうと高を括っていた所、彼女は笑う事も馬鹿にする事も無く真剣に聞いてくれたのです……ちょっと泣きそうになりました。


「まぁそうですね。ついでに師匠も探してますけど」


「ん~、普通はそんな理由で旅に出るかなぁ?って思っちゃうんだけど」


 あぁ、そういえば私の事って旅の理由以外殆ど話して無かったですね。一応話しておきましょう。昔話に花を咲かせるのも悪くは無いと思います。


「そうですね……どこから話しましょうか。私って親が居ないんですよね」


「え……そうなの?」


 うん、これが普通の反応でしょうね。でも表情を暗くするのは止めてほしい所です、ユズは笑ってる方が似合うと思います。


「正確には、「居ない」というか「知らない」の方が正しいですけどね」


「知らない?」


「はい、物心ついた時には、師匠と一緒でしたし、エルシアって名前も師匠が付けてくれたものです」


「へぇー、エルシアちゃんの師匠ってどんな人?」


「一言でいえば普段はダメな大人って感じです。でも、何かあった時はとても勇敢でカッコいい人ですかね」


「ほぇ~、凄い人なんだね」


「まぁ、一応は騎士の特殊部隊のリーダーですし。ぶっちゃけ放浪癖が無く、酒癖が無く、無駄にギャンブラーじゃ無ければそこそこ真面な人間のはずなんですがねぇ」


 私は師匠の事を思い返し、大きなタメ息を吐きました。いつも師匠の事になるとタメ息を吐いてる気がします……。


「話を戻しますね。私は物心ついた時から師匠と一緒なんですが、騎士って事もあり結構家を空けるんですよ」


「お仕事だもんね」


「そうですね。で、家を空けてる間に私に何かあったら大変という事で、師匠の任務に同行して訓練する事になったんですよ。穴を掘ったのは火矢等から身を守るシェルターを作る為だったりします」


「なるほど、そこでエルシアちゃんは地球が死んだ痕跡を見つけたと」


「正確にはその後ですね。シェルターで1週間過ごす訓練をしている時に、暇だったんで快適に過ごせるよう穴を拡大させた時に見つけました。……何故かしっかりとは覚えていませんが、その光景を見た私は何かに強い絶望感を抱いた気がします」


「そうなんだ、因みに戦闘はいつ覚えての?」


「師匠の任務に同行していた時です。私がドジって敵に見つかって、その時教えてもらいながら戦いました。知識も大事ですがやっぱり経験は1番大事ですね、思い知らされました」


「そっか……大変だったね」


「えぇまぁ、大変といえば大変でしたけど、それ以外にやれる事もやる事も無かったんで仕方ないです」


 さて、私の事は話した訳ですし、今度は私からユズの今に至る経緯を聞こうじゃありませんか。きっと私より面白い話になるでしょう。


「今度はユズの事を教えてもらえますか?」


「え?私?」


「そうです。ユズの一家が13歳に騎士になる掟がある位しか聞いてないんで」


「うーん、私の代で掟が崩れる事故があったって話したっけ?」


「事故があってユズは1年遅れたとは聞きましたが」


「うん、その事故っていうのがね、私の5つ上のお兄ちゃんが起こしたんだよ。お兄ちゃんは騎士にはなったけど、人としての道を踏み外してね……私の故郷を滅ぼしたの」


「はい!?ユズの故郷ってあの街じゃ無いんですか!?」


「……ビックリするのそこなんだね」


「あぁいや、兄が故郷を滅ぼすのも驚いていますが、スケールが大きすぎて……」


 しまった、びっくりしすぎて驚くところ間違えました。


 というか、ユズからそんな暗い話が出るとは思わなかったので、まずそこに驚いています。


「それでね、故郷は滅んで、生き残った人は私とお母さん、後は騎士として王都で働いてた次男のお兄ちゃんだけなの」


「それはまた……随分と苦労したんじゃないんですか?」


「そうかもしれないけど、その頃の私はまだ危機感が薄い、と言うよりも考えが甘かったんだよね。長男も話し合いで和解できると思ってたから」


「いや、それは…」


 確かに認識が甘いです。故郷1つ滅ぼしてるんですよ?和解できるなら初めから襲わないですよ。しかも自分の家族が居る所を……。


 でも、私にはそれをユズに言う勇気が無く黙り込んでしまいました。


「うん、分かってるの。それで、私のわがままで次男のお兄ちゃんに話を付けてもらいに行ったの……そして帰ってきたお兄ちゃんは人間の原型を留めて無かった。その時に私の考えは甘いんだって気付いたの」


「……」


「私が騎士を目指す理由は家系じゃない。個人的な復讐心で、長男を倒す為に騎士になろうとしてるの」


「そうですか……」


「……色々と言いたいことがあると思うんだけど、聞かないの?」


 確かに、言いたいことはあります。例えば、その復讐に意味はあるのかとか、故郷を1つ潰す相手に立ち回るプランとか、そもそも倒すっていうのは殺すって事なのか。


 でも、今の私がそこを問い詰めた所で、空気が悪くなるだけで何も変わらない気がします。だから黙るんです……。


「今は……聞かないです」


「やさしいね、ありがと……」


「いえ……」


 少しの間、静寂の中に焚火の弾ける音のみが響き渡りました。


「さて!キノコも焼けたし食べよ?」


「そうですね……それ本当に食べられるんでしょうね?骸骨のマーク付いてますけど」


「へーきへーき!ハム……モグモグ」


 ……ユズが普通に食べている辺り、きっと食べても平気なんでしょうね……いただきます。


「……おいしい」


「でしょ!いっぱいあるから一緒に食べよ?」


「それじゃ、遠慮無くいただきます」


 私たちはキノコを食べ終わり、のんびりしていました。いやしかし、キノコも捨てたもんじゃ無いですね。私ももう少し詳しく調べてキノコを採れるようになりたいですね。


 しかし突然、ソレはやってきました。そして思い知らされました。ユズはやっぱりユズなのだと……。


「えーっと……ユズ?私お腹が痛くなってきたんですけど……」


「……奇遇だねエルシアちゃん、私もだよ」


 これ、やっぱり毒キノコじゃないですか……。


 そこからの私たちはもう大変でした。近場にトイレが無いか必死になって探したり、探しても見つからずユズが地面に穴を掘ってそこで用を足そうとしたり、それは女の子として何か大切な物を失いそうなので辞めさせたり。


 そんな風に騒いでいると、私の視界の先に立派なお屋敷が建っていました。


 あぁ、これはアレですね。魔女さんが言ってた幽霊屋敷ですね……周りには何も無くポツンと不気味な気配を漂わせながら建っています。


 突然屋敷のドアが甲高い音を出しながらゆっくりと開きました……私たちを呼んでいるんでしょうか?。


 でもまぁ雨も降ってますし、お腹が大変な事になっていますし、背に腹は代えられないですよね。


 私たちは生唾を飲み込んで覚悟を決めると、トイレを求めて屋敷の中に足を踏み入れていくのでした……。

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