5節 花と、想いと、運命に縛られた少女

 私たちは今、馬車に乗ってユミリアに向かってる最中でした。


 しかし先頭の馬車が何かにぶつかったらしく、修理のために暫く身動きが取れなくなってしまいました。


 本当ならもう歩いた方が近い距離だったりするんですが、恩を仇で返す訳にはいかないので、彼らに付き合う事にします。


 とは言え、私たちの様な小さい女の子に出来る事は殆ど無く、現在は火を起こす為の薪を集めて辺りを散策中です。そこで私は、とても綺麗な光景を目の当たりにしました。


「ユズ、見て下さい。凄い花畑ですよ」


「うわぁー、すごいね!」


 正直、この規模の花畑は今まで見た事がありません。


 辺り一面、端から端まで綺麗な花ばかり。……ちょっと位遊んでも罰は当たらないですよね?ユズはもう花畑に入ってるし。


「それにしても不思議だね」


「何がです?」


「この時期にこんなに花が咲いてる事だよ」


 ふむ、確かに不思議です。というのも、そろそろ秋も終わりに差しかかる所なんですが、辺りの花は枯れる兆しすら無いのです。


「うーん、この地域特有の花なんじゃないんですか?」


「そーなのかな?」


「この花は、月光花だよ」


 私たちが、花畑を眺めて、考察していると、背後から女性の声が聞こえてきました。この辺りの住人でしょうか?もしかして花畑の管理人ですかね?。


 しかしこれが月光花ですか、初めて本物を見ました……余り近付かない方が良いですね。


「へぇー、月光花っていうんだ、綺麗な名前だね!」


「ユズ、それを言ったのは私じゃ無いです」


「……ほぇ?」


「ふふ……面白いお姉ちゃん達ね」


 あぁ良かった、このやり取りを面白いと思ってくれたようです、怒らせたら面倒なんで助かりました……お姉ちゃん?。


 私は振り返り、声の主を探しました。なんともまぁ可愛らしい赤い髪と目をした、白いブラウスを着て、藍色のスカートを穿いた10歳位の女の子がそこにはいました。


「貴女は此処の管理人ですか?」


 私に続いてユズが振り返り、「こんにちわー」と軽くお辞儀をしました。


「そう、此処はあたしが管理している花畑なの」


「それは申し訳ないです、直ぐに出ていきますね」


 しかし、少女は出て行こうとする私たちを止め、花畑を案内してくれました。


 正直余り関わりたく無い花ではあるんですが、ユズも楽しそうですし、少しだけ付き合う事にします。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね、あたしはカレンよ」


「私はエルシアです」「ユズでーす、よろしくねカレンちゃん!」


「エルシアちゃんとユズちゃんね、よろしく」


「よろしくです。所でカレンちゃん、普段も一人で此処を管理してるんですか?」


「えぇ、そうよ。元々は家族でこの花畑を管理していたんだけど……」


 一瞬、カレンちゃんの口の動きが止まり、表情が暗くなりました……理由は何となく察しがつきます。


「……皆、亡くなったんですね」


「ちょ、エルシアちゃん!」


「不謹慎でしたかね?失礼しました」


「別にいいわ。所でエルシアちゃん、よくあたしの家族が他界してるって分かったね?」


「……カレンちゃんはあの家に住んでるんですよね?」


 私は、花畑の奥に小さく見える家を指さしながら聞きました。


「えぇ、そうだけど」


「あの家からは人の気配を感じません。更にこの辺りにはカレンちゃんの足跡しかないんです。だから既に亡くなってるのかなって」


「なるほど、凄い観察力ね」


 ……本当はもっと違う理由があるんですが、彼女には説明する必要は多分無いと思い、適当な事を言って誤魔化しました。幸いな事に二人とも気付いていないようです。


「ねぇ、少しお茶してかない?」


「良いですね、でも先にやる事があるんで少し失礼します」


「あれ?何かあったっけ?」


 ユズ……まぁこれでこそユズって気がしますが、頭の片隅位にはユミリアの捜索隊の方々の事を覚えておいて欲しいですね。


「……あ!捜索隊!」


 お、思い出しました、やれば出来るんじゃないですか。いい子ですね。


「そういう事です。では、少し失礼しますね」


「えぇ、あたしは家に居るから何時でもおいで、待ってるわ」


 さて、忘れ去ってた捜索隊の所に薪を持って帰らなきゃいけないんで、その辺で軽く調達して行きますか。



 捜索隊の人へ薪を渡すと、直ぐに火をつけ始めました。随分と手慣れてますね、これなら放っておいても自炊位は出来るでしょうし。カレンちゃんの所に戻りましょう。


「カレンちゃんただいまー!」


「ただいまって、そんな自宅みたいに……」


「あら、お帰り。随分と遅かったわね」


「すいません、ちょっと重かったもので」


「重い?まぁ良いわ。二人の分も夕飯作っておいたから、食べましょう」


「やったー!ご飯だー!」


「みっともないですよユズ、少しは落ち着いて下さい」


「ふふ、やっぱり面白いお姉ちゃん達ね」


 その後、直ぐにカレンちゃんの手料理を満喫し、食後のデザートを頂きました。これはプリンでしょうか?黒いですね……。


「カレンちゃん、これは何ていう食べ物なの?」


「これはゴマプリンよ、旧世界のプリンにはこんな物もあったらしいわ」


「ほぅ、旧世界ですか」


 旧世界、私たちの住むこの地球は、はるか昔に複製して作られた物らしい事が古文書より見つかっています。


 でもオリジナルの地球は発見できないとかで、旧世界の技術を分かる範囲で使った、宇宙の捜査機関は頭を抱えてるんだとかなんとか。因みに昔の地球を旧世界、私たちの住む地球を新世界と呼ぶらしいです。


「珍しいですね、旧世界の資料があるなんて。普通は調査用にと国に取り上げられるものですが」


「パパがね、古文書を複製したの。正確には書き写したってだけだけど、その後に国に没収されたから資料が残ってるってわけ」


「いや、書き写すって十分凄い事ですよ」


「んふー!旧プリンウマー!」


「旧プリンて……」


 さて、デザートも食べ終わり、食器も洗い終わり、のんびりし始めた所で、本題に入りましょうか。


「カレンちゃん、この花畑はどの代からやってるんですか?」


「パパとママの代よ。二人が他界した後はお兄ちゃんとお姉ちゃんが継いだわ」


「なるほど、カレンちゃんはこの花畑が大事ですか?」


「変わった質問をするわね。大切よ、何があっても手放す気は無いわ、あたしの唯一の支えだもの」


「何があっても、ですか……」


「そう、何があっても……ね」


「……因みにあの月光花について、カレンちゃんはどの位の知識を持ってるんですか?」


 私の質問の意図に気付いたカレンちゃんは、一瞬だけ表情を暗くした後、先程の様な可愛い表情に戻し、ユズに聞こえない様な小さい声で口を開きました。


「知ってるわよ……全部ね。お兄ちゃんが亡くなるちょっと前に、花の事を調べてあたしに教えてくれたの」


「どうして……花畑を捨てなかったんですか?これじゃカレンちゃんも――」


「分かってる!きっとお兄ちゃんもお姉ちゃんも、あたしが此処に居る事を望んで無い!でも……此処があたしの全てなの……!」


 私の声を遮る様に、カレンちゃんは少し声を大きくしてきました。


「……そうですか、失礼しました」


 私がカレンちゃんに謝ったタイミングで、ゴマプリンの作り方を覚えようとしていたユズが話しかけてきました。


「二人とも、なにをコソコソ話してるの?」


「いえ、どうしてユズってアホの子なんだろうって話をしていただけです」


「……最近エルシアちゃんが冷たい気がする」


「気のせいです。多分」


 そんなこんなで、私とカレンちゃんの話は終わり、特に話す事が無くなった私たちはカレンちゃんから今までの旅の話を聞かれました。あまり長い事は旅して無いので、話すことも少なくなってしまいましたが、カレンちゃんは楽しそうに聞いてくれました。


 何か記念にと、私とユズで旅の道中手に入れた物をカレンちゃんにプレゼントしようという流れになったんですが、生憎魔物の残骸しか持ち合わせてないんですよね……何を渡しましょうか。


 ユズはフォークを渡すようです。じゃあ私も果物ナイフで良いですかね?投げナイフとして使えるかと思って購入したんですが、全く飛ばないし刺さらないしで使い道が無くなってたんですよね。


 カレンちゃんからもプレゼントを貰いました、お洒落なティーカップですね、ありがたく貰っておきます。


 さて、そろそろ馬車も修理が終わる頃でしょうし、お暇しましょうかね。


 私たちは玄関に向かって歩き始め、そして花畑に入って来たところまで戻ってきました。


「あ、ユズちゃん、良ければこの花、1輪持って行っても良いわよ」


「本当に!?ありがとー!」


「駄目です!置いて行って下さい!」


「え?なんで?」


 うーむ、いきなりの事なんで怒鳴る様に言っちゃいましたが、これは失敗ですね。辺りが静まりかえってしまいました。


「ユズ、私たちは旅をしてるんです。魔物と戦闘だってするんですよ?その度に花の事を気にしてたらキリ無いじゃないですか」


「それは、まぁそうだけど……」


 シュンとするのは止めて下さい。本当なら私だって貰って行きたかったですよ……でも、コレは駄目なんです。


「それに、仲間から切り離されて遠ざけられるなんて、花が可哀想ですし、また見に来れば良いんですよ」


「うーん、それもそうだね」


「え?また来てくれるの?」


 いくら大人ぶっても、やっぱりこういう所は子供ですね。とても目を輝かせています。


 でも、これから私はカレンちゃんに嘘を吐きます。


「はい、近い内に必ず来ます。」


「そっか、じゃあそれまでにもっと美味しいゴマプリンを作れるようになっておくわね!」


 ……彼女の純粋な、再会を楽しみにしている目を見ると、心が痛くなります。


「えぇ、楽しみにしていますね」


「うん、所でエルシアちゃん、どうして泣いてるのかしら?」


「……え?」


 気付きませんでした。自分の心の内に秘めた思いが感情に出ていた様です。


 でも、それに気付くと、更に涙が溢れてきました。今まで沢山の別れを告げて生きてきたはずなんですが、どうしてカレンちゃんには、こんなに悲しくなるんでしょう。


「え?ちょ?エルシアちゃんホントに大丈夫!?」


「はい……でも、もう少し……こうさせて下さい」


 私はカレンちゃんに抱き着き、泣きじゃくっていました。


 まぁもちろん、二人とも困惑した表情をしていましたが、そっとしておいてくれました。本当に優しい人たちです。



「ご迷惑をおかけしました」


 私は暫くして泣き止みはしました。まだ鼻と目元が少し赤いままですが、しっかりと挨拶だけはします。


「気にしないで、落ち着いたようで何よりだわ」


「それじゃ、もどろっか?」


「そうですね。それでは……さよならカレンちゃん」


「じゃーねー!また来るよー!」


「えぇ、待ってるわ」


 カレンちゃんとの別れも済み、私たちは捜索隊の元へ戻り、まだ暗い夜道を馬車に乗って走り始めました。


「所でエルシアちゃん?どうして花を貰っちゃいけなかったの?」


「さっきも説明したでしょう」


「いやいや、本当の理由だよ」


 ……気付いていたんですか、ユズはこういう所が鋭いですね。


「ユズ、月光花って花、今まで聞いた事ありました?」


「いや、ないけど……」


「月光花、別名「人命吸花」といいます」


「人命吸花……人の命を吸う花って事?」


「別に人に限った話では無いんですが、月光花は周りの生命力を吸うんです。だからカレンちゃんのご家族が他界したと直ぐに分かったんです……まぁ1本位なら持っていっても平気だとは思うんですが、危険な花である事は変わり無いんで、花を貰う事を拒否したって訳なんです」


「え、それって……」


「はい、恐らくカレンちゃんも、そう遠くない内に死にます」


「なんで……?どうして教えてあげなかったの!?」


 ……ユズが怒る気持ちも分かりますが、本当は私だって辛いんです、悟ってください。


「カレンちゃんは言いました、何があっても花畑は手放す気は無いと」


「でも!その事は教えてあげても良かったじゃん!」


「教えてどうなるって言うんです!?」


「――ッ!」


「第一カレンちゃんは既に、月光花がどういう花なのかを知っていました。仮に彼女が花の事を何も知らずに、私が教えたとしても、カレンちゃんは傷つくだけでしょう?彼女の唯一の支えである花が、家族を殺したなんて、知った所で彼女には何も出来ないんです……ならせめて、幸せな中で終わって欲しかったんです」


 自分でも、凄い極論を言ってる事は分かってます。でも、他に良い方法が思いつかなかったんです。


「私たちは正義の味方でも、勇者でも無い、一般人なんです。誰かを完璧に救う事なんて出来ないんです」


「……」


「だから、ユズがなって下さい」


「……え?」


「私は誰かを救うことは出来ない一般人と諦めています。でもユズは正義の味方である騎士になるんでしょう?だから、カレンちゃんの様な境遇の子が居たらユズが救ってあげて下さい。勝手な事とは分かってます、これは私のワガママです、でも……」


「……騎士になる理由が、一つ増えたね」


「すいません……ワガママ言って」


「んーん、気にしないで」


 その後私たちは、一言も発する事無く、馬車に揺られながら宵闇に消えていくのでした……。



 そんな出来事から数年経ったある日、カレンちゃんを忘れる事が出来なかった私は、彼女の花畑に寄りました。しかしそこは、もう殆ど枯れた月光花と、朽ちた家だけが残っているだけです。


 吸える命が無いと、月光花も直ぐに枯れるみたいですね。


 私は何かに引き寄せられるように、あの日カレンちゃんと食事をしたリビングに向かいました。


 リビングは手入れが良かったのか、急激な老朽化はしてはいましたが、比較的まだ綺麗ですね。


 そこで私は、以外にも懐かしい再会を果たすのでした。


「なんだ……まだ待っててくれたんですね。凄く遅くなってしまって、すいませんでした」


 私の視線の先には、朽ちたソファーにもたれ掛かった、とても綺麗な白いブラウスを着て藍色のスカートを穿いた、10歳位の子の白骨が、私とユズがプレゼントした果物ナイフとフォークを大事そうに持って眠っていました……。

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