第5話

諒は心から、昨日の失態を後悔していた。間近で見た咲希の視線が、表情が、愛しすぎて衝動的になってしまったこと。これから彼女とどう顔を合わせればいいか分からなくて焦っていた。


朝は彼女に会わないように少し早めに家を出た。が、玄関先に咲希が立っていた。待ち伏せされていた。逃げられない、と諒は直感する。

少しムスッとした表情を向けられているが、諒はいろんな理由で彼女の顔を直視できない。

「昨日は本当に、ごめん。反省してます。」

頭を深々と下げる。それを見て、どんと構えていた咲希も少し気が抜けた様だった。

「…まあ、もういいよ。謝らないで。」

なんだかもどかしくて、咲希は諒を待たずして歩き始める。例の1件の理由を聴くタイミングを逃してしまった。


まだ2日目だというのに教室は騒がしかった。諒は咲希から初日のホームルームのことをざっくりとは聞いたものの、新しいコミュニティで生活していく上でスタートダッシュに出遅れてしまったことを強く感じた。咲希に案内され、窓際の席に着く。彼女は1つ後ろの席だった。分かってはいたが、咲希を後ろから愛でることができないのはとても残念だった。本当は彼女の一挙手一投足も見逃したくない。よって諒は自分の苗字が嫌いだった。

「咲希おはよう。あ、例の彼氏じゃん!」

女子生徒が咲希に馴れ馴れしく話しかける。彼女はどうやら、咲希が話していた新しい友達のようだった。

「違う。彼氏なんかじゃないって。」

咲希が顔を少し赤らめて訂正する。そんな姿もかわいいと、諒は内心微笑みながら観察する。そもそもカップルだと間違われたことがこの上ない幸せだ。咲希と距離が近い人間には異性同性関係なく嫉妬する諒だが、この女子生徒には感謝を申し上げたかった。

「あの時諒くんとか言ってたからさ、てっきりそういう仲なのかと。」

やはりあの呼び方はいけないと、咲希は内心ムッとする。

「長山であってる?私、剣崎奈央です。よろしくね。」

奈央は斜め前の諒に目線をやり、自己紹介をした。奈央は咲希の隣の席だった。羨ましいと諒は心から思う。

「よろしく。」

出来るだけ威圧感を出さない様に、笑顔で返す。一応、諒はこの学校で、いつも通り人当たりのいいキャラでやって行くつもりでいる。

「長山、昨日の件で名前知れ渡ってるよ?鼻血まみれだったけどイケメンだって」

「本当?なんか複雑」

イケメンと言われることは素直に嬉しい。これでも中学生になってから諒は年に似合わず自分磨きをしていた。いろんなことを勉強した。すべては咲希に好きになってもらうために。

朝のチャイムがなり、諒にとっては名前も知らない担任が入ってくる。つまらない授業を諒は咲希を心の支えにしながら何事もなくこなし、放課後を迎えた。



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