第3話

 初日の行程が全て終わった後、咲希は諒を保健室に迎えに行った。諒は小一時間鼻血を流し続けたそうで、鼻に詰め物をされ保健室の端にちょこんと座らされていた。

「諒くん、帰ろう」

「うん。迷惑かけてごめん」

 咲希が近づこうとするのを諒はさり気なく制止して、自分の鞄を手に持って鼻の詰め物を外す。今日はじめて会った保険の教員から、優しい視線が注がれているのを感じる。微笑ましいと思われているのが、咲希には痛いほど伝わってきた。

 長風呂や激しい運動はしないように釘をさされてから、2人は保健室を出た。


「またね、鼻、気をつけてね?」

 隣合った家の前、別れる前、ふと、咲希と諒の目が合う。諒の息が詰まる。咲希はそんな諒の表情を観てふっと笑った。鼻血の件も、この日一日のやり取りも、中身は何だかんだ変わっていないということを感じさせられて、そんな安心と懐かしさに浸っていた。

 目を合わせたまま、数秒の沈黙が流れる。

「かわいい。ごめんかわいすぎる。」

 諒は目線をそらし、低い声でつぶやいた。

「え?」

 1歩距離を詰め、間髪入れずに諒は咲希の身体に触れないまま唇を重ねた。咲希の身体が硬直する。その唇の感触に、周りの時間が止まったかのように錯覚する。接し方に戸惑う気持ちも、さっきまで浸っていた感情も、全てどこか彼方へ置いてきてしまったようだった。

 僅か3秒ほどだった。咲希は自分の身に何が起こっているのか理解できなかった。諒が顔を離した後に、やっと咲希の心臓がバクバクと鳴り始める。

「ごめん!!」

 離した口をぱくぱくさせ現実を把握した諒に大声で謝られ、頭を下げられても、咲希は返事もできなかった。触れられた唇を開けて、口呼吸をするだけで精一杯だった。

 諒は顔を上げて、咲希の顔も見ずに自分の家に入っていった。


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