第15話- 異世界の使者の噂は聞いているかね? -

 あれからフィーネの家で一晩を過ごした。

 いや、文字通り、過ごしただけだぞ。

 別に変なことにはなっていない。

 ひたすら罵倒され続けて、いつの間にか夜を開けていたが。


「ったく……昨日は酷い目にあったぜ」


 それから、フィーネママに寮と学園への入学手続き資料を渡された。

 精霊界ベルディでは一五歳まで学園へ通うのが義務付けられているらしい。

 今朝はフィーネと一緒にベルディの景色を楽しみながらも登校したものだ。


「ベルディの感想は?」「いい場所でしょ?」「あきらも気に入ってくれるわ」「事件だけは起こさないで」などなどと、昨日の事は忘れたかのようだった。


 ――メルヴェイユ学園


 翼を広げた大きな鳥の彫像、その奥には金色の柵と門。

 その先にあったのが土色の豪華絢爛な建物で、外形は中世のヨーロッパの宮殿のようだ。

 建物の左右にも、校舎と思われる横長の構築物が続いていて、花で綺麗に埋め尽くされた中庭っぽい場所は見るだけでも気分が澄む。

 ここは、メルヴェイユの魔法学校で小、中、高等部一貫の学園だ。

 魔法の秩序と平和を守るために建設された学園で、主に魔法に関する授業を行うようだ。

 郊外では幻獣種と言われる野生のモンスターがいて、それから身を守るためだとか。

 学園の成績によって、これからの進路が決まるらしい。

 そして、俺はフィーネたちと一緒の中等部三年生に転入することになる。


「ふぅ~それにしても……、学園が広い。あまりにも広すぎるな」


 フィーネと別れてから学園長室へ向かい、一〇分くらい歩いてようやく辿り着いた。

 上に飾ってある白いプレートに刻み込まれてある学園長室という文字。

 厚そうな木製のドアに、学園長ならぬ雰囲気がドア越しでも漂っている。

 取り敢えず、ノックしてみようかな――と思いかけた時、


「異世界の使者、如月煌君だね。遠慮無く入室してくれ」


 と、曇ったようにドア越しから老いた女性の声が響いてきた。


「失礼します」


 ノックを三回し、ドアを開ける。

 部屋の中は正方形で歴代の学園長らしき人物が縁に入れられて側壁に掛けられている。

 窓は、毎日綺麗に磨かれていることが想定できる透明なガラス張り。

 中央には長方形の学園長机が置いてあり、その向こうにふかふかの椅子に老いた女性がずっしりと腰を掛けていた。隙間風によって黄朽葉色の髪がゆらゆらと揺れていた。


「待っていたよ如月煌。こうして対面するのは始めてかのう」


 口角を上げて、ニヤリとしていた。


「初めまして、如月煌で――」


「身長一六五センチ、体重五五キログラム、視力両目一・五、握力三五キログラム。好きな女性のタイプは元気があり清楚で自分に尽くしてくれる女性――」


な、なな、ななな、なななな!


「ちょーっと待ったぁ! 何で学園長が俺の事知ってるんですか!」


「む? 我が貴君の情報に精通していることに何か懐疑でもあるのかね?」


 何も問題ないじゃろうとでも言いたげな顔作り。


「大ありです! 大体今の俺は記憶が無くなっていて自分のこともよくわかってないんですよ! 見知らぬ人に全裸を見られているみたいで気持ち悪いじゃないですか」


「我のような老いぼれババアに全裸は見られたくないと。ほほう、なるほどなるほど。では、年頃の女の子には全裸を見られても良い、いやむしろ見てほしいと思っているのだね」


 いきなり何を言い始めるんだこの学園長……。


「いえそういうわけでは――」


「ほほう、我にそのような事が見抜けぬとでも? 美少女と屋根一つ同じ部屋でこれから共同生活。毎晩己の欲望と葛藤し、いつぞや理性が吹き飛ぶか分からない状態で困惑する状況に」


「なっ……なんで――」


「そりゃ、我が最強の魔法使いなのが理由。人の心を覗くなど造作もない」


「まじ、かよ……そんな、バカな――」


 この世界には魔法という概念が存在するから、人の心を読む魔法があってもおかしくはないけどさ。なんか、気持ち悪いよな。


「嘘だけどな、ハハハッ、軽い挨拶はこの程度でいいかね。では、仕切り直そう」


 そう言うと、学園長はコホンと咳払いをした。


「ようこそメルヴェイユ学園へ。我々は貴君、如月煌を歓迎しよう。時に如月煌、この世界には来た事があるかね?」


「はい? ないと思いますが……」


「その根拠を述べていただこう」


 今の俺の状態にとってそれは無理難題なのだが。


「根拠って言われても。今朝以前の記憶がほとんど消えてますが、今まで過ごしてきて新鮮さばかり感じられます。だから、ここではないどこかから来たと思いますが……」


「記憶喪失だから断定は出来ないということだね。それにしても記憶喪失か……」


 学園長は眉間に皺を寄せて、んーっと唸った。

 少し困惑しているようだ。


「これは困ったものだな。異世界の使者だとすると、それなりの使命があって精霊界に天来してくるのだよ。ちなみに、その使命は人それぞれだ。人間は個々の優れた能力が分かれている。ある人は魔法射撃、ある人は支援魔法、ある人は技巧、ある人は人の心を癒やす、ある人は……っと長くなるな」


 学園長はティーカップをソーサーから持ち上げ、口をつけて一口飲んだ。


「つまりだな。己の才能を知ることで、始めて他人より優れている力の理解が可能なわけだ。だが、記憶喪失となると自分自信が何が優れていて、何が劣っているか。そういう判断が不可能と言うわけだ。それでは使命なぞ分かるはずもない」


「俺に……使命があると?」


「異世界の使者の噂は聞いているかね?」


「軽く教えて貰いました。気になってるのですが、さっきから何で俺が知ってるかのように聞いてくるんですか……。普通に知りませんよ」


「ふむ? そうかそうか。知らぬか。特別に細かく説明してあげよう」


 そういうと、学園長は両肘をテーブルに付けて説明を始める。


「異世界の使者は精霊界ベルディの特定の人物を幸せにすると言い伝えられている。 そして、事実そうなってきた。古来より伝えられた武道術、剣術、魔力を増幅させる器具、数学的思考、いるだけで周りが幸せになる才能、ひと目みると誰もが立ち止まってしまう絵画、四肢を用いた新しい運動、作法などなど。まだまだ歴代が残した物は多いぞ」


「でも、俺が特別な何かを持っている感じがしませんよ。実際何も持っていないし、魔法も使えない」


「もう魔法という概念が認識されているのかね」


「えぇ。そりゃもうあそこまで魔法でボコボコにされたら嫌でも分かりますよ」


「魔法概念はすんなりと認識……、っと」


 学園長は病院でいうカルテのようなものに、俺の質疑応答の答えを記載している。


「それ、何か意味あるのですか?」


「もちろん。世の中意味のないことなどない。全て意味があっての行動だろう。言わぬまでもないが、貴君がここにやって来たことにもだ」


 世の中に意味のないことなどない。

 俺もそう思う。

 事象には必ず原因があり、それは理由に繋がる。

 たとえ偶然の産物だとしても。

 俺がこの世界に来た理由は友達を探しに来たというのが本音だ。

 だが、それ以前の記憶がない。


「時に如月明。貴君の能力を把握したいわけだが、記憶喪失で思い出せないのだな?」


「はい。そもそも能力があるとは思えませんが」


「使命と能力だが、安心せい。大雑把ながらも検討は付いている」


 また、学園長はティーカップにゆっくり口をつけた。


「本当ですか学園長。俺にはどんな使命でどんな能力があるっていうのですか」


「貴君は庭に天来してきたと聞く。その敷地の地主に関する使命であろう。フリーレン家に幸運を運ぶためと考えても良い。そして、能力だが――」


 学園長は瞳を瞑り、一呼吸を起いて発言する。


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