第16話- 盗み聞きしていた小娘は -
「――戦闘に関するものではなかろうか」
「……戦闘? それって検討ついてるって言えるのですか、アバウト過ぎますよ」
「まぁ落ち着けい。近頃、郊外の魔物と悪魔が異様に活発化されてきてな。正直、精霊界ベルディの
なんて物騒な世界に潜り込んだんだ俺。
「戦うって急に言われても……魔物や悪魔なんて見たことなんてないですよ。しかも魔法は使えないし、どうやって戦えばいいんだ?」
武器も、魔法も、何もない。 あるのは拳だけだ。
「戦闘系統が使用不可、となれば支援系統だな。それが魔法なのかどうかは判断仕兼ねるが。目覚めた時に何か思ったことや、感じたことがないか? ほんの些細なことでも良い」
「いえ、特には……あっ」
そういえば――
「関係あるか分かりませんが、一瞬、目が覚めた時に覚める前の記憶が残っていたのかもしれません」
「どのような症状だ」
「俺は、友達を探しに森に向かって、底が計り知れない深い谷に落ちてこっちの世界に来たんだ。そのはずなのに、起きた瞬間は全身が熱っぽかったんだよな」
「全身が熱っぽかったって? 布団を掛けていたのではないのか?」
「そりゃ掛けてありましたよ」
「――では、その原因は布団であろう。 分け隔てなく誰だって布団に長時間身を籠らせていればそのように感取する。もう他にはないのかね」
「他は……ん~」
「見たことがないのに見たことがあるように錯覚する、というか少し先に起きるあり得ない出来事がすんなりと納得いく所ですかね。例えば、魔法を見たことないのにどういう系統の攻撃かどうか瞬時に判断できるといえばいいのかな。新鮮さは感じられるんだけど、見慣れない景色も見たことがあるかのように錯覚します」
「それは見たことがある、ということではないのかね」
「いや、記憶喪失とはいえ概念的な所は忘れていない。俺の元の世界はもともと魔法が存在してない世界なんだ」
「なるほど、なるほど」
またもや学園長はカルテ(っぽいもの)に書き込みを加えている。
「問診を行う限り、貴君の能力は『未来視』だ。魔法の概念から見慣れぬ風景、それらを無意識に視てしまったと考えれば合点がいく。前代未聞の事柄を疑うこと無く自己の脳へ書き留める。幼児からその能力を使用していたのだろう。さらに記憶が元に戻れば存分に発揮できるに違いあるまい」
「未来視……ということは俺は只の一般人と言うわけではないのですか」
「そうなるであろうな。未来視を発揮することが出来れば戦闘支援に回れる。とはいっても、学園生の戦闘では未来視なぞ無くても問題ない相手だがね」
「……それって、俺の存在の意味ないですよね?」
「まあ焦るでない。その未来視はいつか役立つであろう。記憶が戻れば自在に使えるようになる。まずは、もっと記憶を戻したいところだが――」
俺の記憶。もっと昔の記憶は一体何が眠っているのだろう。
俺には戻す方法が思いつかないけど、この学園長なら何か検討付いているはず。
「――記憶を戻すには過度な刺激が必要だろうな」
学園長は俺の真後ろに隔たっている木製のドアに目を移しながら言う。
「我が述べるのもどうかと思うが、メルヴェイユ学園は数多の美女が揃っている。その内の一人を好きにしても良いという条件ではどうかね?」
へぇ。刺激を与えれば記憶が蘇るショック療法か。
名案――なわけないだろ!
「どうかね? じゃないですよ! 淫乱魔女ですか貴方は!」
「貴君も年頃の男子。あま~い学園生活の一時を夢見ているに違いあるまい。いつも貴君に尽くしてくれる女の子。時には喧嘩したり、時には甘え合ったり、時には熱い関係に。そして、その刺激で貴君の記憶が戻るに違いない――」
「……そりゃまぁ少しは、期待していなくもないけどさぁ」
「――しかし、記憶が戻った矢先には
そして私は逃げる。颯爽と逃げる。もう私の知っている彼じゃない。私は瞼から涙を流しながら、止まること無く公園のベンチへ駆ける。そう、そこは彼との思い出の場所。デートの最後は必ず綺麗な夕日に照らされながらキスをしていた場所。
あぁ、もうこの場所に来ることは無くなるのね。私はベンチで泣きじゃくる。綺麗な瞳に可愛い顔は崩れてもなお泣き続ける。
ふと気づくと、誰からがこっちに向かって走ってきている。誰だろうと期待と恐怖、両者の感情に支配され私はそっと顔を上げた。『まったく、どこにいくんだよ』と彼は言った。号泣していたは私は声にならない声で彼に訴える。『バカかお前は!』。彼はそう言った。『例え元の記憶が戻っても、お前への気持ちは変わらない。本物だ』。そう言って、彼は小さな赤い小箱を持ちだした。『頑張って小遣い溜めて買ったんだぜ。ちょっと早いけどな』。彼が小箱を開くと、そこには白銀のように輝く一つのリングがちょこんと立てかけてあった。
――これって……。『お前が好きだ。俺と付き合ってくれ』」
「……なげえよ。でも、なんかいい話だなそれ。青春している男女って感じだ」
俺は、なぜか目の前が歪んできた。
これは多分、涙だ。
ちょっと感動して目が潤ってしまったようだ。
「貴君もそう思うだろう? しかし、なぜ告白に指輪なのかは我には理解出来ぬが。
おやおや、盗み聞きしている小娘がいるじゃないか。丁度良い。悪い子には調教が必要だ。出てきてくれ給え」
小娘?
俺と学園長以外の人間がこの部屋にいるとは思えない。
そうなると、必然的に俺の真後ろにある木製の厚いドアの奥に人がいるってことを意味する……。
なぜいると分かった。足音一つ聞こえなかったぞ?
俺はドアの方へ体を向けて、じっと眺めてみた。
うん。全然分からない。
「ふむ。大人しく出てきてくれないのだな。では、仕方あるまい」
そう学園長は眉を顰めて、唱えた。
「
――ってそのままじゃねえかよ!
言葉一つで扉が開くわけない。開けゴマと言ってるようなものだ。
と、思っていたのは束の間。ここは魔法の世界ということを思い知らされる。
だって、言葉一つで分厚そうな木製ドアがいとも簡単に開いてしまったのだから。
ガタン――
「きゃわっわぁぁぁぁっ」
「おわっ!」
突然ドアが開いてドア越しにいた人はドアに寄りかかっていたのか、バランスを崩して俺に突っ込んできたようだ。
そして、俺はそのまま押し倒されて後頭部を軽く打った。
「痛ってぇ……」
「ごめんなさい……グスッ……ごめんさない! だ、大丈夫ですの!?」
意識と焦点が朦朧とする中、可愛い声で俺を心配してきてくれている少女がいる。
押し倒されているのに、押し倒しているかのように錯覚してしまうほどの慌てっぷりで、ふんわりとした長いこがね色の髪は少女の身体を優しく包んでおり、フランス人形のように艶麗だ。
綺麗に整っていて愛々しい顔立ちは、高貴なお嬢様を想像させ、瞳は鮮麗な
まるで、童話の世界から出てきたお姫様のようだ。
「あぁ……多分大丈夫だ。それよりも、どこか怪我でもしたか? 大丈夫?」
グズッと啜る少女は鼻も耳も頬もさくらんぼのように染まっており、転んだ園児のように見える。
「おやおや。こんなところで押し倒し公開プレイとは、さすがの我でもドン引きだぞ」
「俺は学園長の発言にドン引きですが」
「盗み聞きしていた小娘はリープ・ライトニングか。珍しい事もあるのだな。ライトニング、悪い子にはお仕置きだ。これから如月煌が調教してくれる」
「勝手に決めんな!」
「ちょ、調教!? わ、わたくしは大丈夫ですわ。ちょ、ちょちょきょうの心構えもしておりますわ! それよりも、あなたは大丈夫ですの? 頭をぶつけてらしてよ」
薄い桜の花びらのような唇から紡がれた少し高くて優美な声。
目と鼻の先の少女はオレンジの香を漂わせながら心配そうな顔をして、俺を覗きこんでくる。すこし下に視線をずらすと、胸元から覗かせている柔からそうな白い球体が! それに、いい香りが――
――― ドキッ ―――
いきなり、俺の心臓が高鳴りを上げた。
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