第14話- ここは『ベルディ』よ。精霊界とも言われているわ -
先の話から数分後、「お茶でも飲みながら話しあいましょうか」と、フィーネママからの提案があり、俺たちはリビングに移動した。
リビングにある少し大きめの木造円型テーブルに座り合う。
フィーネと俺は正面を向き合って腰を掛け、フィーネママは食器棚の方へ行き、お茶の用意をしている。
テーブルの中心には水色の花が元気に咲いている。
先ほどの部屋とはいえ、この一家は花が好きな人が多いようだ。
とりあえず、緊張を和らげるために、深呼吸をしよう。
「すぅー……ふぅ~」
フィーネの顔を見ると、可愛い顔が若干強張っている。
それは俺も同じだ。可愛い顔ではないが。
俺はもう一度深呼吸して辺りを満遍なく見渡す。
「……」
散らばっている小物や氷の破片、窓ガラスの破片。完膚なきに砕かれたドア。落下して使い物にならないシャンデリア。床は刀で切り刻んだかのような刀痕。何が発射されたのか検討がつかないくらい数多くの穴が空いた白壁。
ここは俺が最初に目覚めた時に素っ裸のフィーネとやり合った戦地だ。
この部屋に入ってからフィーネママは一切口を開かない。
微笑みながらもカップを用意してお茶を注ぐ。
この無言の圧力は気のせいなのだろうか。
お茶を注いだ後、フィーネママは空いていた席、つまり俺とフィーネの斜め前の席に腰を掛ける。
俺はフィーネママに出していただいたお茶をゴグリと一口頂く。
そんな中、フィーネママの口がようやく開いた。
「ワールドのあきらくんは事の経緯が全く分からない、ということでいいのかしら?」
この惨劇に怒ってない……だと?
「そうですね。ここの世界はどこなのか。どうやってここに来たのか。いつきたのか。なぜいるのかよく分かりません」
出来るだけ失礼にならないよう丁寧に話すように心がける。
今、ここで頼れるのはフィーネとフィーネママしかいない。
「そ、そういえばママ、あきらはどこから降ってきたの?」
「うちの庭に降ってきた、と言うよりかは気がついたら庭にいたのよねぇ」
頬に手を当てて、ことの有り様を思い出しているフィーネママ。
気がついたら庭にいた……って、どういうことだ。
俺はあれか? 地縛霊なのか?
「あの、俺は本当にワールドというところから来たのでしょうか? 実は、この世界で生まれて生活して、ただ単に記憶喪失になったというわけではないのですか。もしくは、死んだとか」
「それはないわ」
澄んだ声でキッパリと断言するフィーネ。
何か心当たりがあるのだろうか。
「あきらは生きてるからここにいるの。それは間違えようのない事実よ」
「そうよねぇ。空間移動してきた形跡はないし。知らない人が敷地内に来れば思いっ切り噂になるでしょうし」
ワールド、ベルディ。
聞き覚えがあるような言葉だが、一瞬断片的に思い出せそうになって消えてしまう。
――もう考えるのはやめよう
「年齢とかも思い出せないのかしら」
年齢は……いくつだろうか。
俺はフィーネの座っている奥に可愛く飾り付けてある丸い鏡を眺める。
短髪の白髪を自然な感じに流しており、男にしては中性的な顔立ち。
鋭くも細くもなく、平和に暮らしている人のような穏やかな目つき。
その瞳の色は黒で、まだまだ成長する見込みがある体型。
それから推定すると――
「中学生くらい……か。一四か一五歳だな」
突如、フィーネが両腕をクロスにして残念胸を隠した。
「む、胸で年齢を決めつけるとはあんたいい度胸じゃない……この変態魔!」
「だから、何でそうなるんだよ! 今はお前の胸見てなかっただろ!」
「むむむ、ムネが小さいからってバカにして!」
おい、一体何を勘違いしているんだフィーネは。
「お・れ・の! 年齢の話をしてたんだよ! そこに鏡あるからさ、俺を見てたんだよ」
ビシッと奥にある鏡に向けて指を指す。
「えっ、そ、そうだったの。あきらは一五歳よ。えぇ、きっとそうに違いないわ」
「ああ、俺は一五歳だ」
「偶然ねぇ。フィーネと同い年じゃない。良かったわね」
母親は本当に嬉しいのかニコニコと笑顔だ。
「奇遇ですね! 私も娘さんと同い年で感涙にむせぶ気持ちでございます!」
記憶を取り戻したテンションで母親に便乗するが 、
「良いわけないでしょ! この変態!!」
とフィーネは目を細めて、俺を睨みつけ怒鳴ってきた。
ムムムムッ――。
それにしても、水色ツーテールのフィーネは可愛い。
睨みつけられてても悪い感じがしない。
サファイア色の瞳が俺の魂を吸い取っているように感じる。
変態という語尾も何だか良い感じになってきたぞ。
「ここはどこなのか教えて頂けませんか」
「あきら。やっぱり本当に何もわからないのね」
フィーネの視線は、俺からテーブルへ移る。
記憶喪失でなければ、この状況の説明も付くようになるのだろうか。
「説明するわ。ここは『ベルディ』よ。精霊界とも言われているわ。そして、あんたの世界は恐らく『ワールド』。わかった?」
初めて聞く専門用語。 しかし、とても馴染み深く、久しい。
どこかで聞いたことあるような単語だが……。
精霊界ベルディ、俺の世界ワールド。
「……いや、もっと噛み砕いて説明してくれないか?」
フィーネは小さい唇から、はぁ……っとため息を吐き出している。
「そうよね……細かく教えるわ。ベルディは火、風、水、地、氷、雷、闇の精霊たちによって成り立っている世界なの。火は食べ物を焼いたり物を加工したりできて、風は植物たちの種を届けたりして、水はあたしたちの命よ。ほかにも、色々あるけどこんなもんでいいでしょ?」
フィーネママがフィーネに続く感じで付け加える。
「ベルディは精霊たちの力で均衡を保っていまして、各国の精霊使いの上位の人たちのエヴェックさんとプレートゥルさんが頑張っているの」
「エヴェ……? プレ? とは何の事ですか……」
専門用語が乱発されても、さっぱりだぞ。
「エヴェックは特別高等魔導師のことよ。それぞれ国の中の代表のこと。上位精霊を召喚することが出来るわ。プレートゥルはその一つしたの階級である高等魔導師のことで、中位精霊ほどの精霊を召喚することが出来るの。それぞれ各国に一人ずついるのよ。そして、この役職の人たちは名前の後に階級を付けて呼ばれるのが普通だわ。例えば、この国のエヴェックであれば、トレーネ
「なんで名前がトレーネだけなんだ? フィーネはフリーレンってあるじゃないか」
「特別高等魔導師だけ苗字が外されるのよ。高等魔導師は名前と苗字のあとにプレートゥルと付けるだけ」
「ふ~ん。県知事と副知事って感じの認識でいいのか」
「えぇそうね」
そして、
「それで、ベルディの人たちは魔法ランクは零から五までで分類されているわ。零がほとんどなしで五が五枚の魔法陣を生成出来るの」
なんでそんなのも知らないのよと言いたげそうに、肘をテーブルに付けて、睨んでくる。
「そして、ここは水の国メルヴェイユ。でもね、精霊の力が偏らないように各国には色々な属性の魔法使いがいるのよ」
「きさらぎあきらさん。折角のご縁ですので、記憶が戻るまでフィーネにお世話になってもらうのはどうかしら」
「非常にありがたいですが、どうして?」
たしかに、記憶が戻るまで生活する場所が無いのは困る。
しかし、安易に他人にお世話になる訳にはいかない。
知らない人には付いて行くなって育てられたから。
「信じてくれないと思うけど、異世界の使者の方々をお世話すれば幸運が訪れる噂があるの」
フィーネママが何の変哲もないかのように謎の発言をさらりと言った。
「幸運が……訪れる?」
「そうなのよ。お世話した人たちは皆幸せになると伝えられているの」
「は、はぁ」
フィーネがコップに入っている飲み物を口に付け、一口飲み
「基本的には先に見つけた人が管理する決まりが精霊界にあるのよ」
と付け加えた。
「はい……わかりました。こちらこそ宜しくお願いします」
俺の面倒を見たところで幸運なんか訪れるとは思えないのだが……。
今は気持ちに応えておいたほうが懸命かもしれない。
少なくても、俺が自立出来るようになるまでは。
「じゃぁフィーネ。明日から一緒に学園に行きなさい。あと、寮で一緒に生活ね」
フィーネは「えぇー!?」と声を上げて眉間に皺が刻み不満気な顔をしている。
「いやいやいやいやちょっと待って下さい! 俺は男でフィーネは女ですよ! 一緒の部屋で生活するのはまずくないですか!!」
「と言われてもねぇ。お金に余裕があるわけでもないですし、暫くこの家は改装するからねぇ。だ・れ・か・さ・ん・た・ち・の・お・か・げ・で」
その笑顔が怖い!! 恐い!! コワイ 強い!!
辺りは……もう見なくても判るだろう。 悲惨な有り様だ。
フィーネは頬から汗を流して震えてるぞ。
無論、俺もだが。
「というわけですので、若いお二人さん。頑張ってください」
頬に手をピタリと当てて、夕焼けのように染まるフィーネママ。
「な、なななにも頑張らないわよ!!」
「俺だって!」
色々な我慢を頑張らないといけないじゃねえかよ!
「でも、気を付けてね。フィーネもきさらぎさんも。何故か分からないのだけど、最近幻獣種が活発になってるのよ。ランクが高い幻獣種や精霊、変な人に声を目を付けれらたら、逃げるのよ?」
治安が悪いということか。どこもそんなものだろう。
「そんなやつら、あたしの魔法で懲らしめてあげるわ。あとあきら――」
先ほどまでの動揺はどこに行ったのだろうか。
フィーネの可愛い目はキリッと頼もしい目になる。
「――絶対に無茶しないでよね。無茶して死んだら、ただじゃ済ませないわ」
あたしにも責任があるんだからね、とボソリと付け加えた。
「そうやすやすと死ぬつもりはないけど、美人さんにそう言われたらそう簡単に死ぬわけにはいかないな」
「び、美人ですって!?」
艶やかな肌色だったフィーネの頬が桃色に染まる。
どうやら、彼女はかなりうぶらしい。
これは誂い甲斐がある。
「ああ、お前を見た時に俺は見惚れちまった。それは本当のことだ」
次は、真っ赤なりんごのように染まった。
「い、いい、いきなりなに言ってるのよ!」
今にも高熱で倒れてしまいそうなフィーネの顔からはしゅ~っと蒸気を立てている。
「ああ、もちろん嘘だ」
「こ、こ、この! バカあきらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ブオッ!」
はるか昔に何度かこんな感じのハプニングがあったような気がする。
それがいつなのか覚えていないけれど、それはとても楽しく、生きる希望にもなった。
そして――
これがこの世界で、フィーネという女の子と初めての出会いだった。
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