第7話-森の中 謎の少女-
突如、辺りはさらに暗さが増して、突風の音、虫の鳴き声、葉同士が擦れ合う音が一気に聞こえなくなる。無音の世界。しかし、森という背景だけは相変わらずだ。
(ついに、お出ましか)
俺は小型折り畳み携帯ナイフを左ポケットから取り出して、ナイフの刃を人差し指の横腹と親指の先でつまみ、下にスナップを利かせて一気に円弧で振り抜いてグリップハンドル側を開き、構える。
――状況開始
本来なら訓練で使用するらしい言葉は、これから何かを行うという事を意味していそうでかっこ良く思える。故に、行動開始するときはこの言葉をトリガーにしている。
(後方よし。右よし。左よし。前方よし。周囲よし……前進!)
俺は前へ走る。何処に犯人がいるのか分からないこの状況で待機をしても仕方がないと判断した。それにしても、周囲よしどころか、一〇メートルくらい先が微かに見えるこの状況下で何を言っているんだか。
走り始めてすぐに、前方に人影を発見した。まだハッキリと見える距離ではないが、白の服装を纏っているようだ。
唐突すぎて、心臓が誰かに握られたような感じで引き締まる。
手に汗を握りながらも俺はナイフを構えた。
(さぁどうでる……誘拐犯)
前方の人影が此方に迫ってきた。接近されたら危険と察知して後退しようとするが、体が地面に張り付いているかのように後ろへ下がることが出来なかった。
額から汗が流れているのを感じる。まさか、ここで死ぬのだろうか。
ゆっくり歩きながら白服が向かってくる。
しかし、近づいてきた人影は子供だった。身長的には小学生の上級生くらいだろうか。服装は白の制服、白のキュロットスカートで、中にはブラウスを着用している。靴下は白で、靴は黒のローファーだ。可愛らしい花飾りは長い髪にとても良く似合っている。
何故、小学生がここにいる?
そう疑問に感じざる負えない。拍子抜けだ。
まさか、誘拐犯は小学生の女の子だったのだろうか……。
「こんなところでなにしてるんだ? 迷子か?」
俺はこの女の子の存在に恐怖を抱きながらも質問してみた。俺の声は震え声だ。小学生の女の子に怖気づいている中学生の男がもし周りに存在したら、次の日からバカにされるだろう。
女の子は可愛らしくゆっくり首を左右に振っている。
どうやら迷子では無いらしい。
「ここは何処か分かるのか?」
先ほど、迷子なのか尋ねた人のセリフだとは思えない。これでは、俺が迷子じゃないか。まぁ、そうなんだが……。
女の子は頷いている。そして、真っ直ぐにステップして「こっちこっち」と合図しているように手を招いている。
俺は不思議に思いつつも、女の子を追行する。数歩歩いたら、止まって手を招く。それを繰り返している。どうやら、暗闇での視覚の限界が理解出来ているらしい。
俺が見えそうなギリギリの距離までステップして進み、手を招き案内してくれているようだ。
それを何回か女の子と続けながら、少しずつ舗装された道から遠ざかり、ある場所に到着した。
(なんだこれは……オカルトにも程があるぞ……)
禍々しい漆黒の空間が眼前に歪んである。森の中に意味深に存在しているその空間は何かの入り口のようだ。ドア二枚分の空間だ。
女の子の方へ振り向くと、バタバタ足踏みをしながら、指を空間の入り口に指している。そして、俺の方へ小さな首を傾けた。
「この空間がこの森の現象の原因なのか」
と尋ねると、女の子は小さい首を左右に振る。
一体、何を言いたいのか分からない。
女の子は空間に向かって走りこむジェスチャーや足踏み、ジャンプなどして、だんだんイライラした表情になっていった。
「なぁ……何が言いたいのか分からないんだよ。俺はこれをどうすればいいんだ?」
女の子はため息をつき、残念な表情をして、近づいてきた。
「……なんでこっちにくるんだ?」
少しずつ女の子が近づいてきたと思ったら、いきなり勢い良く俺に体当たりをしてきたのだ。
「危ない!?」と受け止めようとしたら、さっきまでいたはずの女の子は居なくなった。いや、正確に言えば「消えた」が正しいのだろう。
急に鳥肌が立ってきた。先ほどまで普通の無口な女の子だと思っていたら、その子はこの森に迷える幽霊だったのだ。こんなホラー話何処にもあるまい。現実にこのようなことが起きるとは思いもしなかった。そもそも、霊感がない俺が何故、幽霊を見ることが出来たのだろうか。
色々と思考を繰り返していると、体が勝手に動き始めた。
「おい、まじかよっ!」
一歩一歩、ぎこちない動きで足が勝手に動き始めた。その奇怪な動きはまるで、二足歩行のロボットのようだ。それも、最初に開発された試作の動きに近いのではないだろうか。同じ側の手足が同時に動いている。いわゆるナンバ歩きだ。
そして、勝手に、不気味な黒い靄がかかっている空間に向かって進んでいる。
「おい、俺の足!! 止まれッ!!」
俺は脳内から手足へ停止信号を送るが、その動きは止まない。
こんな経験は初めてだ。体と魂が別々になった気分。これが憑依されているというのだろうか。
身の毛がよだつほど、怖いのだが、ここまで来ると楽しいとすら感じてしまう。
と、どうでも良い事を考えつつ、俺は不思議な空間の中にダイブした。
正確には、「ダイブされた」が正しいが。
底が無さそうな禍々しい空間に落ちている最中に、ダイブした入り口である後上方からビームの効果音が聞こえて、俺は意識を失った。
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