私は毎日ご主人様に胸を揉まれる

だるぉ

私は毎日ご主人様に胸を揉まれる


 私は何のために生まれてきたのだろうか?


 地平線まで広がる雲ひとつない青空を見て、ふとそう思った。


 太陽は東の空から顔を覗かせており、それから察するに時刻は朝の7時と言ったところか──私の住まう家には時計がないので正確にはわからないけれど。


 なんで時計がないかって?


 それはご主人様が時計を買い与えてくれないからだ。


 多分、私なんかが時間を知る必要もないのだろう。


 え?


 ご主人様は誰かって?


 ご主人様はご主人様に決まっている。


 それ以下でもなければそれ以上でもない、ただこの私を金で買い取っただけのご主人様だ。


 ご主人様はいつも私を置いて、どこかへと行ってしまう。


 だけれど私はひとりではない。


 なぜならこの家には私と同様に、ご主人様によって買い集められた女たちがたくさんいるのだから。


 しかし彼女たちは私がいくら話しかけても返してはくれず、とても寂しい。


 それどころか、この前は唾をかけられてしまった。


 いったい私が何をしたというのだ。


 しかし、いくら考えたところで答えが出ることはなかった。


 ご主人様は基本的に放任主義で、私に構ってくれることは少ない。


 私がご主人様に話しかけたところで、彼も彼女たち同様に会話をしてくれない。


 あまつさえ、私の胸をこれでもかと弄くり回す。


 たとえ私が「やめて」と言ったとったしても聞く耳は持ってもらえず、ご主人様は笑顔で胸を揉みしだき続ける。


 それが堪らなく嫌だ。


 出来ることならば、今すぐにこの場から逃げ出したい。


 けれども私の足につけられた鎖が、それを許してはくれない。


 私の家はとても汚い。


 この家には私がご主人様に買われたときから住んでいるが、もともと汚かった。

 

 ボロボロの壁は冷たい夜風をザルのように通すし、天井にはところかしこに穴が空いているから雨が降れば私の体はびしょ濡れになる。


 ネズミや害虫もよくでるので、正直言って最悪の物件だ


 加えていわく付きでもあり、ここは私が来る前に多くの死者を出しているらしい──もう、本当に最悪だ。


 言うまでもないだろうが、ご主人様は私たちと一緒には住んでいない。


 彼は別の家に住んでいる。


 実際に訪れたことがあるわけではないが、とても立派に違いない。


 きっと快適なのだろう。


 羨ましい。


 私はご主人様に訴えたいことがある。


 それは、服を着せて欲しいということだ。


 私は裸だ──布切れ一枚すら纏わせてもらっちゃいない。


 そして毎日のように飽きることなく私たちの体を無闇やたらに触り、胸を何度も揉んでいく。


 私たちに出されるご飯はとても質素で、同じメニューが永遠と続く。


 時間になるとご主人様が地面にご飯を投げ捨てるので、それを仕方なく食らうしかない。


 ああ。


 いつまでこんな暮らしが続くんだろう。


 鎖を引きちぎって、外の世界を自由に駆け回りたい。


 もっと色んなものを食べたい。


 もっと誰かとお話がしたい。


 私は、自由が欲しい──!


 そんな叶わぬ望みを思い浮かべているうちに、いつもの時間がやってきた。


 ご主人様は君の悪い笑みを浮かべて私に近寄って来る。


 これからまた、私は執拗に胸を弄ばれるのだ。

 

 おや?


 最後に質問がしたいって?


 胸を揉まれてそんな気分ではないですが、こんな私に構ってくれたお礼です。


 いいでしょう、何でもひとつだけ答えてあげますよ。


 私が何者かって?


 ふふ、そんなことが知りたいんですか。


 私はですね──ただのしがない乳牛ですよ。

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