Chap.10-2

 リビングに集まった五人の容疑者。僕はひとりひとり顔を確認し、ゆっくり深呼吸をした。みんなに真相を打ち明けていいのか、まだ迷いがある。自分の足が少し震えているのがわかった。

「ちょっと、あんた帰ってくるなり、みんなに聞いてまわったりして……おおげさねえ。たかがプリンを食べた犯人探しで」

 黙ったまま、リリコさんの顔をじっと見つめた。

「おお、こわ。食べ物の恨みって怖いわ。まあいいから、さっさとしてちょうだい」

「確かに、プリンを食べた犯人は許せないですが、この事件はそれだけではなかったんです」

 僕が話を始めると、みんなが顔を見合わせた。何の事だろうと不思議そうな顔をする。

「最初はプリンの犯人を捕まえようと、みんなから話を聞き始めました。でも、そのうち妙なことに気がつきました。この数十分の間に無くなったものは、プリンだけじゃなかった。同時に不自然な行動をとっている人がいました。その無くなったものは、その人にとって、必要不可欠で大事なものだったんです」

 迷いが言葉を歯切れの悪いものにする。リリコさんが眉間にシワを寄せた。

「ちょっと、もう遠回しな言い方やめてちょーだい。何よ、プリン以外になくなった大事なものって」

「それは……メガネです。タカさんのメガネ」

 僕がそう言うと、みんなの視線が自然とタカさんに向いた。タカさんは愛用のメガネをしていなかった。タカさんは、何の話だい? と言わんばかりに首を傾けた。

「タカさんはコンタクトの時だってあるじゃん。メガネをしていないからって無くなったとは限らないでしょ?」

 ユウキの言葉に僕は首を振った。

「いや。タカさんは今、よく目が見えていないハズなんだ。コンタクトはしていない」

 僕がそう断言をしても、タカさんは黙ったまま表情も変えなかった。

「寺井さん、冷蔵庫に入っていた僕のプリン、何味でした?」

「ああ、あのプリンか……て、何で私に聞くのかな、突然」

 急に話を振られた寺井さんがうろたえる。

「それは、プリンを食べた犯人が、寺井さんだからです」

「何の言いがかりだ、それは」

「寺井さん。さっきからずっと言おうと思ってたんですけど……口もとに食べカスがついてますよ」

 慌てて、口のまわりをゴシゴシとこする寺井さん。アライグマのような動きにユウキが思わずプッと吹き出して、チャビが「ずるいー」と声を上げた。

「ウソです。何もついていませんよ」

 寺井さんが目を丸くする。

「は? ハ、ハメたな、一平くん」

「キッチンに入ったと思われる人物の中で、冷蔵庫のプリンを食べる隙があったのは、共犯者でもいないかぎり、寺井さんだけです。タカさんの証言を信じると、夕飯の支度をはじめたときにプリンはまだ冷蔵庫にありました。タカさんがプリンを食べて嘘をついていることもあり得ますが、後で話す理由によって、その可能性は低いです。おそらく、ユウキがリビングで転んで、タカさんが様子を見に行ったそのとき。ユウキの話でも、キッチンから出て来たのはタカさんだけでした。普通、それだけの物音がしたら、二人揃って出て来ないのは不自然ですよね」

「なるほど、なかなかの名探偵ぶりだ」

 寺井さんは観念した様子で、肩を落とした。

「もしかして、一番食い意地はってるの、一平、あんたじゃないの?」

 リリコさんが呆れた声を出す。

「実に素晴しいカボチャプリンだった。すまなかった。朝から何も食べてなかったものだから、つい出来心だったんだよ。食べた分は買って返す。みんなの分も買ってくるから、どうかこの通り許して欲しい」

「わかりました。いや、もう大丈夫ですってば。ホントに」

 いつまでも頭を下げる寺井さんに、顔を上げるよう促した。

「僕が言いたかったのは、冷蔵庫に入っていたのがカボチャプリンだということです。それが大事なんです」

「そんなの昨日の夜から、冷蔵庫に入ってるのを見てるから知ってるわ」

「一平くんが『絶対食べるな』て貼り紙までしてるんだもん。つい気になって、よーく見ちゃったよ。カボチャプリン」

「その貼り紙のせいで、私は冷蔵庫のカボチャプリンに気が付いたんだがな」

 みんなが当然だという雰囲気の中、タカさんだけがハッとしていた。

「タカさんはひとりだけ『マンゴープリン』だと勘違いをしていました。タカさんがプリンを食べた犯人なら味を間違えるはずもありません。だから犯人は寺井さんだとわかりました」

「それ、タカが見間違えたんじゃないの?」

「その可能性は極めて低いです。なぜならそのカボチャプリンは、タカさんが前に一度買って来てくれたものだったから」

「あ、ボク覚えてる。伊勢丹の地下で買って来たってタカさん言ってた」

 チャビの言葉に肯いた。宅配ピザを頼んだとき、冷蔵庫に残っていたプリンで、みんなでシリトリ勝負までして取り合いになったのだ。

「また食べたくなって伊勢丹で同じものを買って来ました。つまり、タカさんはよく目が見えていなかった。メガネもコンタクトもしていなかった。そう考えるのが自然です」

「コンタクトは切らしていたのか」

 寺井さんが言う。

「はい、寺井さんがタカさんに頼まれて取って来たんですよね? メガネが無いのに、受け取ったばかりのコンタクトをする余裕も無い。その状況から、僕がコンビニに行って帰ってくるまでの間、メガネはこの数十分のうちに無くしたはずです。目の悪いタカさんが、起きてから今までメガネもコンタクトも無い状態ではいれなかったと思いますから」

「リビングで一緒にいるときには、確かにメガネしてたよ、タカさん」

 とチャビが言う。

「なんでそんな慌てるような事態になったのか。そしてメガネはどこにあるのか」

「メガネはどこにあるのよ?」

「それはここです」

「何、それ。ただの週刊誌じゃない。ああ、それ続きが読みたくて、探してたやつだわ」

 リリコさんが雑誌に指を向ける。

「そう、ただの週刊誌です。キッチンのゴミ箱に丸めて捨てられていました。そしてメガネはこの週刊誌の間に挟まっていました」

「なんでメガネが週刊誌に?」

「普通、週刊誌を生ゴミの入ってるゴミ箱にわざわざ捨てたりもしません。そんなことをしたのは……」

「隠そうとした?」

 ユウキが言う。

「そうです。みんなに見られたくなかったんです。この週刊誌を。そうですよね、タカさん?」

 タカさんは僕の差し出したメガネを受け取った。黙ったまま何も言ってはくれない。

「いったい、その週刊誌に何があるの?」

「メガネが挟まっていたのはこのページです。チャビに見つかりそうになって、よっぽど慌ててしまったのだと思います」

 ここまで来たら、もう、後戻りはできない。

 タカさんの不可解な行動……みんなに打ち明けるのは、もうこの機会しかないと思った。ゆっくり瞬きをするように、一旦目を閉じ、そのページを開く。僕が広げた週刊誌の見開きページには特集が組まれていた。

 タイトルは、『こんなにある都内の事故物件特集』

 マンション名などは伏せられ、簡略化されたマップではあったがその地域に詳しい人が見たら何となく場所は特定出来てしまうだろう。

 そして新宿六丁目。僕らの住んでいるマンションがあると思われる辺りにも事故物件であることを示すマークが付けられ、事故死と書かれていた。以前、ユウキが教えてくれたネットの情報ページ『事故物件登録ページ』にも同じような情報が掲載されている。いくら誰でも目に出来る内容とは言え、週刊誌に取り上げるにしては趣味のいい特集とは思えなかった。ページの隅の方に小さく、『その物件に何か付帯情報がある場合、不動産屋はそれを顧客に開示する義務があります』と取り繕うように書かれていた。

 みんな、何も言い出せずに僕の持つ週刊誌のページに釘付けになった。

「タカさんは、これをみんなに見せたくなかった。そういうことだと思います」

「そうなの? タカさん」

 ユウキの問いかけにも、タカさんは身動きをしなかった。まるで時間が止まってしまったようだった。

「タカさんの行動は、この週刊誌を誰かが見て、事故物件の話になるのを避けたかった。そう思われてもしょうがないです」

「じゃ、じゃあ、やっぱりここって……この部屋って、誰かが死んでたの?」

「それは……」

 言いかけた僕の言葉をタカさんが遮った。

「俺の口から言わないといけないのだろう。俺の知っている人だった。ここで死んでしまったのは」

 ユウキはタカさんを唖然と見つめた。

「分譲マンションのこの部屋だけ賃貸扱いで、家賃が安いのもそれが理由なんですね」

「ああ、みんなに黙ってて、すまなかった。事情を説明すると、気味悪がって一緒に住んでくれる人が見つからなかった。この部屋が事故物件ではないかと疑っていただろ? この週刊誌を見たら、また話がぶり返して……そのうちみんなが出て行ってしまうのではないかと不安だったんだ。だが、これじゃ悪徳不動産屋と一緒だな」

 力のない笑いをするタカさん。

「それだけですか?」

 僕の問いに、タカさんが怪訝な顔をする。

「この間、一緒に雨宿りをしているとき、タカさんは僕に同じ話をしてくれました。こちらから聞いたってのもありますけど、本気で隠そうとしているわけではないように思いました。むしろ亡くなってしまった人のことを聞いて欲しい、知ってもらいたい。そういう気がしました」

「ちょ、ちょっと待って。一平くんも、この部屋が事故物件だと知っていたの?」

「僕が知ったのはつい最近だよ。でも、リリコさんは、初めから承知で、ここに住んでいるんじゃないですか?」

 ユウキが戸惑いの声を漏らした。

「リリコ姐さんも?」

 リリコさんは腕を組んだ姿勢で和室のふすまの横へ寄りかかっていた。

「最近、あんたの様子がおかしいと思ってた。そういうことだったの。全部知ってたんだ」

「事故物件の話をしたとき、リリコ姐さん、そんなことあるわけないってバカにしてたのに……」

「僕らにバレないように演技をしたんですね。タカさんをかばったんですか?」

「そんなに役者じゃないわよ。幽霊なんているわけないじゃないって、あたしはそう言っただけ」

「知ってたのに言わなかった。それに変わりはないですよ」

 僕の言葉にもリリコさんは動じない。

「……一平くん、どうかあまりリリコを責めないでやってくれ」

 今まで黙っていた寺井さんだった。リリコさんに目配せをし、宥めるように言う。

「リリコにタカちゃんと一緒に暮らして欲しいとお願いしたのは、私なんだよ」

「寺井さん?」

 タカさんが初めて聞いたという顔をする。

「この部屋の大家はね……私なんだ」

 今度は僕とユウキが顔を見合わせた。

「いくつか持っている不動産のひとつでね。ここに関しては儲けるつもりもなかったから、以前から信頼の出来る知人を選んで貸していた。大家として、知らせないといけないことをみんなに言わなかった責任は、私にある。タカちゃんが昔のことを引きずったままこの部屋に住んでいるのも承知の上だった」

「ちょっと、寺井さんは何も悪くないわよ。一平、何か文句でもあるの? ここが事故物件なのが気に入らないなら、出て行けばいいじゃない」

「ちょっと、リリコ姐さん、そんな言い方ないって。タカさんが話してくれなかったのはショックだったけど。でもさ、事故物件だって知ったら、確かに住んでくれる人は見つかりにくいだろうし。タカさんの気持ちもわかるかなって、そう思った」

 僕らを何とか取り繕おうとユウキが声を上ずらせた。

「ユウキ、タカさんの矛盾はもっと根が深いよ。違和感だけがずっとあったんだ」

 タカさんへ顔を向ける。

「この間、雨宿りをしているときに、タカさんの話を聞いてからずっと考えていました。この部屋で感じた違和感について。そして気がつきました。そんなことをする理由がないので頭の中で勝手に除外をしていたんです。でも今ならわかります。タカさんから話を聞いた今なら」

「一平くん、何の話をしているの? よくわかんないんだけど」

 ユウキが不安そうな目をする。


Chap.10-3へ続く

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