虹を見にいこう 第10話「容疑者X」
なか
Chap.10-1
以下の証言は、冷蔵庫に保管されていた『プリン紛失事件』について、各容疑者から聴取した内容となる。
証言1『リリコの場合』
ハア? あたしを疑ってるの? バッカじゃないの、おかど違いもいいとこね。
あたしにはアリバイがあるもの。そうよ、寺井さんと部屋でずっと一緒だったんだから。何をしてたっていいじゃない。重要なのはその時間帯に寺井さんと一緒だったってこと。怪しい行動をする隙なんてこれっぽちもなかったんだから。
何で疑われてるのかしら。あんたと同じ部屋で、一平のものに手をつけたこと今までにあった? え、何度もある? 失礼ね、一平のモノになんて興味ないわよ。ああ、ニトリで買ったカゴのことか。あたしが化粧入れに使ってるやつよね。あれは盗ったんじゃなくジャケットと交換したんでしょ、あんたの誕生日に。そもそも放ったらかしてあったものを有効利用してあげてたんじゃない。人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。ユウキじゃあるまいし。
そうよ、あいつが一番怪しいわ。実はユウキ、チャビより食い意地はってると思う。特に甘い物が大好きでしょ。あいつなら、人のデザートを前についうっかり出来心ってあり得るわね。今日はずっとユウキを見かけてなかったし。ユウキを尋問しなさいよ。ペロッと吐いちゃうわ、きっと。それで事件は一件落着ね。
他の人はどうだったかって? そうねえ……タカがあっちへ行ったりこっちへ行ったりウロウロしてたわ。洗面所とかキッチンとか。リビングの棚の上を見ながら眉を寄せて首を傾げたままどこかへ行ったりして、ちょっと挙動不審だったわねえ。店の火事からずっと大変だったから、タカも疲れているのかもしれない。
チャビ? さあどうだったかしら。うーん、あたしがトイレを出たときに入れ違いだったような。見かけた気はするんだけど、よく覚えてないわねえ。あの子一回トイレに入ると長いでしょ。トイレでまたゲームに熱中しちゃったのかもね。
あたしはリビングで読みかけだった雑誌を探してたの。昨日の夜、確かにリビングのテーブルに置いたのよね。それが見当たらなくて。その後、寺井さんが訪ねて来てからは、ずっと一緒だったわ。
証言2『ユウキの場合』
ちょっとやめてよ~。ぼくは盗ってないってば。昨日の夜から一平くんが楽しみにしてたの知ってたのに。そんな酷いことするわけないじゃん。
ぼくのアリバイ? そんなもの無いけどさ……だって、今日は起きるの遅くなっちゃって。ずっと部屋でゴロゴロしてたの。そう、二日酔い。昨日の夜は友達から急に呼び出されて二丁目に飲みに行ったんだけど、ブサイク飲みとかいう変なイベントに巻き込まれて。あの光景はまさに地獄絵図だったね。ナンパとかそういうのちょっとは期待するじゃん? 週末なんだから。でも、そういう雰囲気が一切ないの。女装子のメイクは崩れてバケモノだし、酒は浴びるし、周りの友達はどんどん酔いつぶれて倒れて行くし。介抱してあげなきゃで、昨夜は散々だったよ。
え、このTシャツの柄? うん、すごく良いでしょ~。このニワトリのイラスト。いや、もうこれはイラストというより、絵画だよね。ルネッサンスな感じ? このTシャツ、すっごい気に入ってるのに、友達から大阪のオバチャンが着てそうとか、ヒョウ柄のタイツが似合いそうとか言われたんだ。酷いよなあ。
実はね、ニワトリって中国では魔除けの動物として有名なんだって。ネットで魔除けグッズを検索してて見つけたんだ。ほら、ぼく最近、霊感体質じゃん? 停電したときに、洗面所の鏡に映った幽霊も見ちゃったし……たぶん、この部屋には居るんだよ。人ではない存在が。
あ、今も感じる……ぼくは感じるんだ! 一平くんのプリンを食べたのは、この部屋に潜む幽霊の仕業だね。ぼくたちが住む前、この部屋でどんな恐ろしい事件があったのか……。そう、だからニワトリのTシャツを着て、魔除けにしているんだ。
昼起きてから見かけた人? うん、玄関のチャイムが鳴ったときは、ぼくが対応したよ。その時、今日初めて自分の部屋を出たんだ。寺井さんだったから、挨拶をして。寺井さんはそのままキッチンに行って、タカさんと話をする声が聞こえたかな。
何で寺井さんが玄関のチャイムを直接押せたのかって? そんなのぼくに聞かないでよ。まあ言われてみれば、ロビーからチャイムを押してきたこと一度もないなあ。寺井さんのことだから、何かロビーのセキュリティをかいくぐる裏技でも知ってるんじゃない。
ぼくは洗面所で顔洗って、トイレいこうと思ったら誰かが入ってて。しょうがないから一旦リビングに行ったんだ。そしたら、入口にまたチラシが落ちてて、すってんころりんだよ。すぐにキッチンからタカさんが来てくれて、手を貸してくれたから良かったけど……これも幽霊の仕業じゃないかと思うんだよね。きっとぼくたちを追い出そうとして嫌がらせをしているのに違いないよ!
リリコ姐さんは、ぼくが来たときリビングに居なかったな。和室に居たと思う。寺井さんが和室に入ってから、ずっとヒソヒソ話をするのが聞こえたから。なんか悪巧みしてるような感じだったなあ。寺井さんって、最近よくリリコ姐さんを訪ねてくるよね。あの二人に限って色恋は絶対に無いだろうから、何か悪巧みしてるんじゃない? あの二人が揃って良いことが起きるわけないもんね。
タカさんはキッチンで夕飯の支度を始めてた。寺井さんが来たから、材料足りるか心配してたようだけど。チャビは見かけなかったよ。
ぼくは起きてから一回もキッチンに入っていないんだ。冷蔵庫のプリンに近寄ってもいない。信じてよ!
証言3『タカの場合』
え? 俺が何をしていたかって? 今日は少し早く起きたからね。リビングでチャビと一緒だったな。一平が出かけて行った後だった。別に何かしていたわけじゃないが……テレビを見ていた。ほら、あの『やってとーらい』とかいう。最近の子は何も出来ないとバカにするような演出は嫌いなんだが、つい文句言いながら見てしまったよ。
チャビはゲームをしていた。ときどき、キョロキョロ辺りを見渡して……誰も居ないのに、誰かに呼ばれたような顔つきで。昔飼ってたハムスターみたいな仕草で笑ってしまったよ。チャビは、そのうちトイレに行ってしまったね。そろそろ夕飯でも作ろうかとキッチンで準備をはじめたら、リリコがやって来て「何か飲み物ない?」て聞かれたよ。
夕飯の準備で冷蔵庫を見たときには、まだ無くなっていなかったぞ。透明のカップに入った黄色いプリン。あれは、マンゴープリンだろ?
チャイムが鳴ったので、ドアホンに出ようと慌てて手を拭いたりしている間に、ユウキが直接玄関に出てくれたようで、寺井さんがキッチンにやって来た。
『今日の夕飯は何だい?』て聞かれたから、『ビーフシチューにするつもりです』と言ったんだ。そしたら、『いいね~実は朝から食べ損ねちゃってね。私もご相伴に預かっていいかな?』と目をキラキラさせるものだから、少しドキッとしてしまった。寺井さんは自分よりずっと年上なのに、かわいげが合って羨ましいよ。
寺井さんと話をしているときにリビングからもの凄い音が聞こえたんだ。何事かと思ったら、ユウキが尻餅をついていた。また広告チラシに足をとられたらしい。まったく、どうせまたリリコが散らかしたんだろうが……最近、ユウキの様子がオカシイだろ? 何やらスピリチュアルなものに目覚めてしまったようで、心配なんだ。怖がって、この部屋から出て行くとか言い出さなきゃいいんだが。
証言4『チャビの場合』
ボクはずっとゲームしてたよー。先週発売になったこのゲームすごく面白いんだ。いっぺいくんとも一緒にやりたいなあ。シュミレーションなんだけど、野菜とか家畜を育てるとモンスターになるの。肥料や育て方で特技や性格も変わって、収穫すると仲間になるんだよ。いっぺいくん、ぜったい気に入ると思うんだ。農家さんになった気分になれるんだよ。畑で働くってこんな感じなのかなって。
え、新しく始めたアルバイト? うん、すごく順調。ゲームセンターの店員なの、ボク。この間ね、UFOキャッチャーの出口にヌイグルミが引っかかってね。取ってあげたら、ありがとうって言われたんだ。小学校くらいの女の子。働くってのはさ、自分の時間を犠牲にしてお金をもらうことだと思ってた。本当は人から感謝されることをするってことなのかな?
ただちょっとね……うん、たいしたことじゃないんだけど。カンタくん、覚えてる? そう、前のバイトのお客さん。カンタくんにゲームセンターのバイトをしていることがバレちゃって。なんかボクの働いているゲームセンターを探してるみたいなんだ……。ちょっと怖いな。
今朝から今までで、気になったことかー、うーんちょっとまってね。思い出してみる。そう言えば、リリコさんはボクがトイレに行ったとき、入れ違いでトイレから出て来たんだけど、とても具合悪そうだった。ボクのことも目に入って無かったと思うよ。お腹をさすってたし、『何か食べたものが腐ってたかしらとか』そんなことをブツブツ言ってた。何を食べたかは知らないけど。
いっぺいくんのプリンを食べちゃった犯人? ボクは幽霊の仕業に一票かな。だってときどき聞こえる声が、今日も聞こえたんだ……クルシイ、クルシイ、てね。リビングでゲームしてて、はじめはタカさんかと思ったんだ。でも、タカさんは、そんな声出してなかった。辺りを見渡しても他に誰もいないしさー。あ、目が合った時、タカさんが咄嗟にメガネを外して、何かを後ろに隠したような気がしたんだけど。そう一緒にリビングに居るときだよ。気のせいだったのかなあ。
あ、あとね……ボク、いっぺいくんやみんなに言わないといけないことがあって。あ、カンタくんのことではないんだけど。どうしたの、いっぺいくん? なんか顔色が悪いみたい……また貧血? うん、わかった。じゃあ、ボクの話はプリンを食べた犯人がわかったらにするね。
証言5『寺井の場合』
そうだね、私が来たのは夕方近くだったな。
タカちゃんにお使いを頼まれててね。使い捨てコンタクトをうっかり切らしてしまったというので、取って来てあげたってわけさ。ちょうどリリコに呼ばれていたのもあったからお邪魔したわけだ。
キッチンでタカちゃんと話してるときだったな……リビングからドシン! と凄い音がしたので、ビックリしたのを覚えているぞ。誰かが転んだようだった。
その後は和室に行って、リリコと話をしていた。なんの話かって? まあ、いろいろ野暮用というか……ちょっとした相談ごとだ。リリコもいろいろ悩んでいるのさ。
それよりも……ちょっとここだけの話なんだがね。ユウキちゃんの着てるTシャツのセンス、なんとかしてやった方がよくないかい? あれでは男も近寄らんだろ。今日のTシャツはまた一段とエキセントリックだったな。浪速のオバチャンもシビれそうというか。玄関で出迎えられて、すぐ目に飛び込んできたのが、立派なトサカのニワトリだったから正直面食らったよ。みんな何も言ってやらないのかい? 本人が好きでやってることだからほっといてやれと? それもそうだがなあ。せめて男にモテるヘアカットでも……と思うのだが、なぜか頑なに拒まれていてね。
私の得意な髪型かい? そりゃあなんでもござれだ。短髪から前髪系まで、私にカット出来ない髪形は無し。だが、私は客からヘアスタイルの注文は受け付けない主義でね。その客にあった髪型が自然と湧き出てくるのさ。あとは勝手にハサミが動いてくれるって寸法だ。
そうそう、何か事件を捜査しているようだから一言忠告をしといてやろう。ここだけの話ばかりをする奴は、信用しない方がいい。二丁目の戦友たちは口を揃えてそう言っている。ここだけの話をする奴は、今ここに居る客が帰った途端に、その客の悪口を言うような奴だってな。え、私もここだけの話をよくするって? ふーむ……確かに。私を信用するかしないかは、一平くん次第というワケだ。
Chap.10-2へ続く
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