第12話 クローゼットの向こう

 N県の都市部に住むTさんという方の体験談。


 就職が決まり新居を探していた。不動産屋の紹介で駅にほど近いアパートに住むことになった。


 建物の外観が綺麗なわりに妙に家賃が安かった。何かあるんですか? と冗談半分で聞いてみると、嫌そうな顔をしながら、直近では何もないと説明された。しかし、何もなくはなかった。


 住み始めるとそれはすぐに起こった。真夜中の二時ごろになぜかパッと目が覚める。カリカリ、カリカリ、カリカリと何かをひっかくような音、次いでギターのエフェクターで歪ませた様な呻き声が聞こえる。男か女かもわからなかったが、それはやっぱり呻き声に聞こえた。


 最初はネズミか何かと思い無視しようとしたが、その音が頻繁に聞こえるのだ。


 よく聞いてみるとそれは部屋に置かれたクローゼットから聞こえる。意を決しクローゼットを開けてみると、音はふと止んだ。


 しばらく開けたまま様子を見た。カリカリ、カリカリ、やっぱり聞こえる。どうやらクローゼットの裏側かその向こうの壁の中から聞こえるような気がする。


 クローゼットは金具で固定されていたが、ねじ止めだったので外して裏を見てみた。


 すると、何枚ものお札がクローゼットの背と壁に貼り付けられているではないか。何枚かが剥がれて落ちていた。


 ぞっとした。きっとカリカリという音はこのお札を剥がしている音ではないのだろうかとTさんは思ったという。


 この壁かその向こうに何かあるのか? しかしここは建物の三階だし壁の向こう側は普通の通りだ。神社や墓みたいなものは一切ない。


 もう一度壁を見てみると、壁紙の一部に剥がれて修繕したような跡があった。Tさんはその部分をもう一度剥がしてみた。


 すると、中から髪の毛の束と前歯と思しき歯が出てきた。


 Tさんはすぐにその部屋を去ったそうである。

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