番外編⑯ もしも隠し部屋が見つかっていたら
ピンチというのは、いつだって突然起こる。
突然起こるからこそ、どう対処したらいいか分からず事態は最悪の方向に向かってしまうことがある。
「兄さん、これ何?」
今の俺の状態が、まさしくそうだ。
長期休みで家に帰っていた俺と弟だったのだが、生徒会の方で急な仕事が入ってしまった。
だから後で埋め合わせをすると伝えて、俺だけ一旦学園に戻った。
仕事自体はそこまで面倒なものではなく、別にわざわざ学園にいかなくても何とかなっただろう。
でも現場に行ったおかげでスムーズに進められた面もあるので、行ったことに関しては間違いじゃなかった。
きっと機嫌が悪くなっているだろう弟を、どうなだめるべきか考えながら家に戻ってきたのだけど、待っていたのは予想外のものだった。
部屋に入って、椅子に座っている弟を見て、何かを読んでいることには気づいていた。
でもただ本を読んでいるだけだと思い、気にしていなかった。
「ただいま、正嗣。ごめんね待たせちゃって」
だから普通に話しかけたのに、こちらを向いた弟の手には見覚えのあるファイルがあった。
「ま、正嗣? どうしてそれを?」
まさか、それを持っているなんて信じられない。
それは俺が前世の記憶の限りの出来事を書いてまとめておいた、いわゆる攻略ガイドみたいなものだった。
でも隠し部屋の中にしまっておいていたはずだったのに。
「扉の鍵が開いていた。それよりも、これは何なの? 少しだけ中身見たけど、俺達のことが書かれているよね」
扉の鍵をかけ忘れていたなんて、どれだけ気が緩んでいたんだろう。
俺は信じられず、何の言い訳も口から出てこない。
「そ、それは」
「これってさ兄さんが、人をたぶらかしているのと関係ある?」
「た、たぶらかしているなんて、そんな」
今俺が何を言ったとしても、ただの言い訳にしかならない。
それでも誤解されているから、何とかそれだけは解こうとしていた。
「たぶらかしているよね。今の兄さんの周りにいる人達、みーんなさ」
表情にも声にも温度が無くて、心底俺にがっかりしているのを感じた。
弟からしたら、自分達のことが書かれたファイルが隠されていたのだ。いい気分ではないだろう。
「これを知ったら、みんなどう思うんだろうね。騙されていたんだと思うんじゃないかな?」
まるで切り捨てるかのように言ってきて、俺は思わず顔が引きつった。
「そんなわけ」
「本当に? 御手洗さんだって、兄さんに呆れるんじゃない」
「御手洗は知ってるっ」
「はあ?」
御手洗というワードについ反応してしまい、すでに知っているということを言ったら、弟の雰囲気が更に冷たいものになる。
「何、御手洗さんは部屋のことも、これのことも知っているの? いつから?」
「……さ、最初から」
あまりにも怖くて本当のことを言いたくなかったが、嘘やごまかしが聞くとも思えず素直に白状するしか無かった。
「へえ……そうなんだ。ムカつく。本当に兄さんは俺を怒らせるのが上手いよね」
「ごめん」
「何に怒っているのか、分かっていないくせに謝らないで。とりあえず謝れば俺の機嫌が良くなると思った?」
弟の言っていることは的を射ていた。
怒っているから謝る。
そこに何の重みもないから、言葉が届くはずもない。
謝罪の言葉を口に出来なくなって、俺は黙るしか無かった。
「弟っていう立ち位置にいれば、兄さんにずっと近い位置にいられると思ってたのに。そうじゃないんだね。兄さんの一番近くには、いつも御手洗さんがいる」
吐き捨てるように言った弟は、ファイルを開く。
「ここに書かれていることが本当なら、物語の中ではみんなが兄さんを裏切って、兄さんは破滅したんだね」
どこまで読んだのか気になっていたけど、最悪なことに全て読んでしまっていたようだ。
どうして急な仕事なんか入ったのか、どうして学園まで行ったのか、部屋の鍵をかけておくべきだったとか、後悔することはたくさんあった。
でも今更考えたところで、もう遅い。
「それを回避したくて頑張ったんだ。おめでとう。みんな兄さんのことを好きだから、裏切るなんてことは絶対に無いだろうね」
弟は結局、何をしたいのだろう。
俺を責めて縁を切るのかと思ったけど、そういった感じが全くしない。
かといって、見逃してくれるわけでも無さそうだ。
「俺はラスボスみたいなもんなんだ。ふうん。転入生を好きになって、兄さんをリコールするために動く。だから今まで優しくしてたの?」
「それは違う!」
「違わないでしょ。俺のこと、いつか裏切るって思いながら、ずっといたわけだ。弟じゃなくて、敵として見ていた」
「違う! 確かに最初は怖かったけど、ちゃんと今は物語とは別だって分かってる。みんな生きていて、これが俺にとっての現実だって。みんなが好きだから一緒にいるんだ。リコールされるのが怖いとか、そういう理由じゃない。正嗣のことも、心から一緒にいたいからいるんだ」
どうしたら信じてくれるんだろう。
自分で蒔いた種とはいえ、信用してもらうのが、ここまで大変だとは思わなかった。
本心をぶちまけても、効果がない気がした。
「どうしたら信じてくれる?」
「そんなに信じて欲しい?」
「当たり前だ」
正嗣がいなくなってしまうかもしれないと想像しただけで、上手く息が吸えない。
ここで見捨てられれば、俺の心は粉々に砕け散って、元には戻らないだろう。
信じてもらうためには、何だってする。
どんなことを要求されるのかと覚悟して待てば、弟がふっと笑った。
「それなら俺の一生そばにいて。俺を兄さんの一番にして」
「そうすれば信じてくれるのか?」
「うーん。それは兄さん次第じゃない? 少しでも俺から離れようとしたり、俺以外を特別にしようとしたら……分かるよね」
「分かった。正嗣のそばを離れないし、正嗣が一番だ」
「良かった。断られたらどうしようかと思った」
ファイルを放り投げて、笑顔で近づいてきた弟は、腕を広げて俺を抱きしめた。
「約束だからね。ちゃんと守ってよ」
「……ああ」
選択を間違えた。そんな気がするが、もう取り消せない。
まるで逃がさないと言ったばかりに、抱きしめる力は強かった。
俺は弟の腕の中で、これから一生過ごしていくのだ。
それが嫌だと思わない俺も、きっとどこかでおかしくなっていたのかもしれない。
「兄さん、愛している」
近づいてくる弟の顔を避けることなく、俺は受け入れるために、そっと目を閉じた。
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