番外編⑬ 天使達のお茶会





「正嗣、はいどうぞ」


「ありがと。おにいちゃん」


 一之宮家の使用人達は、その光景が1枚の絵画のように目に映った。

 最近、一之宮家の帝、正嗣の使用人からの評価がうなぎのぼりに上昇していた。


 使用人に対しての態度が悪かった帝が、まるで人が変わったように優しく、そして可愛らしくなった。

 そのおかげか、弟である正嗣の性格も引っ込み思案なものから、社交的なものに変わっていった。


 元々、容姿は天使や精巧に作られた人形のように整っていたのだ。

 性格まで良くなれば、それはもう完璧としか言いようが無かった。


 最初は何かを企んでいるのではないかと不審に思っていた使用人も、裏が無いと分かると、すぐに魅了された。

 今ではアイドルどころか、崇拝の対象になっている。

 盗撮するほどではないが、家族写真などは複製されて、そして各部屋に飾られている。

 それに対して毎朝全員が拝んでいるのだから、その崇拝レベルは恐ろしいぐらい高い。



 そんな2人が、帝が突然お茶会をしたいと言い出した。

 久しぶりのわがまま、しかも前と比べると全く持って無理難題ではない。

 すぐさま最高級のティーセットと茶葉が注文され、そしてその日の午後にはお茶会の準備が揃っていた。

 帝は申し訳なさそうにしていたが、それでもお茶会が出来るからテンションが上がり、いつも以上に笑顔を振りまいて使用人達を悶えさせた。


 そうして始まったお茶会は、まさにこの世の楽園というぐらい神聖なものだった。

 小さな体を精いっぱい動かし、帝がお茶を注いで、そして茶菓子を正嗣に渡す。

 小さいからこそ、可愛らしく映った。


「おいしい!」


「それなら良かった。お菓子も美味しいから、いっぱい食べな」


「うん!」


 もぐもぐと口いっぱいに頬張っているが、さすが一之宮家というところか、その所作は上品さをにじませていた。

 しかし口の端にはお菓子のクズが付いていて、帝がくすくすと笑いながら手を伸ばす。

 そして指でクズをとると、そのまま自分の口に運んだ。


「ほら、ついてたよ」


「ん。ありがとう」


「お菓子は逃げないから、ゆっくり食べな。お茶会も逃げないよ」


「ん!」


 お兄さんのようにお世話をしているけど、やっているのはまだ5歳の子供である。

 子供が子供の世話を大人ぶってしているようにしか見えず、微笑ましいものにしか映らなかった。

 様子を遠くから窺っている使用人達は、その神々しい光景に失神するものが続出している。

 他の人に運ばれる姿は鼻血を出していたり、涙を流している者もいたが、大体がそういった様子なので気に留められることは無かった。


「おにいちゃん」


「ん? どうしたの?」


「これ、おいしいよ! あーんして!」


「え。えっと……うん」


 ケーキを食べていた正嗣は、顔を輝かせて小さく切り分けたケーキを乗せフォークを差し出した。

 最初は戸惑っていた帝だったが、キラキラとした表情に何も言えず、ゆっくりと口を開いた。

 そして口の中にケーキが入れられ、帝はもぐもぐと動かす。


「どう? おいしいでしょ?」


「うん。美味しいね」


「だよね!」


 まるで自分のことのように自慢げな正嗣の様子に、帝は優しく笑う。

 どこからか鼻血を吹き出す音が聞こえて、そしてすぐに運ばれていく。

 その一連の動作は、帝にも正嗣にもバレないように静かに行われているのだから、さすがプロである。


「正嗣」


「なあに?」


「楽しい?」


 その質問を聞いた瞬間、誰かが息をのんだ。

 2人の母親が死んでから、正嗣は目に見えて落ち込んでいた。

 目の前で母親が死ぬのを見たのだからと、誰もがそっとしておいた。


 自らも母親が死んで悲しいはずなのに、そんな正嗣を励まそうと今日のお茶会を開いたのか。

 帝の優しさに今まで何とか耐えていた残りの人々も、視界が涙でにじむ。


「うん! おにいちゃんといっしょ、たのしい!」


 そして正嗣の答えで、泣き崩れる者が続出した。


 この2人を一生守り抜く。

 全員の心が決まった瞬間だった。



「楽しんでいるところ申し訳ないですが、そろそろ次の予定が差し迫っております」


 涙を拭きながら拝んでいると、後ろから御手洗が現れる。

 使用人の中で立場が上なので、文句を言える者はいない。

 名残惜しいが、お茶会は終了となる。


「帝お坊ちゃま、正嗣お坊ちゃま、そろそろ終わりです。片づけをするのでお戻りください」


「はい」


「はーい」


 御手洗はそのまま2人の元まで行き、そして終了を告げた。

 まだ子供であるのに駄々をこねず、大人しくテーブルから離れる。

 そのまま帰るかと思われたが、予想に反して2人は手を繋いで使用人の元に訪れた。


「い、いかがなさいましたか?」


 突然のことに、一番の古株である執事が何とか対応する。


「あの、俺のわがままを聞いてくれてありがとうございます」


「おいしかったです! ありがとうございます!」


 しかし、2人の無邪気なお礼に、みんなノックダウンした。


「あ、ありがたき幸せです」


 何とか返せたのだが、その顔は犯罪者レベルに崩れてしまっていた。


 こうしてお茶会は成功し、そしてこの日一之宮家の使用人はファンクラブを結成した。




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