番外編⑫ もしかしたらあったかもしれない事件





 可愛い子は好きだ。

 特にまだ未発達な少年の肌の柔らかさや、可愛らしさは、何物にも代えがたい。

 そんな少年を好き勝手に出来る時が幸せだし、特に泣き顔は素晴らしいものである。


 何も知らない、これから明るい未来が待っているような少年であればあるこそ、その高揚感は大きくなった。

 そこらへんで遊んでいる子供達は、少し興味のあるものを出せば、簡単に心を開く。

 中には警戒心を抱くのもいるが、ゆっくりと時間をかければ、いずれ懐くようになる。


 心を開かれても焦ってはいけない。

 すぐに家に呼び込めば、さすがにどんなものでも不審に思う。

 そこで親にでも相談されてしまえば、全てが水の泡である。


 心を開かせた後は、定期的に飴を与え、自分の存在を特別なものだと認識させる。

 何度も何度も続ければ、何をしても俺のことを信じるようになる。

 そうすればこっちのものだ。


 俺のテリトリーの中に取り込み、そしてごちそうをいただくというわけだ。

 泣き叫び親に助けを呼び、それでも誰も助けてもらえないと分かると、絶望した表情になる。

 吐く時もあるし、漏らす時もある。

 しかしその全てが、俺を興奮させるものでしかなかった。



 ぐちゃぐちゃにして、そしてその様子を写真におさめる。

 それを見せつければ、親になんて言えなくなってしまう。

 後はそれをネタに脅す。

 何度も何度も骨の髄までむさぼりつくして、飽きたら次に行く。


 そんなことを、今まで行ってきた。





 新しいターゲットが決まった。

 その子は今までにないほど極上の獲物だ。

 他のものとは比べ物にならないぐらい可愛くて、まるで地上に降りてきた天使。


 この子をぐちゃぐちゃに出来るのなら、何をしても構わない。そう思えるほどである。

 見逃すことは出来ない。これを見逃したら俺は一生後悔してしまう。

 だからじっくりと、これまで以上に時間をかけて罠にかけなければ。


 絶対に可愛くて綺麗な泣き顔を見せてくれるはずだ。

 俺は極上の瞬間を想像して、笑いが止まらなくなった。




「一之宮帝か。名前まで良い。年齢は……8歳か。最高じゃないか」


 一之宮グループの跡取りではあるが、外出することも多々ある。

 護衛一人だけつれて公園で遊んでいる姿も見かけたので、平和ボケをしているというか、危機感が足りていない。

 こちらにとっては好都合ではある。


「まずは、どうやってお近づきになるかだな。下手に動けば、ガードが固くなってしまう。そうなると近づくことさえ難しくなるからな」


 普通だったら手の届かない、雲の上の人間だ。

 でもさらに都合が良いことに、俺は人より能力があった。

 そのおかげで好き勝手にしても、今まで捕まらなかった。


 この能力を使えば、一之宮家に潜入することもたやすい。

 そうしてどんどん懐に入り込み、そして欲望を達成する。

 なんて素晴らしい計画なんだろうか。

 自分で自分のことを褒めたい気分だった。



 履歴書を送れば、やはりすぐに面接の連絡が向こうから届いた。

 俺の経歴を見て、すぐに即戦力だと思ったのだろう。

 予想通りだとほくそ笑む。


 後は猫を被って気に入られ、取り入れるだけだ。

 もう少しで、あの天使を穢せる。

 興奮しすぎて、体の一部分が熱くなった。


 ああ、本当に楽しみで仕方が無い。





 一之宮家は、思っていたよりも質素な屋敷だった。

 名家だから、もっと大きいものを予想していたが、あまり金をかけるタイプではないのかもしれない。

 別に屋敷の大きさは関係無いので、天使がいると考えれば、それだけで輝いて見える。


「今日にでも会えるといいな」


 顔を見るだけでもいい。

 遠目や写真でしか確認したことが無いから、近くでも見られればこれからのモチベーションに繋がる。

 少しだけ唾をつけておくのもありだ。


「お待たせいたしました。面接予定の方ですよね」


「はい。申し訳ありません。指定された時間よりも早く来てしまって」


「いえ。すでに準備はできておりますので、どうぞ中に入ってください」


 門の前で出迎えた顔に見覚えがあった。

 確かあの子が公園で遊んでいる時に、護衛として一緒にいた男だ。


 まさかこんなに早く、近い位置にいる人に会えるとは。

 もしかしたら、すぐに欲望を叶えることが出来るかもしれない。

 俺は御手洗と名乗った男の後に続きながら、気づかれないように口角を上げた。





「ここは?」


 案内されたのは、薄暗くかび臭い地下室だった。

 こんな部屋が一之宮家にあるなんて。

 手入れがなされていないんじゃないかと、俺は顔をしかめそうになるのを何とか抑えた。


「ここで面接するわけじゃないですよね?」


 先に部屋の中に入った御手洗という男は、真ん中の方に立ち全く動かない。

 その雰囲気の恐ろしさに、俺は冷や汗が流れる。


「あの。あれなら出直しますけど」


「いいえ。どうぞ、こちらに座ってください」


 不穏なものを感じて逃げようとしたのだが、先回りされてしまった。

 そう言われてしまったら、部屋に置かれた鉄製の椅子に座るしかない。

 あまり綺麗とは言えないそれに、ゆっくりと腰を下ろす。


「何をするつもりですか?」


「あなたは本当におろかですね」


 冷たい声と共に、俺の手首に何かが巻き付けられる。

 それを自覚する前に、鮮やかな手口で足首も拘束された。


「な、何をするんですか!?」


 全く動けなくなって、それでも俺は悪い冗談なんかじゃないかと思っていた。

 天下の一之宮家が、こんなことをするはずがないと。


「あなたこそ、こちらに何をしに来たんですか?」


 無表情の男は、俺の斜め後ろから声をかける。

 首を向ければ表情も読み取れただろうけど、恐ろしくて出来なかった。


「何をしにって……一之宮家で働くために、面接に来ただけ」


「帝お坊ちゃまに会いに来たんでしょう」


「い、いや!」


 間違えた。

 図星をつかれてしまい、声が裏返ってしまう。

 これでは後ろめたいことだと白状しているようなものだ。


「あなたのことは全て調べてあります。表の顔も、裏の顔もね」


「う、裏の顔ってそんな……」


「随分と色々と行っているんですね。被害者の数は二桁、しかし上手く隠しているせいで、今まで捕まってこなかった」


 全てバレている。

 しかし、それならどうして俺は拘束されているんだろう。

 さっさと警察に突き出すのが正解で、敷地内に入れるなんておかしい。


 何が目的なんだ。

 得体のしれない恐怖に、体が勝手に震えだす。


「あなたは、この状況を楽観的に考えているでしょう。警察に行くだけ。何年かすれば自由の身になれると」


 どんな証拠を持っているのかは知らないが、死刑にはならない。

 否定すればいいだけだし、仮に入ったとしても模範囚で行けば、何年かすれば出られる。


「帝お坊ちゃまは確かに魅力的ですね。まるで神に愛されて、大事に作られたかのようなお人です。そんな帝お坊ちゃまに対して、下劣な行動を働こうとした者を一之宮家が許すはずが無いでしょう」


 ここは拷問部屋か。

 だからかび臭くて、そして薄暗い。


 俺は生きた状態で、ここから出られないのかもしれない。

 体に向かって伸びてきた腕を見ながら、全てを諦めるしかなかった。




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