番外編⑪ 好きなものは好き
「帝、それを早くこちらに渡しなさい!」
「いやだ!」
「持っていていいものではないんです!」
「ちゃんと責任は持つ!」
「あなただけの問題じゃないんですよ! みんなに迷惑がかかります!」
「面倒は見るから!」
「絶対に無理です!」
「美羽の頑固者!」
「そういう問題じゃありません! 犬や猫ならまだしも、分かっているんですか!? それは簡単に飼えるものじゃないです!」
「分からず屋! 蛇の何が悪いんだ!」
「悪いに決まっているでしょう! 何を考えているんですか!?」
俺は怒鳴りながらも距離をとっている美羽から、腕の中にいる存在を隠した。
「毒は無い! 毒は無いから!」
「当たり前です! 毒があったら、すでに業者を呼んでいますよ! 私が言いたいのは、蛇という時点で受け入れられないという話です!」
「同じ生き物だ!」
「そうなんですけど、そういうことじゃないんです!」
美羽の注意が別にそれた隙を狙い、俺は走って逃げ出す。
「こら! 待ちなさい!」
後ろから叫び声が聞こえてきたけど、絶対に止まらなかった。
待てと言われて、止まる人なんていない。
美羽の体力は完全に俺より下だから、逃げ切れるはずだ。
俺は腕に巻きつく感触に笑いかけると、とりあえず誰もいない方へと向かった。
この子と出会ったのは、偶然だった。
生徒会室から寮に帰っている途中、道の真ん中でぐったりと動かないでいたのを見つけたのだ。
蛇。
まごうことなく蛇。
全体的に緑っぽい色に、顔の下部分が黄色。
そこまで大きくないし、元気が無いのか威嚇もしてこない。
もしかして死にかけなのだろうか。
俺は目の前にしゃがみ、そっと手を差し伸べる。
しゅーしゅーと小さい声が聞こえてくるが、噛む元気もないみたいだ。
「元気になるまで、俺のところに来るか?」
返事は無かったけど、手のひらに首を乗せられたので許可を得たと勝手に判断し、部屋に連れて帰ることにした。
そういうわけで、昨日から俺の部屋にいる蛇なのだが、学校に連れて行くべきか迷った。
まだ元気になったとは言えないから、置いていくのも心配。
かといって連れて行って、授業なんて絶対に受けられない。
随分と俺に慣れたのか腕に楽しそうに巻き付いてくる姿を見ながら、俺は一つの結論に至った。
「よし。生徒会室に連れて行こう」
きっとなんとかなる。
軽い気持ちで生徒会室に連れて行った俺を待っていたのは、蛇を視界に入れた美羽の悲鳴だった。
駄目だったか。
裏庭まで逃げると、俺はようやく止まった。
息切れするほどの距離では無かったから、疲れもそこまでない。
俺はベンチに座ると、ブレザーを伸ばす。
「苦しかったよな、ごめん」
腕に巻きついたままじゃ危ないと思い、中に入れていたけど逆に窮屈だったかもしれない。
そのことに気づいて謝りながら取り出せば、まるで大丈夫だと言うように、手首に巻きついてくる。
俺になにか恩義でも感じているのか、昨日で会ったばかりなのに、随分と懐いてくれている。
この世界ではペットなんて飼ったことが無かったから、生き物との初めての触れ合いに口元が緩んでしまう。
「ごめんな。悪いやつじゃないんだけど、頭が固いんだよ。人を傷つけるわけがないのにな」
シューシューと昨日に比べると甘えたような声で返事をしてくれるので、つい話しかけるのを止められない。
俺は人差し指で軽く撫でると、もっと撫でろと目を閉じた。
「こんなに可愛いのにな。でもそうか……やっぱり怖いと思われるのか」
俺は平気だけど、苦手な人はたくさんいる。
犬や猫だって、好きな人もいれば苦手な人もいるのだ。
蛇なんて、好きな人の方が少数派かもしれない。
朝に思ったように授業に連れて行けるわけが無いし、今日はたまたま来る途中で誰にも会わなかったが、人前に出たら阿鼻叫喚になるだろう。
そうなれば駆除などの話が出るかもしれない。
「見た目だけで判断されるのは辛いな」
同族の気配を感じて、俺は自分にも当てはめて励ました。
伝わっているのか分からないが、つぶらな瞳で、こちらを見てくる。
あまりの可愛さに悶えていると、首を伸ばしてきてペロリと唇を舐められる。
「逆に励ましてくれているのか……ありがとう」
こんな感じだから完璧人間だと思われがちだが、俺だって1人の人間だ。
疲れることはあるし、やりたくないと思うこともあるし、楽な方がいい。
でも周りの期待に満ちた目を考えると、そんな怠けたところを見せられなかった。
「嫌なわけじゃないけど、疲れる時もあるな……」
「……そういう時は頼ればいいんです」
「美羽、どうして」
「あなたが逃げる場所なんて限られていますから」
蛇を視界に入れながらも、美羽はこちらに近づいてきた。
そして俺の方に手を置く。
「あなたが辛い時、頼って欲しいと思う人は、たくさんいますよ。まあでも弱った姿を見られたくないでしょうから、私を頼ってください」
「そうだな。……美羽なら俺の色々なところを見ているし、今更ガッカリなんてしないかあ」
「ええ。むしろ私だけに、どんどん見せてください」
ふふ、と軽く笑った美羽は、いい感じの雰囲気になったのに、何故か肩を掴む力を強くした。
「み、美羽?」
「先程キスをしていましたよね?」
「き、キス? いやあれは……蛇だし」
「たとえ相手が人間でなくても、帝の唇を簡単に許さないでください」
「は、はい」
納得いかない部分はあったが、雰囲気が恐ろしすぎて、勢いよく頷いた。
余談だが蛇はやっぱり学園では飼うことが出来なかったので、一之宮家に送られ御手洗がきちんと面倒を見ている。
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