番外編⑥ 親子3人で





「今から墓参りに行かないか」


 その提案は突然だった。

 長期休みに弟と一緒に家に帰っていた時、たまたま戻ってきていた父親が俺達に言ってきたのだ。


 今までこんなことは無かった。


 母親のお墓に行っていなかったわけではないけど、3人では一度も無い。

 別に嫌だったわけじゃなく、なんとなく一緒に行く機会が無かったのだ。


 しかし今更行くとなると、気恥ずかしいやら気まずいやら、複雑な気持ちになる。

 弟も同じようで、父親の言葉に微妙な表情を浮かべていた。


「嫌なら来なくてもいい。私一人で勝手に行く」


「嫌じゃないよ。ちょっと驚いただけ。なあ、正嗣」


「あ、ああ。行くよ」


 それでも断る理由はない。

 俺が促せば、弟も頷いた。


 こういった経緯で、初めて3人で墓参りに行くことになった。





 母親のお墓は、綺麗な海が見える丘の上にある。

 周りには季節ごとにたくさんの花が咲き、いつ行っても美しい状態を保っている。

 そのどれもが、母親の好きな花だ。


 この場所を作り、維持をしているのは、全部父親である。

 それだけでも、母親のことを想っているのは明白だ。


 お墓に行くたびに、父親の愛を感じる。

 だから俺は、そこに行くのが好きだ。


「3人で来るのは初めてだな」


「今更かよ。分かっていて誘ったんじゃないの?」


「いや、ちょうど時間が空いたから誘っただけだ」


「何だそれ。俺と兄さんの緊張感返せよ」


「何で緊張するんだ?」


「お父様、気にしなくていいですよ」


 俺も弟も感じているが、父親はどこか天然というか抜けているところがある。

 仕事中は全くそんなことが無いのだけど、プライベートだと頻度が多い。


 本当に大丈夫なのだろうかと心配になる時もあるが、御手洗の話を聞く限りそういうところを見せるのは俺と弟の前だけらしいから、今のところは指摘していない。


「ここは、いつ来ても良いところですね」


「俺も、ここに来ると落ち着く」


「……そうか」


 潮の香りを感じながら、俺と弟は肩の力を抜く。

 ここに来れば、母親の温もりを感じられるような気がする。

 みんな同じ気持ちなのか、父親まで表情が柔らかくなっていた。


 御用達の花屋で、いつものように母親用の花束を用意してもらっているし、線香も何もかも各自がこだわりのものがある。

 ここまで運転してくれた御手洗は、車で待機。


 実際に、家族水入らずの時間というわけだ。



 墓石を磨き、花を手向け、線香に火をつける。

 慣れた手つきで進めていき、そして手を合わせた。


 目を閉じれば、母親のことを思い出す。

 俺が俺になってからは会ったことが無い。それでも記憶として残っている。

 どの思い出の中でも、いつも優しく笑いかけていて、俺達のことを好きだという気持ちであふれていた。


 そんな母親だからこそ、死んでからも愛されている。

 生きていれば、どれだけ助けになってくれただろうか。

 何を考えたところですでに手遅れだから、無駄な妄想は考えるだけ頭の無駄遣いかもしれない。


 それでも、たまに考えてしまう時があるのは、それだけ母親の存在が大きいということだ。


「兄さん」


「ん?」


 目を閉じていれば、隣から弟が話しかけてきた。


「あの時、俺を責めないでくれて、慰めてくれてありがとう」


「っ」


「兄さんがいてくれたおかげで、俺はここまで来られた。もしあの時、兄さんに責められていたら、俺は自分のことも兄さんのことも許せないまま、一生を過ごしていたかもしれない」


「正嗣……」


「ありがとう、兄さん」


 そんなことない。

 その時は、冷たくなった弟の心を温めてくれる存在が現れていた。

 俺がいなくても、絶対に立ち直れたはずだ。


 責めなかったというけど、それは自分を守るためだった。

 弟をなんとか味方につけようという、不純な動機も含まれていた。

 感謝してもらう理由がない。


 俺は叫び出したくなったけど、ここでそんなこと出来るわけないと、必死に飲み込んだ。


「それなら私も礼を言わないとな」


「お父様?」


「彼女が死んで、私の世界は終わったと思った。世界から色が消えて、この先何も幸せなことなどないと本気で考えた」


 顔には全く出さなかったけど、あの時心の底から父親も母親の死を悲しんでいた。

 本人の口から聞けるとは、全く思ってもいなかった。


「しかし帝が私の元に訪ねてきて、ずっと一緒にいるから泣いてもいいと言われて、目が覚めた。彼女が残してくれたものはたくさんある。それを守るのが、私の役目だと」


 あの時だって、ただ必死だっただけだ。

 自然と唇を噛んでしまう。

 目をつぶっているから、きっと気づかれていないはず。


「もしもあの時、帝が来なかったら、私は大事なものを取りこぼすところだった。仕事にばかりかまけて、本当に大事なものを粗末に扱うところだった。気づかせてくれたのは帝だ」


 違う違う。

 俺はそんなにいい子じゃない。

 ただ自分のことばかりを考えていただけだ。


 感謝してもらえることなんて、一つもしていない。


 限界だった。

 俺は溜まったものを叫び出そうと、口を開いた。




 しかし言葉を出す前に、誰かが俺のことを優しく包み込んだ。



 父親でも、弟でもない。

 この匂いは……



 気がつけば俺は、ボロボロと嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 両隣から、父親と弟が抱きしめていて、そして優しく背中をさすってくれた。


「お、かあ……さまっ」


 ありがとう。

 言葉に出来なかったけど、絶対に伝わったはずだ。


 その瞬間、柔らかい風が吹き、母親の好きだった花の香りで溢れた。

 きっとこれが答え。



「また、3人で来たいです」


「ああ」


「もちろん」



 目を開け、2人の顔を見る。

 優しい表情に、俺はそっと手を伸ばした。


 俺がやったことは間違いじゃなかった。

 それだけでいい。余計なことは考えない。



 今が幸せなのだから、この幸せを大事にするだけだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る