番外編⑦ 突撃、家庭訪問





『仁王頭倭から手を引け』


 その手紙はご丁寧にも、差出人の名前付きで届いた。


「仁王頭の家からか」


 手紙を隅から隅まで見ると、机の上に軽く投げる。


「……これは話し合いが必要だな」


 小さく息を吐くと、スケジュールの確認を始めた。





「……ここか」


 歴史のある日本家屋を見上げ、俺は呟く。

 神楽坂さんに聞いて、ここまで一人で来たはいいけど、アポイントなんてとっていない。


「さすがに無謀だったかな?」


 カチコミに入ったら、一分もしないうちに死ぬ。

 本宅なのだから、警備も厳重なはずだ。


「でも、仁王頭に助けてもらうのはな。違うよな」


 門の前で腕を組み、どうしたものかと考える。


「やっぱりカチコミした方がいいか?」


「止めといた方が良い。ハチの巣になりたくなければな」


 最終手段に出ようとしたら、後ろから声をかけられる。

 声のした方を見れば、着物を着た還暦ぐらいの男性が立っていた。

 視線が合うと、目を細めて小首を傾げた。


 その雰囲気と、立ち居振る舞いだけで分かる。


「初めまして。倭君とは仲良くさせていただいています。一之宮帝です」


 いっそ丁寧なほどに自己紹介をすれば、男性は口元に手を当てて笑った。


「これはこれは初めましてだな。俺は、仁王頭倭の父親だ。そうだな、俺のことはりゅうとでも呼んでくれ」


 仁王頭の実の父親である彼は、自身のことを龍と名乗る。

 完全な偽名だが、わざわざ指摘する必要も無い。

 名前なんてどうでもいい。


 今大事なのは、仁王頭のことだけだ。


「龍さん、ですね。どうぞよろしくお願いします」


「おう、よろしくな。中に入れ」


「おじゃまします」


 怯むわけにはいかないので、冷静な顔を保っていれば、にやりと笑われ中に入るように促された。


 さて、ここからが大変だ。

 俺は小さく息を吐くと、開かれた門の中へ入った。





 案内されたのは、当たり前だが和室だった。

 調度品の一つ一つが値の張るもので、全部を売ったら3桁は軽く超えるだろう。

 そんな下衆いな勘定をしていれば、庭のところからししおどしの音が聞こえてきた。


 ここに連れてこられ、そして1人にされてから、随分と時間が経っている。


 すぐに話が出来ると思っていたから、時間が経てば経つほど緊張感が増してくる。


「……ここで飼い殺しにでもされるのか」


 そんなわけないだろうけど、この状況と場所ではそう思っても仕方がない。


「さすがに俺の存在は消せないだろうからな。殺されはしないだろうけど」


 タダでは返して貰えないか。

 相手がどう出てくるかによって、俺も俺なりの対応をするしかない。


 まずは目の前に出されたお茶に手を出すべきか出さないべきか、そこが問題だった。

 薬でも入って眠らされたら、なにか弱みを握られる可能性がある。

 下手に飲むのもリスクが高いし、飲まないで気分を悪くされるのも、これからの交渉に差し支える。


「そうだな……飲むか」


 どうせ飲んで握られる弱味なんて、簡単につぶせる。

 覚悟を決めた俺は、湯呑みを勢いよくあおるように飲んだ。

 味は普通のお茶だし、飲んだ後に体の変化はない。


「普通のお茶だな」


 ほっと息を吐いた途端、襖が開いた。



 もちろんそれは、龍さんである。

 煙管をくわえながら、後ろに2人の人を引き連れて、中へと入ってきた。


 空になった湯呑みを見ると、鼻で笑った。


「警戒心が無いのかい。何か入っていたらどうするつもりだったんだ」


「その時はその時ですよ。俺はそこまでやわじゃないんで」


「そうか。まあ何も入っていないから安心しな」


 煙を吐き出しながら前に座った龍さんは、俺のことを真っ直ぐ見据える。


「それで? 話をしに来たんだろう。手紙はきちんと届かなかったのか?」


「届きましたよ。礼儀も何も無いものなら。まさか人に頼み事をするのに、あれでいいとは思っていませんよね。どなたがあんな熱烈な手紙をくれたんでしょう」


 わざとらしくとぼければ、龍さんの後ろに控えている人達の方が反応を示した。


「てめえ、なんていう口を」


「まあ、待て。可愛らしい顔していて、随分と生意気な口を利くじゃないか。その礼儀も何も知らない手紙をもらって、どうしてここに来たんだ」


「提案、いえ宣言をしに来ました」


「宣言? どんな?」


 俺は自分の中で一番威圧的に見える表情を浮かべて、はっきりとその言葉を口にする。


「俺は絶対に倭君から離れません。絶対にね。たとえあなたにも止める権利はありませんよ」


 最後に片頬を上げて笑えば、龍さんの雰囲気が変わった。


「いい度胸してるじゃねえか。ガキ」


 表情は変わっていないのに、肌を突き刺すような何かを感じた。

 機嫌を損ねたのは分かったが、言ってしまったものは取り消せない。


「あれは、お前の手に負えるもんじゃねえんだよ。ここを仕切っていく存在だ。お前の存在が悪影響になるから、離れろって言っているのが分からねえのか」


 口調も荒々しくなり、その目は今にも俺に切りかかりそうな鋭さがあった。

 後ろの人達なんて、ポケットに手を入れているから、いつでも臨戦態勢に入れそうだ。


 怖いし手も震えているけど、それを絶対に気づかれないように俺は睨みつけた。


「分からないですね。倭君を孤独にしてどうしたいんですか?」


「極道は人に気を許しちゃいけねえんだよ。たとえ身内でもな、簡単に裏切る。誰かとつるめば、それが弱さになるんだよ」


 苛立たし気に煙管を机に軽く叩きつけると、彼も俺を睨みつけてきた。


「だから孤独にする? はは。時代錯誤もいいところです。今の世の中、繋がりが無ければ生き残れませんよ」


「それで、お前と繋がりを持った方がいいってか?」


「ええ、そうです。俺は有用性がありますよ?」


「へえ、そうかい。どんな有用性か、分かるように教えてくれないか?」


 馬鹿にしたようなそれは、俺が何を言っても否定するという雰囲気があった。

 でも俺にも勝算はあった。


「最近、極道も生きづらい世の中になったでしょう。昔のように好き勝手は出来ていないはずです。でも俺と一緒にいれば、いい仕事を紹介しますよ」


「どんな仕事だ?」


「この世界は綺麗ごとだけじゃやっていけない。正攻法で通用しない相手っていうのは必ずいる。そういう時に、そういうことが出来る人間は必要だ」


「汚い仕事を任せようとしているわけか」


「いや、ボディーガードですかね。それに見合った報酬を渡しますし。ここが後ろにいると分かれば、手を出すような馬鹿な真似をする人もいなくなるでしょう。俺は倭君に隣にいてほしいんです。一人になんて、絶対にしない」


 沈黙がその場に流れる。

 俺から視線をそらし煙管を口にくわえ、そして煙を吐き出した。


「……倭が必要か?」


「ええ。倭君だからこそ必要なんです」


「そうか」


 目を閉じた彼は、静かに口を開いた。


「それじゃあ勝手にしな」


 そのまま、後は何も言わなかった。

 俺はそれに対し、深々と頭を下げた。


「ありがとうございました」


 返事は無かったし、そのまま部屋から出て行ってしまった。

 それでも俺の目的は達成された。





「……帝……何かしたのか……?」


 突撃訪問から数日が経った。

 生徒会室で仕事をしていたら、仁王頭が話しかけてくる。


「何がだ?」


 本気で訪問をしていたことを忘れていた俺は、首を傾げた。


「これ……親父から……」


「……ああ! 龍さんから!」


「りゅ、龍さん……?」


 仁王頭が驚いているが、差し出された包みの方が重要だった。

 一目で高級と分かるような盃。

 趣味の良いそれに、俺は口元を緩めた。


「……認められたってことかな」


 まだ完全にでは無いだろうけど、まずは第一歩でことだ。

 盃を隅から隅まで眺めていたら、仁王頭が切羽詰まった顔で俺の腕を握ってきた。


「……何が……あったんだ」


 絶対にごまかされてはくれなさそうな表情に、俺はこっちの説明の方が面倒なことになりそうだと、頭を抱えた。




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