番外編④ 閉じた部屋の中





 子供は残酷だ。

 それを知ったのは、俺が幼稚園生の時である。


「へんなめ!」


 たった4文字。

 でもその言葉で、俺は人と関わるのが怖くなった。



 先祖返りなのか何なのか分からないけど、産まれた時から俺の目の色素は薄かった。

 それでも、そこまで変な色ではない。

 人と比べたら薄いだけ。


 でもそんなことを、子供が分かるわけない。

 思ったことだけを言って、そして俺の心はズタズタに切り裂かれた。



 元々、家族と目の色が違うことに大きな疑問を感じていた。

 何回も聞いたことがある。

 どうして俺の目は、他の人と違うのかと。


 聞かれた父さんも母さんも、少しだけ悲しそうな顔をして答えた。


「宗の目はひいおばあちゃんと同じ色なんだ。とてもきれいな色だから、みんな大好きだよ」


 ちゃんした答えになっていない。

 子供ながらに思ったけど、家族をこれ以上悲しませるわけにもいかず黙っていた。


 それでもみんなと違う、という事実は俺を苦しませた。

 そして本人にとっては何気なかった一言で、俺は立ち直れないほど心を壊されてしまった。





 家にいるのも息苦しくて、所有している別荘の一つの部屋の中に閉じこもることに決めた。

 ベッドと机を置いたらだいぶ狭くなる部屋は、その小ささが俺を楽にしてくれた。


 急に閉じこもってしまった俺に対し、家族が心配していたのは分かっていたけど、それでも外に出る気は無かった。

 下手に家が裕福だったせいで、部屋を出なくても生活することが出来たのも良くなかったのかもしれない。


 カーテンもしめ切った部屋の中、俺は存在を消すように布団の中で息を潜めていた。

 鏡や顔を映しそうなものは置かず、自分の目を絶対に見ないような環境を作った。



 部屋の中にいると時間が経つのが遅い。

 だから起きている間は、ただひたすら勉強ばかりして過ごした。





 そんな生活を続けて、どのぐらい過ぎた時だったか。

 部屋の外が騒がしくなり、久しぶりに遊びに来ていたお兄ちゃんと知らない声が聞こえてきた。


 誰が来たんだろう。

 ここに使用人と家族以外に来ることは無いから、その存在に警戒心を抱く。

 お兄ちゃんだから変な人を連れてはこないだろうけど、それでも知らない人という時点で怖かった。


 でも、きっと俺のことは紹介しないだろう。

 俺みたいな家族の恥が知られてはいけないから、存在がバレないように息を潜めた。



 それなのに、扉の前に誰かが来た。



「あのー、こんにちは……?」



「お、俺の名前は一之宮帝です」



「……よろしくお願いします」



 俺と同じぐらいの歳だと思う声。

 あの時のトラウマがよみがえって、布団を力強く握った。


「そういえば、川ではたくさんの魚が泳いでいたよ。素手で掴もうかと思ったけど、御手洗に止められちゃった」


「休むために別荘に来たのに、勉強させられたんだよね。しかも、御手洗の方がスパルタっていうのはどういうわけだろう」


「父親と弟から毎日電話がかかってくるんだ。元気にしてるかなんて、何かあったら連絡するだろうから、わざわざ聞かなくてもいいのに」


 話を聞いていて、扉の向こうにいる一之宮帝という子が愛されて育っているのを感じた。

 きっと誰にも嫌なことをされていないんだ。


 俺とは違って。

 あまりの違いに唇を噛みしめて、絶対に返事をするものかと耳をふさいだ。



 聞かないでいたら、いつの間にか帰ったらしい。

 声は聞こえなくなって、代わりにお兄ちゃんが話しかけてきた。


「帝君とはどうだったかな? 宗人の友達になれればいいと思って、これからも来てもらうことにしたから」


 何を勝手に決めているんだろう。

 不満をぶつけたかったけど、そんな気力も湧かずに布団の中にこもった。



 それから何度も、一之宮帝は話をしに来た。

 俺が返事をしないのをいいことに、好き勝手なことばかり話して帰っていく。


 最初は耳をふさいでいた俺も、いつしか話を聞くのが楽しみになっていた。


 どんな顔をしているのだろう。

 会って話をしてみたい。

 きっと俺の目を見ても変だと言わないはずだ。


 期待で胸が膨らみ、部屋から出ようかと思っていた頃だった。





「俺、今日で家に帰るんだ。だから最後に、お別れを言っておこうと思って」


 帰る? どうして?

 急に言われた言葉に、俺は驚きで目を見開いた。


「今まで勝手に話をし続けて、うるさかったよね。ごめん。ほとんど愚痴ばっかりだったし。でも、今日で終わりだから。最後に少しだけ」


 うるさかったなんて、そんなことあるわけがない。

 話してくれることが嬉しかった。


「俺はこの時間が、結構楽しかったよ。俺ばっかり話していたけど、文句も言わず聞いていてくれていたから。凄く聞き上手だよね」



 俺だって楽しかった。

 聞くだけじゃなく、話がしたい。



「どうして部屋から出てこないのかは、理由とか全然分からないけど、きっと友達は君なら出来るよ。というか、もう俺と君は友達だって。……まあ、いらないなら無理にとは言わないけどね」


 他の友達なんていらない。

 帝が友達になってくれるのなら、これ以上に嬉しいことはない。


 言いたいけど、石にでもなったかのように口が動かなかった。



「今日でお別れだけど、もしも部屋から出たら、一緒に遊ぼう。……じゃあ、また」



 そうしている間にも、帝は勝手に自己完結して扉の前から離れていく。

 慌ててベッドから飛び出し、扉を開けたけど、そこには誰もいなくなっていた。



「……帝。帝帝帝帝帝。俺を置いてどこにいったの? ずっとここで話をしていようよ。俺を置いていかないで。どうしてどうしてどうして。帝帝帝帝」


 俺から離れていくなんて、どうして酷いことをするんだろう。

 床に残った温もりを感じるために、床に頬を付ける。


「帝が戻ってきてくれるまで、ずっとここで待っているよ。この部屋の中で。帝が中まで来た時は、一緒にこもろう。あははっ」


 優しい帝のことだ。きっとまた来てくれるはず。

 もしも俺を求めて中へ入ってきたとしたら、その時はずっと一緒にいよう。


 俺は狂ったように笑うと、また部屋の中に閉じこもった。




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