番外編③ 見守ったある男の話





 天使は実在する。





 自分の性癖というものを理解したのは、高校生の時だった。

 みんなが騒ぐような女子に魅力を感じず、輝いて見えるのは自分の背丈の半分ぐらいしかないような少年達。


 ショタコン。

 その言葉に、すぐに思い当たった。


 初めはどうしても受け入れられず、とっかえひっかえするように町に出て女と付き合った。

 しかしどうしても、欲はおろか愛着すらもわかず、すぐに認めるしかなった。


 認めたとはいえ、それを発散したことはない。

 世間に認められるようなタイプの性癖じゃないと分かっていたし、性的なことをしたいわけじゃなかったからだ。



 ただ眩しい存在を、近くで見守りたい。

 自分で言うのもなんだが、害の無いタイプのショタコンだったと思う。

 さすがにこんな性癖、誰にも話せなかった。




「お前、ショタコンってやつ?」


 それなのに、何故か気づいた人がいる。

 別のクラスのイケメン。

 そのぐらいの認識しかなかった。ものすごい金持ちで、絶対に関わり合いにならないだろうと考えていた。


 しかし急に話しかけられたかと思ったら、突然そんなことを言われた。


「いや、何を……?」


 顔に出せばバレてしまうと分かっていたのに、驚きすぎて無理だった。


 どうして、どこでバレた?

 俺の擬態は完璧だったはずなのに。


 それよりも、これからどうなるのだろう。

 ショタコンだなんてバラされたら、俺の社会的地位は無くなる。

 バレたのがこいつじゃなければ、いくらでもごまかしようがあった。


 何て運が悪いのだろうか。


 目の前が暗くなる。

 呼吸もままならなくて倒れてしまいそうだった。


「何が、何が望みだ?」


「何か勘違いしていないか? 俺はげぼ……友達になりたくて話しかけたんだよ」


 今、絶対に下僕と言いかけた。

 しかしその顔に嫌悪の感情が無く、俺を馬鹿にする気も陥れる気も無いと分かった。


 もしかしたら、こいつとは長い付き合いになりそうだ。


「それなら、よろしく」


 差し出した手には、きちんと握り返された。



 これが、彰との出会いだった。





 この時、友達になっていて本気で良かったと思ったのは、成人してからのことだ。


 跡継ぎになるための条件の一つとして、執事としてとある家に勉強しに行くのは聞いていた。

 そこの家の名前は聞いていたけど、興味を持っていなかった。


 俺は自分の性癖と向き合うために、教員免許を取っていた。

 先生になって、そちらの方が忙しかったからだ。


 子供達を教える立場になって、分かったことがある。

 俺の目に映る少年の輝きの上限は、小学生までだ。

 それ以上に成長すると、輝きが失われていく。


 この事実は、俺にとって衝撃でしか無かった。

 慈しむべき存在に、上限があるなんて。

 それでいいのだろうか。



 そんな風に悩んでいた頃、彰が俺の元に訪ねてきた。

 ……1人の天使を連れて。


 初めて会った時の衝撃といったら、今のところ上回った出来事はないぐらいだ。


 天使の輪っかが出来るぐらい艶やかな黒髪。桜色の頬と唇。こぼれ落ちそうなぐらい大きな瞳。理知的な表情。


 その全てが、俺を魅了した。



 まだ5歳だというのに、まるで大人のように賢い。

 まるで中身は大人のようだ。

 そんな突拍子もないことを考えるぐらいには、随分と俺の知っている子供とは違っていた。



 好みどストライクだったのだが、最初の接触が悪かったのか、最後まで警戒されたままだった。

 どうして、無表情敬語がデフォルトの彰の方に懐いているのか。

 ものすごく不本意だったけど、これからゆっくり懐いてもらえればいい。


 そんなふうに計画しながら見送っていたら、戻ってきた彰が俺に話しかけてくる。


「可愛い子だな。彰が本当に羨ましい」


「気に入っていただけたのなら、連れてきたかいがあります」


 大学生になった頃から敬語に変わった彰は、何を考えているのか分からない表情を浮かべていた。


「それで、なんで連れてきたんだ? 何か理由があるんだろう?」


「実は、あなたには帝お坊ちゃまのことを守って欲しいんです」


「守る? 何から?」


「全てからです。これから起こりうる未来を防ぐために、見守っていられる立場でいてください。あなたの力が必要なんです」


「あー。よく分からないけど、分かった」


 あんなに可愛い子を守れるのなら、何でも出来そうだ。

 そして都合がいいことに、俺は見守れる立場になれる。

 教員免許をとったのは、きっと帝のためだったんだ。


 いつにない彰の真剣な頼みに、俺は深く考えずに了承した。





 彰は予知能力でも持っていたのだろうか。

 高校生になった帝を見ながら、俺はそんなくだらないことを考えた。


 転入生の一件で騒ぎになった学園は、ようやく落ち着きを取り戻し始めている。

 一度は憔悴しきっていた帝も、今はすっかり元気を取り戻していた。


 俺様に戻った姿を見ながら思う。



 帝は、今まで何度も危うい状況に陥っていた。

 選択を少しでも間違っていたら、きっと今のこの状況は無かっただろう。



 俺がどこまで手助け出来たのか分からないけど、それでもハッピーエンドを迎えられて本当に良かった。

 後は誰とくっつくのか、それが今後の課題だろう。



 高校生になった今でも、初めて会った時の輝きを失っていない帝を、これからも俺は見守り続けていくつもりである。

 俺だけの天使なのだから。




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