162:ただいま、そして




 御手洗の車が学園の敷地に入ると、少し遠くに人影が見えた。

 1人2人どころではなく、横一列に並ぶぐらいは多い。


 遠目からでも、それが誰なのか俺は分かってしまった。


「……桐生院先生が伝えたんだな」


 こんなにタイミングよく集まるのは、偶然なわけがない。

 帰ってくるのを伝えたのは桐生院先生だけだったので、犯人は自ずと分かる。


 口止めをしていたつもりではないが、泣いた後だから、あまり人には会いたくなかったのだけど。


「おそらく会わなかったら会わなかったで、面倒なことになりますよ」


 御手洗の言葉に、会う以外の選択肢は消えた。


 車のため、すぐに顔が分かる距離まで近づいてしまい、俺は思わず驚いてしまった。


「……みんないる」


 そこにいたのは弟、美羽、匠、朝陽、夕陽、圭、仁王頭、宗人君だけではない。

 桐生院先生、神楽坂さん、等々力、転入生、そして何故か父親までもがいたのだ。


「勢ぞろいですね」


 御手洗もさすがに驚いているようで、少し運転が乱れた。


「え、なんでこんなにいるんだろう。リンチでもされるの? ……御手洗が」


「否定出来ないところが恐ろしいですね。もしもそうならば、全力で抵抗しましょうか」


「さすがに死人が出そうだから、それは抑えてね」


「冗談ですよ。そんな物騒なことはいたしません」


 死人が出たら困るから、一応釘を刺しておいた。

 そうすれば、くすくすと笑いながら冗談だと言う。


 執事を辞めてからの御手洗は、冗談も言うし、表情もコロコロ変わるようになった。

 やはり肩の荷が降りて、本来の姿を少しずつ出せるような環境に変化していったわけだ。


「まあ、たぶん物騒なことはしないよね。うん、たぶん」


 自信を持って言えないけど、誰も喧嘩なんてするつもりは無いと思う。


 くだらない話をしていれば、みんなが待つところに辿り着く。

 降りようかどうか迷っている間に、外から扉を開けられ、シートベルトも外されて、車から降ろされる。


「おっとっと……えーっと、ただいま?」


 引っ張っていた犯人は弟で、俺がただいまを言うと、勢いよく抱きついてきた。


「兄さん、貞操は大丈夫!?」


「え、なんて?」


 抱きしめられながらなにかおかしなことを言われた気がするけど、きっと俺の耳がおかしくなったんだ。


「御手洗さんと大人の階段登ってないよね!? まだ清い関係だよね?」


 弟がこんなことを言うわけが無い。


「御手洗さん、絶対むっつりスケベだから、恋人になったらすぐに手を出すタイプのはずでしょ! 兄さん、言いくるめられそうだし!」


「ちょーっと、待ったあ!」


 さすがに、気のせいにするのは無理だった。

 俺は弟の体を引き剥がすと、大きな勘違いを正す。


「……俺、御手洗と別に付き合っていないんだけど?」


「え!? そうなの?」


 どうして、俺と御手洗が付き合っているなんていう話になっているのだろう。

 告白はされたけど、それを知らないはずなのに。

 ……盗聴器、仕掛けられていないよね?


 心配になったが、さすがにそんなことはされていないはずだ。


「絶対チャンスだったじゃん。意外にヘタレなんだね。御手洗さんって」


 挑発的に言う先には御手洗がいて、俺は争いが始まらないかとドキドキした。


「そう言いながらも、安心しているのでしょう。良かったですね。でも、私の方が一歩先を行っていますけど」


「は?」


 御手洗も御手洗で、挑発し返すのだから大人げない。

 俺はどうやって止めようかと困っていれば、助け船が出される。


「それぐらいにしないか」


 誰が助けてくれたのかというと、この場で発言力がある父親だった。

 どうしてここにいるのか一番不思議なのだけど、今回はいてくれて良かった。


「御手洗君。君は一之宮家を辞めたのだから、もう関係のない人間だ。どうして帝と一緒にいる?」


 いや、やっぱりいない方が良かったか。

 みんななんとなく怒っているのは感じていたが、何故か父親が一番怒っている。


 その怒りの矛先は、完全に御手洗に向いていた。


「帝さんが、私の元に来たので迎え入れただけです。やましいことは、誓ってしておりません」


「その言葉、もしも嘘だったら許さないからな。……帝、御手洗君と一緒にいることにした、その選択に後悔はしないか?」


 今度は俺の方に視線を向けて、確認をしてくる。


「うん。御手洗と一緒にいるのが一番だから。絶対に、後悔することなんて無いよ」


「……そうか。それなら止める理由はない。好きにしなさい」


「はい。お父様」


 御手洗と引き離される方が、俺にとっては無理だ。

 父親に認められたのなら、もう安心だろう。


 これから先、何が起こるのか分からないけど、リコールされる未来を変えることが出来たのだ。

 もう、怖いものなんてない。



 俺は父親とのやりとりを見守っていた、みんなの方に視線を向ける。


「ただいま。えーっと、色々心配かけてごめん。でも、まあ、大丈夫だから。これからもよろしく」


 上手くまとめられなかったし、口調も素に戻っているし、なんかもうぐちゃぐちゃだった。

 みんながいると分かっていれば、もう少しまともな言葉を考えておいたのだけど仕方が無い。


 よろしくと手を差し伸べて頭を下げれば、すぐに周りを囲まれた。


「当たり前じゃないですか。おかえりなさい、帝」


 代表して俺の手を握った美羽の言葉に、また泣いてしまったのは、ここだけの秘密だ。




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