161:これからのことを考えていきましょう





 御手洗が、俺を好きだと言った。

 今まで色々な人に好意を伝えられてきたけど、御手洗が俺を好きになることなんて、絶対に無いと思っていたせいで驚きも大きい。


 どうしよう。

 なんて答えればいいのだろう。

 俺の答えが間違っていたら、御手洗はいなくなってしまう。

 そんな怖さが、俺の口から言葉を出すのをとどめていた。


「帝さん、申し訳ありません」


 俺が完全に答えに迷っていると、微笑んだままの御手洗が表情を変えないまま謝罪をしてくる。


「困らせるつもりはなかったのですが……答えを急かすことはございません。今、決めなくてもよろしいのですよ。むしろ、よく考えて出された答えなら、どんなものでも受け止めますので」


「わかった……正直、まだ混乱していて、上手く考えがまとまらないんだ。だから、その方が助かる」


 今すぐ答えを出せと言われていたら、俺は逃げていた。

 御手洗が気を遣ってくれて、本当に助かった。


「帝さんのためですから。……でもあまり長くは待てませんので、真剣に考えていただけると幸いです」


「う。分かった。ちゃんと考えて、早めに返事をする」


 それでも釘を刺しておくところは、御手洗らしい。

 俺の答えに満足したのか、床からソファ引っ張りあげられると、ようやく両手が解放された。


 ソファの上で向かい合い、俺は三つ指をついて頭を下げる。


「御手洗、これからもよろしく」


「はい」


「帰ろうか」


「……はい」


 顔は見えなかったけど、声色でなんとなく喜んでいるのだろうと分かった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 ビルから出て、御手洗が所有する車に押し込められると、俺は学園へと戻っていた。

 戻ることは、すでに桐生院先生に連絡済みだ。



 高級国産車の車は、エンジン音がほとんどせず、車内には静かな空間が作り出されている。


 御手洗は少しだけ着替えて、シャツとスラックスはそのままだけど、ボタンはきちんと留めて、ネクタイをつけ背広も着ていた。


 下ろしていた前髪も少しだけ後ろに撫でつけているが、いつもよりはラフな雰囲気である。



 俺は気づかれないように横目で見ると、見慣れないながらも格好いい姿に、自然と口元が緩んだ。


「そういえば気になっていることがあるんだけど」


「はい、なんでしょう」


 運転の邪魔にならない程度に、俺は冷静になると違和感があることを、御手洗に説明してもらう。


「桐生院先生、あとお父様は、御手洗の事情を知っていたんだよね」


「ええ。協力者と、後は一之宮家に潜り込むために、説明をしておりました」


「今回のことも桐生院先生は知っていたわけだ。分かっていて、知らないふりしていたってことだよね」


「どうはぐらかされたのかは存じませんが、そうなるでしょう」



「それならさ。……俺が来ることを、桐生院先生から御手洗は知らされていたんじゃないの?」


 冷静に考えると、本当に色々とおかしいのだ。

 何の抵抗もなくエレベーターに乗ることが出来、そして一室しかない階に止まり、鍵まであいていた。


 もしもこれが偶然だったら、セキュリティがガバガバすぎる。

 さすがに、ありえないだろう。

 どこからどこまでが作戦通りだったのか。


「そこまで分かっていらっしゃるのであれば、考えておられる通りです。私は帝さんが来るのを、お待ちしておりました」


「それじゃあ、最初から起きていたんだ。俺がそっと入っていた時も、そっと近づいていた時も、起きていて心の中で笑っていたんだ」


 こちらは必死だったのに、そんな気持ちを込めてジト目を向けた。


「誤解しないでください。笑ってはおりませんでしたよ。とても嬉しかったです」


「嬉しかった? どうして?」


「一応、来てくれるのか賭けをしていましたからね。連絡があってからも、本当に現れるまでは、緊張しておりました」


「御手洗でも緊張するんだ」


「私を何だと思っておられるのですか。人並みに緊張だってしますよ」


「俺の中で御手洗は完璧人間だったから。あ、別に、弱いところを見たからって幻滅したわけじゃないからね」


 むしろ人間らしいところは、ギャップがあって好かれるのではないか。


「あなたは、本当に恐ろしい人ですね」


「何それ。恐ろしいってどういうこと」


「あなたに魅了されるのは、当たり前のことだという話です。それが無自覚に行われているのですから、恐ろしいのですよ。これから先、破滅することの無くなったあなたは、更に多くの人を魅了していくのでしょう。私はそんなあなたの傍にいることが出来て、とても幸せ者でございます」


 御手洗は笑い、そして赤信号で止まると、俺の頭を優しく撫でた。


「んー。よく分からないけど、御手洗がこれから一緒にいてくれるのなら、俺も幸せだなあ。みんなと一緒にいられて、リコールされる心配もなくて、これから先知らなかった未来を見られるのが、本当に楽しみ。ねえ、御手洗」


「はい、なんでしょう。帝さん」


「俺を助けてくれて、ずっと傍にいてくれて……ありがとう」


 気持ちがこもってしまい涙声になってしまったけど、御手洗は馬鹿にすることはなかった。


「全て、あなたが頑張ったからですよ。私の力なんて、微々たるものです。よく頑張りましたね」


「うん……うん!」


 あまりにも泣きすぎて鼻水まで出てしまったけど、そっとティッシュを差し出され、俺は盛大に鼻水を噛んだ。


「帝さん、もう少しで学園につきますよ」


 見慣れた景色に気づいていたが、もうすぐ学園に着く。

 俺は涙を拭いて、そして気合を入れるために頬を叩いた。




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