160:御手洗の告白
「お坊ちゃまを助けたいと思ったからです」
御手洗は俺をまっすぐに見つめ、そして両手をとった。
握りしめられた力は強くて、それでも嫌な気持ちにはならなかった。
「おれを?」
「ええ。妹の物語を読んでいて、ずっと思っていたのです。いくら性格があれとはいっても、一人だけ不幸になってしまうのは違うのではないかと」
「……性格があれって」
俺はくふくふと笑い、そして少しだけ近づいた。
「妹に一度、聞いたことがあります。どうして生徒会長に救いは無いのかと。その時の妹の答えは、あまりにも単純なものでした」
「何て答えたの?」
「『そんなに生徒会長、好きじゃないから』」
それは生徒会長に生まれ変わった俺にとっては、怒りを感じる言葉だ。
そんな理由で、一之宮帝は破滅することになるのか。
「申し訳ありません。妹にとっては、自分の書く物語のキャラの一人でしかなかったのです」
「そうだね。俺が怒るのは自分が当事者だからだけど、物語を読んでいた時は、特に気にも留めていなかった。所詮物語の中の、他人事だと思っていた」
もしも、生徒会長でなかったら、どうしていただろう。
俺は一之宮帝を助けただろうか。
勘違いして非難するか、見て見ぬふりをしていた可能性だってある。
その可能性が少しでもあるならば、俺は怒りをぶつけるべきではない。
「前世でどのように死んだのかは覚えておりませんが、ここが妹の書いた物語だと気が付いた時、私は真っ先に生徒会長を救おうと思いました」
「どうしてそこまで」
「どうしてでしょう。全員がハッピーエンドを迎えて欲しいと、そう思ってしまったからでしょうか」
優しく笑う御手洗に、俺の胸が高鳴る。
「幸運なことに、この物語の異質な存在であった私は、恵まれた環境の中で生まれました。一之宮家と接触が持てるぐらいの、そんな家にです」
「御手洗はルーチェの御曹司だってことか」
返事はなかったけど、沈黙が答えだ。
この部屋に来てからなんとなく予想は出来たが、今まで執事としての御手洗の姿しか知らなかったせいで、違和感しかない。
「ええ。しかし一之宮家に干渉は出来るとはいっても、家柄のせいで行動を制限されることもございました。そのうちの一つが、これだったのです」
「これって……俺の前から姿を消したこと」
「はい。私は勉強のためにという名目で、一之宮家の執事として在籍しましたが、その期間はお坊ちゃまがリコールされる心配が無いと分かるまでした」
「それじゃあ、この後はどうするつもり? もう俺の前からいなくなるの?」
俺は握られた手を、力なく振りほどこうとした。
助けてもらえたのは嬉しかった。
それでも御手洗が離れてしまうのならば、本当に助かったと言えるのだろうか。
「お坊ちゃま、私は一つ賭けをしておりました」
「……賭け?」
ほどこうとした手は、また強く握りしめられた。
そしてそのまま、手の甲に唇が触れる。
「な、な!」
「もしも、お坊ちゃまがいなくなった私を見つけたのならば、お坊ちゃまの傍に一生いようという賭けです。そしてお坊ちゃまは、私の元に辿り着いた。だから私は、もう我慢しません」
「みたらっ」
「家のものと話をして、あなたの傍にいられるようにいたします。きちんと家のこともすれば、文句を言うものもいないでしょう」
唇は離れてくれたけど、今度は頬をこすりつけられる。
先ほどまで頬を触っていた俺が言うのもなんだが、その感触に鳥肌のようなものが立つ。
「最初は一之宮帝というキャラを助けたいだけでした。しかし、あなたが前世の記憶を取り戻し、そして物語を変えようとしているのを傍で見ていくうちに、私の心境は大きく変化いたしました」
また唇を落とす。
その瞬間、俺は背筋を駆け抜けるような快感を感じ、腰が抜けてしまった。
口はパクパクと開くけど、言葉が出てこない。
御手洗の言葉は頭の中に入っているし、きちんと理解もしている。
それでも俺は、何も言えなかった。
「あなたが努力し、そして生きようとしている姿は、とても美しかった。私は傍でサポートしていて、光栄でした。ああ、そういえば。知らなかったと思いますが、連絡が取れなかった間、あなたの様子は逐一報告してもらっておりましたよ。だから何をしていたのか、全て知っております」
まさかすれ違いになっていると思っていた時も、俺の行動は筒抜けだったとは。
恥ずかしがればいいのか、怖がればいいのか、微妙なところである。
「旅館に泊まった時もそうです。あのまま2人で逃げてしまっても良かった。あなたと2人、海外で生活するのも悪くないと思っておりました。でも、一番はあなたの行動を、サポートすることですから、我慢したのですよ」
「えっと……偉いね?」
まるで偉いから褒めてくれ、と言わんばかりの雰囲気を出しれ来るので、俺は引きつった顔で褒めておいた。
そうすると頬をすり寄せて、甘えるようなしぐさをしながら微笑む。
「お坊ちゃま……いいえ。一之宮帝さん。あなたのことをお慕いしております」
キャラが変わりすぎじゃないか。
そうツッコみたかったけど、俺の口からは意味のある言葉がまだ出てこなかった。
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