158:御手洗に会いに行きましょう





 桐生院先生から教えられた場所は、確かに俺も聞いたことがある場所だった。


 でも、何故そこに御手洗がいるのか分からなかった。

 いや、分かりたくなかったのかもしれない。


「……ここか」


 俺は首が痛くなるぐらいのビルを見上げ、胸の辺りを押さえる。

 痛みが無いが、自然とそうなっていた。


「本当に御手洗がいるのか?」


 疑いを持ってしまうのも仕方がない。


 ここは、俺が見ているビルは、とある企業がオーナーをつとめている。

 それは国内の企業ではなく、海外の企業だ。

 確かその企業の名前は、


「……ルーチェ、だったな」


 イタリア語で、光という意味。

 でもイタリアが拠点というわけではなく、世界中をまたにかけている大企業である。


 このビルは、その企業が日本支部として建てたものだ。

 だから上から下まで、その企業の部署や系列店がしめている。


「ということは、御手洗は関係者か」


 どのぐらいの関係者なのか、その具合は分からないが。


「桐生院先生が言っていたのは、確かここの33階に行けば分かるってことだよな」


 このビルは、どれほどの高さがあるのだろう。

 その33階というと、ほぼ上の方に近いはずだ。


「行くか」


 俺は怯みそうになったが、それでも御手洗がいるならと、ビルの中へと入った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 エレベーターに乗り、33階のボタンを押すと、ゆっくりとしたスピードで上がっていく。

 俺は次々に光る階数を眺めながら、心臓がうるさく騒ぎ始めるのを感じた。


 この先に、御手洗がいるかもしれない。

 もしもいたら、まずは何と話しかけよう。

 色々な言葉が浮かぶが、そのどれもがふさわしくない気する。


 御手洗と会うのに、ここまで緊張してしまうなんて。

 今までだったら、ありえない話だ。


「頼む。いてくれよ」


 もうすぐ33階。

 俺は祈るような気持ちで、その数字をじっと見つめた。



 軽やかな音を合図に、一度も止まることなく、目的の階に着く。


 ゆっくりと開く扉の先には、まっすぐに伸びた廊下と、その突き当たりに一つの扉しか無かった。


「ワンフロア貸切……?」


 これはますます、御手洗の立ち位置が気になってくる。


 エレベーターの扉が閉まる前に降りると、俺は扉の方にためらいなく進む。

 そこまで長い距離では無かったので、すぐに扉の前にたどり着く。


「……そういえば、開くのか?」


 いまさらな考えが浮かびながらも、ドアノブを引けば、あっさりと開く。


 こういう時、映画やドラマだと、中の人はすでに死んでいるんだよな。

 不謹慎なことを考えて緊張をほぐし、俺は中に入った。


「……失礼します」


 居住用としてなのか、広めの玄関と再び廊下。

 廊下の途中には何個かの扉があった。

 そして突き当たりに、ガラスがはめ込まれた扉が待ち構えている。

 俺は直感的に、突き当たりを目指す。


 入る前に一応声をかけたけど、これで誰もいなかったり、別の人がいたら不法侵入になる。

 どうか御手洗がいますようにと、また願いながら扉に手をかけると、いいわけがしやすいようにゆっくりと開けた。


 開けた先はリビングルームで、何十畳あるのかとツッコミたくなるぐらい広いし、天井も高かった。



 そしてその部屋にあるL字型のソファの角に、御手洗の姿があった。


「……あ……」


 驚いて声が出てしまったけど、御手洗は身じろぎもしない。

 それが何故か、近づいてみれば分かった。


「寝ている」


 目を閉じ、体が少し横にかたむいていて、静かな寝息が聞こえてくる。

 プライベートな空間だからか、ワイシャツにスラックスを着ていて、シャツのボタンは2個ほど外れていた。


 普段や浴衣の時とは、また違う魅力がある。


 窓から差し込む光に照らされ、その姿は一枚の絵画のようだった。


「……みたらい」


 吐息と近いぐらいの小さな声で、名前を呼ぶがもちろん起きるわけもない。


 俺は御手洗と会ったら殴ろうと思っていたことや、突然いなくなった怒りとか、そういった感情が消えていくのを感じた。


 こんな所で無防備に寝ている御手洗を見て、気が抜けてしまったのだ。



 そういえば、寝顔を見るのは初めてである。

 旅館に泊まった時も、俺より遅く寝て早く起きていたせいで、寝顔は見られなかった。

 それなのに今、こんなタイミングで見ることが出来た。


 俺は写真に撮りたい気持ちを必死に抑えて、そっと御手洗に近づく。

 近づけば近づくほど、顔の良さが際立つ。

 俺は触れられる距離までいくと、そっと隣に腰かけた。


 ここまで来ても全く起きる気配が無いのは、少し心配になるが、俺としては都合が良かった。



 俺は寝息を確認すると、未だに起きない御手洗に対し、悪戯心が芽ばえる。


 そっと肩に触れた。

 起きなさそうなので、俺はさらに調子に乗る。

 肩から移動し、本当に慎重に触れるか触れないかというぐらい微妙に、頬に触れた。


 同じ体温だからか、冷たいとも温かいとも思わず、まるでそのまま溶け合ってしまいそうだった。


 指先、指、手のひら、ゆっくりと触れる範囲を増やしていくと、気づけば右の頬に手を完全に添える形になっていた。

 ずっと触っていたくなるぐらいの柔らかさに、俺は顔をほころばせる。


 ここに、御手洗がいる。

 たったそれだけのことなのに、俺は泣きそうなぐらい嬉しかった。


「御手洗だ」


「……寝込みを襲うつもりですか?」


「!?」


 そのまま感触を楽しんでいれば、目を閉じ寝ていると思っていた御手洗の口が開く。

 俺は声も出ないぐらい驚いてしまい、ソファから転げ落ちてしまった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る