156:どこに消えたのですか?





 御手洗がいない。

 それは俺に、人生の中で一番と言っても過言ではないぐらい、とてつもない衝撃を与えた。


 最初は、意地悪で電話番号を変えたのかと思った。

 次になにかトラブルがあり、電話が故障して買い換えたのだと考えた。


 でも、そのどちらにせよ、すぐに俺に連絡が入らなければおかしい。

 俺は毎日のように電話をかけ、3日間出ることは無かったことで、ようやく他の人に相談をした。





「彰が電話に出ない?」


「……おう」


 真っ先に相談相手に選んだのは、桐生院先生だった。

 理由は、御手洗と親交があり、後はまだ大事にしたくなかったからだ。


「忙しいからじゃなくてか?」


「それならかけ直してくるはずだろ。というか、番号自体使われていないんだ」


「それは、確かにおかしいな」


「何か、御手洗から聞いていないのか?」


「いいや、全く」


 あまり緊迫感の無い様子に、何かを知っているかもしれないと期待するが、どうやら本当に何も知らないらしい。


「そもそも、そんな頻繁に連絡をとっていたわけじゃないからな…………本当だ。メール、送ってもエラーが返ってくる」


 話している最中にスマホをいじり出したかと思えば、御手洗に連絡をとろうとしていたようだ。

 でも結果は惨敗。


「でもまあ、まだ3日なんだろ。もしかしたら抱えている仕事が忙しくて、スマホを換える時間が無いのかもしれない」


「……だけど」


「どうした? 気になることでもあるのか?」


 桐生院先生の問いかけに、これは言ってもいいか迷ったが、結局口にした。


「御手洗はどんな時でも、俺の電話にはワンコールで出るはずなのに……」


「……マジか」


 ドン引きしている姿に、言わない方が良かったかと後悔するけど、言ってしまったものは仕方がない。


「そういうわけで、こういった状況は初めてなんだ。……心配するのも当たり前だろ……」


 御手洗自身が望んで、俺の前から消えたとしたら、これからどう生きていけばいいのか分からない。

 それぐらい、俺の中の御手洗の割合は大きすぎる。


「確かにそれは心配になるか……でも彰のことだから。きっと大丈夫だ」


「……おう」


 励ますように頭を撫でられたが、俺の気持ちは晴れることなく、ただ力無い返事をすることしか出来なかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 次に相談する相手として選んだのは、美羽だった。


「そう。ずっと電話が通じないんだ」


「ああ、今日でもう4日目になる」


「少し、スマホ貸してもらってもいい?」


 俺の話を真剣に聞いていた美羽は、難しい顔をしながら、手を差し出してくる。

 特に断る理由もないので、俺は素直に手の上にスマホを置いた。


「ありがとう」


「何するつもりだ?」


「ちょっとした確認をしておこうと思って」


 変なことをしないと信用しているが、何をする気なのか尋ねると、俺のと自分のスマホを操作しながら答える。

 俺はその確認が終わるまで、美羽の手を眺めていた。


「あー、駄目だ。僕のスマホからかけてみても、結果は同じだ。それじゃあ、この番号自体、使わなくなったみたいだね」


「……そうか」


 美羽がしていた確認というのは、どうやら他のスマホで連絡が取れるか、というものだったらしい。


「新しい番号になったって、連絡は無いんだよね。それじゃあ、何かトラブルに巻き込まれたのかな?」


「……やっぱり、一度確認を取ったほうがいいか……」


 大事にしないために、一ノ宮家に連絡を入れていなかったが、さすがにしなくてはならないか。


「そうだね。心配だったら、連絡して聞いた方がいいと思う。案外、気の抜ける理由かもしれないよ」


「……ありがとう。そうしてみる」


「きっと大丈夫だよ。あの御手洗さんなら、殺したって死ななそうだし」


「はは。確かに」


 御手洗が簡単にピンチになるわけがない。

 美羽の言葉に、俺はいくらか励まされる。


「御手洗さんのこと、好きなんだね」


「ああ、そうだな。……大事だ」


「そう。はは、叶わないなあ。でも、僕も諦めるつもりはないから」


「? お、おう?」


 最後の言葉の意味は分からなかったけど、とりあえずやる気に満ち溢れているから頷いておいた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 美羽と別れ、俺は一之宮家に連絡しようとしたが思いとどまり、まずは弟にも話を聞くことにした。

 もしかしたら家から、弟には何かしらの連絡が言っているかもしれない。

 最後の悪あがきだった。


「御手洗さんと連絡が取れない? それ本当?」


 でも、無駄足だったようだ。

 俺の話に驚いた様子の弟は、御手洗がいなくなったことを知らなかったらしい。


「そうなんだ。正嗣にも連絡が無かったってことは、やっぱり事件に巻き込まれたのかな」


「父さんには聞いたの?」


「まだ。正嗣に確認してから、聞こうかと思って。だから話が終わったら、連絡しようと思う」


「あの御手洗さんがねえ……兄さんに黙っていなくなるなんて。よっぽどのことがあったのかな」


 正嗣の言葉は、俺の心臓にナイフを突き立てるぐらいの衝撃を与えた。

 俺に黙っていなくなるほど、もしかしたら御手洗は嫌気がさしてしまったのだろうか。


 震える手を抑え込み、俺は笑うしかなかった。




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