151:学園に帰りましょう
御手洗は執事服が一番。
昨日の夜で、それが痛いほど分かった。
浴衣姿の御手洗と食事をしたり、旅館の外を散歩したり、隣同士で布団を引いて寝たりした。
ほとんどの時間、何を話したのか全く覚えていないぐらい、俺は緊張して過ごしていたのだが、御手洗は楽しそうだった。
御手洗も休息なんてとれないだろうから、いい気分転換になったのだろう。
俺ももう少し心から楽しみたかったけど、御手洗が色気大魔神なのが悪い。
全従業員に見送られ旅館を出てからも、脳裏にこびりついていて、俺は帰りの車内の中でも隣にいる御手洗の存在に緊張していた。
「お坊ちゃま、昨夜から様子がおかしいようですが、いかがなさいましたか?」
あまりにも挙動不審だったのか、とうとう御手洗にも聞かれてしまった。
「そ、そんなことないよ。ききき気のせいじゃない?」
「それでいつも通りなのだとしたら、お坊ちゃまは不審者ですね」
「あはは、そうかなあ。あ、そういえば、ついでにお土産でも買って帰る?」
「明らかに話をそらされましたね。何かやましいことでもあるのでしょうか」
こちらに向けられる視線を感じていたけど、俺は気づかないふりをして、景色を眺める。
まだまだ顔を見れるほど心臓が落ち着いていないので、もう少しだけ回復を待ってほしい。
思い出すたびに、顔が熱くなってしまう。
「……お坊ちゃま、もしかしてゆっくり休むことが出来ませんでしたか?」
あまりに変な態度をとってしまったからか、ほんの少し沈んだ様子の御手洗の声が聞こえてきた。
「お坊ちゃまの気分転換のために、こうして連れ出したのですが……迷惑だったとしたら、申し訳ありません」
更には謝罪までされてしまう。
「そ、そんなことないよ! 御手洗のおかげで、もう少し頑張ろうと思ったんだ! だから連れてきてもらえて、よかっ」
「ようやく、こちらを見てくださいましたね」
御手洗の顔は悲しげでもなんでもなく、更には都合よく赤信号で止まったため、目と目が合ってしまった。
嵌められた。
そう理解した時には、俺の顔は真っ赤に染まる。
「おやおや、顔が赤いですよ。熱でもあるのでしょうか」
「み、みたらい!?」
赤信号が長いせいで、御手洗の視線は俺に向けられたままだ。
御手洗にしては珍しい笑みの中、その奥底に隠されているものに、俺の体温は何故か高くなった。
「あ……あ! ほら、青になった! 早く行こう!」
「……かしこまりました」
その理由に気づくより前に、視界の端で赤から青になったのを見て、視界を外しながら言う。
御手洗はくすりと笑って、そして運転に集中する。
その後は特に何も言われず、赤信号で止まることなく学園まで着いた。
もう少し一緒にいたかったような、落ち着くために早く帰れて良かったような、そんな複雑な気持ちを抱えながら車から降りる。
「それじゃあ行ってくるね。昨日はありがとう」
「いたみいります。お気をつけください。お坊ちゃまの、ご武運をお祈りいたします」
「うん。本当にありがとうね」
いつも通り見送ってくれる御手洗に、俺は大いに励まされて、確かな足取りで学園へと踏み出した。
もしも駄目だったとしても、御手洗と逃げよう。
そんなずるい逃げ道も確保したので、俺はもう怖くなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学園に帰れば、待ち構えているのは冷たい視線だと覚悟していた。
どんなに暴言を吐かれても、無視をされても、暴行を受けたとしても、徹底的に抗戦するつもりだった。
でも、この状況は……予想外だ。
「に、兄さん! どこ、一体どこに行っていたの!?」
「帝、私が悪かったです!」
「さすがに肝が冷えた」
「う、うわーん」
「みかみかの、馬鹿!」
「俺が悪かったんでしょ。だから帝君は、帝君は……!」
「……本当に、申し訳ない……許してくれなくてもいい……でも……どこにも、行かないでくれ……」
「帝帝帝帝! 俺を置いてどこに行っていたの。帝がいないって気がついてから、俺がどんな気持ちになったか分かる? この世の地獄は、ああいうことを言うんだよね」
生徒会室に入って姿を見せた途端、弾丸のようなスピードでまとわりつかれて、謝罪を口々に言われた。
さすがに馬鹿じゃないので、何か俺達の間で誤解が生じていたのだと悟る。
でも身構えていない中の、突然の出来事だったせいで、上手く処理が出来ずに固まってしまった。
そんな俺の様子に怒っていると勘違いしたみんなが、涙目になる始末。
何人かは耐えきれずに、涙を流していた。
見捨てられるという心配は、どうやらしなくてもいいみたいだが、これをなだめなければならないのは大変そうだ。
「……御手洗……助けて……」
先ほど別れたばかりの御手洗に、力を貸して欲しい。
何人分かの重みを感じながら、遠い目をして助けを求める。
「何でそこで、御手洗さんの名前が出るの!?」
本当に微かな囁きだったのだが、地獄耳なのか聞き取られてしまい、弟を始めとしてギャン泣きされた。
本当、マジで誰か助けて。
周りを見渡すが、助けは期待出来なさそうなメンバーしかいなかった。
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