149:俺を助けてくれますか?





「なるほど。やはり、お坊ちゃまは一人で仕事をなさっているのですね」


「なんとなく分かっていたけど、俺の状況を大体把握しているんだ」


「一之宮家の執事ですから」


「それで何でも許されると思ったら、大間違いだからね。……まあ、いいか」


 今更そこを突っ込んだところで、きちんとした答えが返ってくるとも思えない。

 俺は諦めて、それは流すことにする。


「あんなに仲の良さをアピールしていたのに、あっけないものですね」


「はは、手厳しいな。確かに言う通りなんだけどね。本当、あっけない」


 御手洗にも大丈夫だと豪語したのに、このざまだ。

 あんなに自信満々でいたのが、恥ずかしすぎる。


 俺はそっと視線を外す。


「……何が駄目だったのかな。裏切られないように、色々としてきたと思ったんだけど。全然足りなかったんだ」


「お坊ちゃま。足りなかったということは無いでしょう。お坊ちゃまは、精いっぱい頑張ってきましたよ」


「……ん、ありがとう。御手洗だけだよ。分かってくれるのはさ」


 もしも理解者である御手洗がいなかったら、俺は死にたくなっていたかもしれない。

 こうして気分転換に旅館に連れてきてくれたのも、御手洗の優しさだ。


 こういう身分だから、下手に旅行も遊びにも行けないから、狙われる可能性が低い旅館を選んだのだろう。

 老舗だからプライベートを守ってくれるし、予約でいっぱいだから、俺達みたいなイレギュラーも発生しない。



 この計画はいきあたりばったりに見えて、もしかしたら前々から計画されていたのか。

 そうだとしたら、御手洗には俺が限界を迎えることがバレていたということになる。


 つくづく、御手洗が傍にいてくれて良かったと思う。


「……お坊ちゃまは、先程逃げたいとおっしゃっていましたね」


「ど、こまで知っているの。まさか生徒会室に盗聴器しかけてないよね?」


「逃げたいと思っているんですね」


「ちょっと待って。質問に答えてから、話を進めようか」


 もしも生徒会室に盗聴器が仕掛けられているのだとしたら、大問題である。

 即刻、取り外さないといけない。


「心配なさらないでください。盗聴器は仕掛けておりませんので」


「は、ってところに安心出来ないけど……悪いことはしていないんだよね」


「ええ。安心してください」


「……それなら、いいのかな?」


 冷静に考えなくても良くないのだけど、悪用はしないだろうから、今は目をつむっておこう。


「お坊ちゃまは、あんなに信じていた仲間に裏切られ、一人きりになってしまいました。あのまま生徒会室にこもっていれば、前に話してくれたようにリコールされるのも、時間の問題なのかもしれません」


「俺もそう思う。俺が仕事をせずに、親衛隊と遊び呆けているって、転入生がわざわざ食堂で叫んだから。……信じている生徒も、きっといるね……」


 もし今、俺が生徒会室はおろか、学園にもいないとバレたら、その噂は信ぴょう性を増しそうだ。


「帰ったら、もうリコールされていたりして。はは……」


 自分で言って悲しくなったが、それもありえる話である。


 俺は足を折りたたんで、そっとつま先に触れる。

 ぐにぐにと動かして楽しんでいると、御手洗がデコピンをしてきた。


「いたっ。何するんだよ」


「お坊ちゃまは、とんだふぬけになってしまいましたね。まさか、ここまでとは思いませんでした」


「ふぬけって、酷い」


 確かにふぬけになっている自覚はあるけど、こんなことが起きたのだ。大目に見て欲しい。


「お坊ちゃまが色々と行動したのは、よく知っております。本来ならば、今の状況の方がおかしいのでしょう。諦めたら、あなたがその程度の人間だと、そう思われたまま終わりますよ」


「……そんなこと分かっているよ! でももう、疲れた。俺とずっと一緒にいるって言ったのに! みんなみんな嘘つきだ!」


 感情が上手くコントロール出来ず、子供のかんしゃくのように、俺はイヤイヤと首を振りながら泣き叫ぶ。


「俺だって、逃げたくなかった! でも、誰にも信じてもらえないのなら、あそこにいる意味なんて無いじゃないか!」


 他の部屋とは少し離れているから良かったけど、そうじゃなかったら誰かが来てしまうぐらい、俺の叫びは止まらなかった。


 その間、御手洗は俺に話しかけず、触れることもせず、ただただ一緒にいてくれた。

 下手に慰められるよりも、その方が俺にとってはありがたかった。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「……ごめん。取り乱した」


 叫ぶだけ叫んで、ようやく落ち着くと、俺はぐちゃぐちゃになった顔をタオルで拭きながら、御手洗に謝った。


「いえ。お坊ちゃまの面白い顔を見ることが出来ましたので、構いませんよ」


「御手洗は、一言多いんだよな」


 励ますために言ってくれているのは分かっているので、俺は怒ることなく笑う。

 溜まっていた気持ちを吐き出したおかげか、疲れてはいるけどすっきりとした気分だ。


「……お坊ちゃま、少し相談したいことがございます」


「相談? 何?」


 もしかして、この部屋の幽霊についてだろうか。

 俺は真っ赤になった目で御手洗を見ると、思っていたよりも真剣な表情があった。


「ど、うした? 御手洗?」


「お坊ちゃま、私と逃げましょうか」


「………………へ?」




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