148:その手は救いの手でしょうか




 俺は車に揺られ、流れる外の景色を眺めていた。

 運転席には御手洗がいて、真剣な顔で運転している。

 いつも後部座席に乗ってばかりだから、その横顔は新鮮だった。


「……どこ行こうとしているの……?」


 生徒会室で手を差し伸べられてから、あれよあれよという間に、車に乗せられていた。

 どこに行くのか、これからどうするかも聞けないまま、大人しくしていたのだけど。


 そろそろ、目的地はどこかを聞かなくてはと思った。


「それは最初に聞くべき質問ですね。それぐらい、弱っていたということでしょうか」


「御手洗が来たからだよ。他の人だったら、こんな風にはついて行かないって」


「喜ぶべきでしょうか。それとも危機感のないことを注意するべきでしょうか」


 御手洗は呆れた顔をしながら、それでも楽しそうである。


「それで? なんか、どんどん自然豊かになってきているけど大丈夫? 今日、無事に帰れるの?」


 こうなるまで何も聞かなかった俺も悪いが、御手洗も説明をしてから連れ出せばいい話だ。


「本日は帰らなくてもよろしいのではないですか。仕事は終わらせているのでしょう」


「まあ、そうだけどね。でも誰にも何も言わずに出てきちゃったから、それはマズイんじゃないかと思って」


「最近はこもりきりだったのですから、誰にも気づかれませんよ」


 わざとなのか天然なのか、ものすごい痛いところを平気でついてくる。

 胸がずきりと痛んだが、それでも言葉に詰まるほどではない。


「そうかもね。確かに誰も気づいてないかも。それなら別にいいか」


「そうですよ。これから行く先は、ついてからのお楽しみとしましょう。その方が気も紛れるでしょうから」


「……分かった。楽しみにしておく」


 御手洗にいいように丸め込められた感じがするが、確かに誰も気づかない可能性の方が高いから、どうでもよくなった。

 それよりも、これから行く先の方が気になって仕方ない。


 俺は景色を眺めながら予想しようとしたが、結局答えは出ずに、いつの間にか眠りに落ちていた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「……お坊ちゃま、お坊ちゃま。起きてください」


「ん、んん? ついたの?」


 体を揺すられ、俺は眠りから覚める。

 眼をこすりながら開ければ、とても近い位置に御手洗の顔があった。


「ええ。随分と間抜けな顔で眠られておりましたので、置いていこうかとも迷いましたが……仕方がないですが、起こして差し上げました」


「あいかわらずひど……まあ、おこしてくれてありがとう?」


 起きたばかりで脳が覚醒しておらず、口調もたどたどしくなってしまう。

 一度大きなあくびをして、何とか眠気を振り払おうとする。


「どこについたの? ……って、旅館だ」


 外を見ると、そこには立派な旅館があった。

 テレビで見たことがある、格式高い老舗の旅館。

 でも、予約をしなければ泊まるのは無理なはずなんだけど、どうするつもりなのだろう。


「あそこ、泊まれるの?」


 ここまで来たのに帰るなんて嫌がらせ、御手洗なら喜んでしそうだ。

 このまま帰りますと言われても、連れてきてもらったのだから受け入れよう。


 俺は旅館を指して、あまり期待せずに尋ねる。


「当たり前でしょう。ここまで来て帰るなんて、そんな意味のない行動は致しませんよ」


「そうだよね。さすがにしないよね。……でも、予約しないと無理なんじゃない?」


「安心してください。一之宮の名前を出せば、すぐに用意してもらえましたので」


「わあ。権力、凄い使っているね。本当にいいの?」


「他のお客様の迷惑になるようなことは、一切しておりませんよ。元々、空いていた部屋だそうです」


「それって、いわくつきの部屋とかじゃない?」


「ふふ。どうでしょうね」


 その言い方は完全に認めている。

 いわくつきの部屋なんて、そんなの。


「本当に幽霊が出たら、一緒に捕まえよう」


「物理攻撃が効くのでしたら、任せてください」


 御手洗と一緒ならば、幽霊だって尻尾を巻いて逃げるだろうから、全く怖くない。

 むしろ、捕まえられたら楽しいだろう。


 他の客に迷惑をかけていないのであれば、全力で楽しむだけだ。

 俺は意気揚々と車から降りる。


 御手洗の脇にはスーツケースがあり、俺の分の準備もしてくれたらしい。

 さすがは御手洗だ。


「それじゃあ、幽霊と楽しくお泊りしようか」


 泊りの準備もされているのであれば、他に気になることなんて無い。

 俺は御手洗に先導されながら、旅館へと入った。





「一之宮様! お待ちしておりました!」


 一之宮の名前を出すと、全従業員に出迎えられる。

 仰々しい感じだけど、一之宮なのだから仕方ないのか。

 それでも案内される先は、いわくつきの部屋。


 それを表に出さないのは、さすがプロだと褒めればいいのか。

 何も言わずに案内することを、責めればいいのか。

 非常に微妙なところである。



 たぶん女将だろう女性に案内され、今日泊まる部屋に辿り着く。

 さすが老舗旅館だけあって、見た目だけはよく手入れされている。


「何かございましたら、そちらにございます内線で、お申し付けくださいませ」


 女将が帰っていき、御手洗と2人きりになる。

 別に気まずくはないけど、それでも俺は窓に近寄って景色を眺める。


「お坊ちゃま、少し話をしましょう」


「……うん」


 やはり、話をするのは避けられないか。

 俺は小さく息を吐き、置かれている座椅子に座った。


 これから、だいぶ長くなる。





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