147:精神はボロボロです




 弟に追い打ちをかけられたところで、さらに追撃をするかのように父親からの突然の連絡。

 面倒な気配しかなくて、俺は折り返し電話をかけるのをためらっていた。


 でもそんな状態になっているのを察したのか、また電話がかかってきてしまう。

 さすがに無視する訳にもいかず、俺は祈るような気持ちで電話に出た。


「……もしもし、お父様ですか?」


『帝か。学園から連絡があった。倒れたらしいな』


「は。体調管理がいたらず、お時間をかけてしまい申し訳ありません。現在は特に問題ありませんので、気にしていただかなくて結構です」


 早く話を終わらせたくて、俺は会話を断ち切ろうとした。

 それでも、父親がそれを許すわけもない。


『自覚していたとしても、現に倒れていては意味が無いだろう。生徒会の仕事は、そこまで大変なのか?』


「そ、そんなことは」


『それならどうして倒れるんだ。生徒会長の仕事は荷が重いんじゃないか』


 その言葉は、俺の胸を鋭く切りつけた。

 父親のその言葉は、俺のことを見捨てかけているのと同じだった。


 上手く息が吸えなくて、俺は返事が出来なくなってしまう。


 その間にも父親は何かを言っていたが、俺の耳はそれを理解しようとしなくて、気がつけば電話は切れていた。

 何の音もしなくなったスマホを机に置き、俺は椅子の背もたれに深く寄りかかる。


「あー。…………つら……」


 父親からも、俺は生徒会長の器ではないと言われてしまい、そのショックは大きすぎた。

 やはり過労で倒れたというのは、後継としてまずかったか。


 本当に最近、やることなすことが空回りしている。

 呪われているんじゃないか、そう思うぐらいについていなかった。


「あー! しんどい!」


 俺は髪の毛をかき乱し、そして生徒会室で大きな声でうなる。

 自業自得という言葉が頭の中に浮かび、ふわふわとどこかに消えていく。

 本来ならばしなくていい仕事をしたのは、俺自身だった。


 それで寝不足になって倒れて迷惑をかけて、一体俺は何をしているのだろう。



 冷静に考えていると、目頭が熱くなってきた。

 ポロポロと我慢出来ない気持ちが、あふれ出て落ちていく。


「……ふ、うっ……」


 俺が仕事をしていないという噂が広まれば、リコールなんて簡単にされてしまう。

 そして俺は誰にも助けてもらえず、この学園から去るしかなくなる。


 あんなに信じていたのに、こんなにも人は簡単に裏切れるのか。

 その事実は重くのしかかり、そして俺を追い詰めていった。



 みんなが俺のことが好きだと思っていたけど、それは自意識過剰だったようだ。

 こんな俺が好かれるわけなんてない。

 だって、俺は一ノ宮帝の紛い物なのだから。


 5歳の時、母親の死がきっかけで前世の記憶を取り戻したと思ったけど、それは違うのではないか。

 俺は元々いたはずの、一ノ宮帝という人格を食い殺してしまったのかもしれない。



 俺は、俺という人格は、どこの誰なのだろう?

 本当に、この世界にいていいのか?

 異物でしかなくて、人々を不幸にするだけじゃないのか。



 ネガティブな感情が抑えきれず、俺は机の上に水たまりを作っていく。

 そして、とうとうダムは決壊した。


「……も、う……嫌だ……辛い……ここは、もう……嫌だよ……」


 みんなに冷たい視線を向けられるぐらいなら、このまま消えてしまいたい。

 みっともなくすがりつければ、戻ってきてくれるのなら、プライドをかなぐり捨ててでもやる。


 でも、それで戻ってきてくれるわけが無い。

 すがりついたところで、戸惑われるか下手をすれば冷たくあしらわれるだけだ。


「……どこか、遠くに行こうかな……はは、無理か……」


 生徒会長を任されたのに、それをほおり投げたら無責任である。

 リコールされるまでは、この仕事を続けたい。


 今までそう思っていたけど、もう無理かもしれない。

 何もかも投げ捨ててしまいたくなって、でも出来るわけもなくて、完全に追い詰められていた。


 机の上にある書類をぐちゃぐちゃにしても、もう構わない。

 後でどうにかするのはどうせ自分だし、今机の上にある書類は重要なものはなかった。


 心が乱されながらも、書類の心配を無意識にしているところに、弱さと諦めの悪さを感じてしまう。


「……ははっ……誰も褒めてくれるわけないのに……ばっかみたいだ……」


 俺と親衛隊との根も葉もない噂が広まって、迷惑をかけたくないから、等々力には来ないようにと言ってある。

 だから保険医とは、久しぶりの人との会話をしたのだ。



 一人こもって誰も寄せ付けずに、どんどん弱っていく。

 どこからどう見ても、破滅する生徒会長の姿だった。


 やはり物語の結末を変えるなんて、一キャラの俺にとっては、無理なことだったのだ。


「……こんなことなら、逃げれば良かったな……」


 そうすれば、ハッピーエンドで終わらせられたかもしれない。

 俺は机に顔をうずめたまま、ぐちゃぐちゃになった顔で笑う。


「誰か、俺を連れ出してくれないかな……はは、なーんて」


「それなら、連れ出してあげましょう」


 そんなこと無理なのに。

 自嘲気味に笑った俺の言葉にかぶせるように、優しい声が聞こえてきた。


 この声の主をよく知っている。

 でも、何でここに?


 疑問はあったけど、どうでもよかった。


「……御手洗……」


「さあ、行きましょう。お坊ちゃま」


 手を差し伸べてくる御手洗が、俺の味方ならば、それだけで心が救われた。





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