146:追い打ちをかけなくてもいいじゃないですか




 みんなに敵意を向けられているかもしれない、そんな事実が発覚し、俺は精神的に疲れていた。

 しばらくは外に出たくないと、俺は生徒会室にこもって、仕事ばかりしていた。

 1週間どころか、1ヶ月先の仕事を終わらせると、肉体的にもフラフラになってしまった。


 徹夜をしすぎたと、俺は痛む頭を抱えながら、生徒会室でうなだれていた。


「……気持ち悪い」


 頭の痛みはガンガンと響くほどで、早く寝た方がいいのは分かっているけど、目が冴えてしまって逆に眠れない。


 かといって仕事をしようとすると、頭が痛くて集中出来ない。

 そういうわけで全く何も進まず、俺はただ頭の痛みに唸っているだけだった。


「……仮眠室で横になっていれば、眠れるか」


 このままいたところで、何か出来るわけが無い。

 そう判断した俺は、ゆっくりとした動作で立ち上がり、生徒会室の隣にある仮眠室に移動しようとする。


 その時、生徒会室の部屋の扉が開いた。


 こんな時に誰だと、回らない頭で扉の方を見て、そして目を見開く。


「……ど、して、ここに……?」


 そこにいたのは、険しい表情をした弟だった。

 今までここに来たことがないのに、このタイミングで訪れたことに嫌な予感を覚える。


 何をしに来たのだろう。

 聞くほどの気力も残っておらず、ただその顔を見つめていた。


 険しい顔をしている弟は、俺の姿を視界に入れると、さらに表情をゆがめる。


「……して、ここに……」


 ブツブツと呟き、そして勢いよく近づいてきた。


「ま、まさつぐっ!?」


 近づいてきた弟は、俺の腕を力強く掴んで、そして壁に押し付ける。

 あまりの痛みに、顔をしかめてしまう。


「兄さんは、ここで光に会ったらしいね」


「そう、だけど。それがどうしっ」


 また転入生か。

 その必死な姿に、俺は絶望してしまう。


 食堂の時に姿がなかったから、まだ大丈夫だと勝手に安心していた。

 でもこの状態から考えると、もう手遅れだったのか。


「余計なことをしないで、兄さんは一人でここにいればいいんだよ」


 邪魔者。

 そうはっきりと言われてしまい、心身ともに限界を迎えていた俺は、目の前が暗くなる。


 あ、倒れる。

 そう他人事のように思いながら、俺はそのまま意識を失った。


 最後に目に映った必死な弟の姿に、まだ完全には嫌われていないだろうと、少しだけ安心した。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 目を覚ますと、そこは保健室だった。


「……倒れたのか……?」


 手を天井に向けて伸ばし、そしてその後、目の上に腕をのせた。


 弟に、転入生と会っていたことを責められて、徹夜仕事で疲れていた俺は、みっともなく倒れたのだ。

 ただでさえ嫌われそうなのに、こんな醜態をさらしたら幻滅される。


 何もかもが上手くいっていない。

 でも上手くも出来ない。


 痛いぐらいに腕を押し付けると、カーテンがひかれる音がした。


「目が覚めたみたいね。気分はどう?」


「……大丈夫だ。どれぐらい寝ていた?」


「3時間ってところかしら。さっきよりはマシになったけど、クマが凄いわよ。完全に過労ね。別に繁忙期じゃないのに、どうしてそこまで追い詰められているの?」


「保健医の関係ないだろ」


 心配してもらっているのに、お礼をまともに言えない、この性格が辛い。

 これじゃあ、愛想だってつかされるはずだ。


「弱っていても俺様なのね。まあいいわ。確かに、アタシが口を挟む問題じゃ無さそうだし。ただ保健医としては、過労で倒れたことを注意する権利ぐらいはあるでしょ」


 さすがは大人なだけあって、特に気にした様子もなく、簡単な検査を始める。

 ただの寝不足が原因だから、3時間も寝た今は、だいぶ楽になっていた。


「まあ、及第点ってところね。若いから回復も早いけど、こんな生活続けていたら、ろくな死に方しないわよ。健康に気をつかって生活しなさいね」


「言われなくても分かっている。いちいちうるさい。……でもまあ気をつける」


「うふふ。何かあったら遠慮なく来ていいからね。待っているわ」


「それは遠慮しておく」


「あら、つれないわね」


 頬に手を当てて微笑む姿は、美人という言葉がが当てはまるが、れっきとした男性。

 存在は知っていたけど、保健室にお世話になることなんて無かったから、今までほとんど話をした記憶が無い。


「……ここまで、誰が運んできたんだ?」


 状況を見れば、どう考えても弟なのだが、一応尋ねる。


「それがね。私が所用で出ていた時に来たみたいで、部屋に戻ってきたらベッドにはあなたがいて、机の上にメモだけ残されていたのよ。だから誰が運んできたのか、はっきりとは分からないわ」


「……そうか」


 でもはっきりと誰だか分からず、俺はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、大きく伸びをする。


「……帰る」


「あら。もう少し寝ててもいいのに。さっきも言ったけど、クマが酷いわよ」


「もう大丈夫だ」


「そう。ああ、そういえば! あなたが寝ている時に、桐生院ちゃんが来て伝言を残していったのよ」


「どんな?」


 さっさと生徒会室に戻ろうと起き上がるが、何かを急に思い出した保健医に止められる。

 伝言とはなんだろう。

 訝しげな表情をした俺を、微笑ましそうな顔で見てくる。


 その顔は、どこか人の不幸を楽しんでいるようにも感じられた。


「あなたのお父様から、電話があったらしいわ。目を覚まし次第、折り返し連絡しろって」


 それは、もっと早く言って欲しかった。

 俺はよくなったはずの頭痛が再発するのを自覚しながら、避けられない運命を呪った。




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