145:少し話をしましょうか




 とてつもなくうるさい。

 その気持ちを隠そうとせずに、俺は転入生と対峙する。


「なあなあ! あんた格好いいな! 名前なんて言うんだ!? 俺のことは光って呼べよ!」


 まさにアンチ王道転入生といった感じで、俺はその演技に思わず拍手をしてしまいそうになった。

 でもそれを向けられているとならば、話は別だ。


 これを相手しなければならないのかと、俺は頭が痛くなるのを感じながら、とりあえず相手にしないとさらにうるさくなりそうなので返事をする。


「俺の顔が良いのは当たり前だ。名前なんて、わざわざ教える必要もねえ。お前を名前を呼ぶことなんて、お断りだ」


 この返事は良くないとは分かっていても、俺様が言う言葉はこれだろう。

 他の生徒がいなければ、もう少し違った返しをしたのだが、それはそれで面倒なことになったかもしれない。


「なんでだよ! 俺達、もう友達なんだから、名前で呼ぶのは当たり前だろ!」


 出た。

 転入生お得意の、会ったら友達理論。

 どうしたらそういう思考回路になるのか分からないけど、スーパーポジティブである。


「いや。絶対に友達じゃねえだろ。礼儀がなってねえな」


 俺は面倒というのを前面に押し出して、相手を続ける。


「なっ! 親友に対して、そんな言い方は酷いんだぞ! 謝れ!」


 いつの間にか親友にランクアップした。全く嬉しくない。

 本当に、よく笑わないで演技が出来るものだ。

 その能力を、もっと別のところで使えばいいのに。


 俺は騒音を出し続ける転入生から目をそらし、今まで気にしていないふりをしていた、みんなの方を見る。


「お前達は、ここで何をしている?」


 何を聞こうか迷って、よく分からない質問をしてしまった。

 もっと聞くべきことや、言いたいことは、他にあるはずなのに。


「随分と久しぶりだなあ。久しぶりすぎて、顔を忘れるところだった。転入生にかまけて、楽しそうで何よりだ」


 皮肉を交えて言えば、全員が俺から目をそらした。

 うしろめたさを感じているようなので、まだ救いはあるだろうか。

 俺は説得するチャンスを逃さないために、さらに話しかけようとした。


「おい! 俺を無視するな!」


 でもここには、それを邪魔する存在がいることを忘れていた。

 俺達の間を遮るように、転入生の大きな声が入ってくる。

 わざと入ってきたのは見え見えなので、俺はそのまま無視しようとした。


「俺、知っているんだからな! 生徒会長って、仕事を放棄しているんだろ! みんなに押し付けて、生徒会室で親衛隊を連れ込んでるらしいじゃないか!」


 ここで、それを言うか。

 もしかして本当に、物語のことを知っているのではないのだろうか。


 騒音でしかない転入生の言葉は、食堂中に響き渡り、ただでさえあった注目の視線が俺に突き刺さった。


 転入生の言葉を信じたのかどうかは、まだ判断出来ない。

 でもヒソヒソと話している姿を見ると、自信が無くなってしまう。


「俺はちゃんと仕事をしている。嘘をつくな。一体、誰がそんなくだらない話をしたんだ」


 きちんと否定しておかなければ、噂を信じられてしまう。

 俺は心臓がバクバクと音を立てているのを隠して、眉間にしわを寄せた。


「誰って、みんな言っているぞ! お前に近づいたら駄目だってな!」


 そのみんなというのは、後ろにいるみんななのか。

 未だに合わない視線に絶望し、俺はそれでも話しかけようと手を伸ばした。


「ひ、光。食堂は騒がしいから、別の場所で食べますよ!」


「そうだよ。いこいこー」


「……こっちだ」


「さっさと行くぞ」


 でもその手が何かに触れる前に、早口でまくしたてられ、転入生とともに俺の前から離れていく。


「あ……」


 何かを言おうとして、でも何も言えず、俺は上げた手を力なく下ろした。


 話をする必要もなく、もう手遅れだったのか。

 もう俺のことをどうでもいいと思って、そして転入生に俺の評判を落とすような噂話をしている。


 そこまで嫌われているとは思わなかったが、今の自分の状況を知ることは出来たのは大きい。

 それに、きっとまだ説得を諦めるのは早い。



 俺は、すっかり冷めてしまった料理に視線を向けた。

 せっかく作ってもらったのだから、残すという選択肢はない。


「……いただきます」


 もう一度、手を合わせて食事を再開すると、俺は気まずい中で全く味のしない料理を口の中に無理やり詰め込んだ。




「……ごちそうさまでした」


 残りは少なかったから、何とか食べきることは出来て、俺は手を合わせて食事の時間を終える。

 無理やり詰め込んだせいで少しの気分の悪さを感じたけど、それでも間食する方が大事である。


「一之宮様……申し訳ありません。困っていらっしゃることは分かっていたのですが、助けることが出来ませんでした」


「いや、気にするな。あそこで間に入っていたら、立場が悪くなっていただろ。下手をすればクビだ」


「それでも……私は……申し訳ありません」


 食器を片付けるために、先程のウエイターが申し訳なさそうに近づいてきた。

 騒ぎの間中、俺のことを心配してくれていたらしい。


「気にするな。ありがとうな。……また食べに来る」


 その気持ちだけで、俺はまだ頑張れそうだ。

 俺はお礼を言うと、注目が集まる中を、ゆっくりとした足取りで歩いていった。




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