144:自分でも行動をしてみましょう




 このまま生徒会で仕事だけをしていたところで、何か状況が改善されるわけがない。

 むしろ生徒会室にこもっていることで、変な噂でも立てられたらリコールまっしぐらである。


 きちんと学園に来ているアピールと、状況把握のために、少しだけ外に出てみるか。




 そんな軽い気持ちで、俺は久しぶりに生徒会室から出た。





 そしてそれを、すぐに後悔することになる。





「……どうすりゃいいんだ……」


 目の前で俺を置いてバチバチに言い争っている姿を前に、俺は情けない声を出してしまった。


 食堂に来たのは、一番生徒に気づいてもらえるだろうという、簡単な理由からだ。

 それは当たっていて、俺が来たことに気がついた生徒達は、ざわざわと騒がしくなった。


「……ねむ」


 昨日は色々と考えてたせいで、寝不足である。

 足元が少しおぼつかない気がするけど、そこまで支障はないだろう。

 俺は大きな口を開けてあくびをすると、専用の2階席へと進む。


 早めに来たせいか誰もおらず、そのことに安心してしまった。

 話し合いをしに来たというのに、誰かと顔を合わせることを、まだ怖がっている。


 それでもここで待っていれば、誰かしらは来るだろう。

 俺は席に座るとタッチパネルを操作して、和食定食を頼む。

 ここは魚を市場から直接仕入れていて、その他の食材も最高級のものを使っている。


 だから、とてつもなく美味しい。

 大抵このメニューを頼むぐらいには、俺は気に入っていた。


 今日も楽しみに待っていると、見覚えのあるウエイターが、料理を運んでくる。


「一ノ宮様、お久しぶりです」


「ああ。元気だったか?」


「はい。一ノ宮様が来られることを、スタッフ一同心待ちにしておりました。シェフも一ノ宮様が来たことで、腕によりをかけて、こちらを作りましたので、どうぞゆっくりお召し上がりください」


「ありがとう」


 目の前に置かれた料理は、食欲をそそる匂いと、温かさに満ちあふれている。

 俺は涙が出そうになって、それをごまかすために、へらりと笑ってお礼を言った。


「一ノ宮様が来ていただけるだけで、私共の活力になります。少し顔色が悪いですね。お仕事忙しいのですか?」


 脇に控えたウエイターの人は、心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫だ。心配してくれてありがとう。……いただきます」


 俺は手を合わせ、そして食事に手をつけた。


「……美味い」


 等々力の料理も美味しかったけど、仕事をしながら食べられるものが多かった。

 だから、こんなにゆっくりと食べるのは、本当に久しぶりである。


 出汁のきいた味噌汁が、身体中に染み渡る。

 俺はほっと息を吐いて、ウエイターさんのほうに視線を向けた。


「今日も美味い。シェフにそう伝えておけ」


「かしこまりました。シェフも喜びます。それでは、ごゆっくり」


 いつもは周りに人がいるから言えなかったお礼を、今日は誰もいないから伝える。

 俺様らしくない行動かもしれないけど、今日は特に俺に元気を与えてくれた。

 そのお礼は、どうしても言いたかったのだ


 いつもと違う俺に少し驚いた様子だったが、さすがにプロだから、それ以上は表情を崩さなかった。

 深々とお辞儀をして去っていく後ろ姿を眺めつつ、俺は冷めないうちに料理に手を伸ばす。


 このままいい気分でいたいから、食べ終わったら帰ってしまおうか。

 話をしようとしていたことから目をそらし、またまた逃げようと考える。



 でも神様やフラグというのは意地悪なので、俺を逃がしてくれるわけがなかった。



「あー! 腹減った! 早く飯食おうぜ!」


 2階席まで聞こえてくる音量の持ち主なんて、この学園には一人しかいない。

 俺はその声を聞いた途端、あまりのうるささに耳を塞いでしまった。


 せっかくの料理の味がしなくなり、俺は逃げるべきか迷う。

 でも食堂から出るのに、目立たずに動くなんて無理がある。

 ただでさえ生徒の注目が集まりやすいのだから、高い確率でバレてしまうだろう。


 こうして打開策を考えている間にも、騒音はどんどん近づいてくる。

 どうやら転入生も、役員しか使えないはずの2階席で食事をしているようだ。


 完全に逃げられない状況。

 俺は箸を置いて、逃げるのを諦めて出迎えることにした。


「あー! お前ー!」


 俺を一番に見つけたのは、転入生だった。

 恋のなせるパワーといえば聞こえはいいが、俺からしたらストーカーと同じである。


 演技している状態の転入生とは初めましてだけど、既に面倒くさい感じが出ていた。


「見たことない顔だな! 何でこんな所にいるんだ!? ここは一般生徒は立ち入り禁止の場所なんだぞ!」


 向こうは初対面のていでやるようなので、俺もそれに便乗する。


「あ? 何言ってんだ。俺はこの学園の生徒会長なんだから、ここで食べるのは当たり前だろう。それよりもお前、転入生だろう。お前こそ、2階席に来る権利は無いはずだ」


「な! 生徒会長のくせに、何で授業サボっているんだよ! それに俺は、ここで食べていいって言われているからいいんだ!」


 演技だと分かっていても、うるさすぎる。

 これでよく喉が潰れないと感心しながら俺は転入生の後ろにいるメンバーに視線を向けた。


 生徒会役員全員はもちろん、匠までいて、俺の胸は軋んだ音を立てる。



 転入生を相手にするよりも、こちらを相手にする方が精神的に辛くなりそうだ。





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