143:記憶を掘り起こしましょう
あれから軽く触れるキスをして、転入生は生徒会室から出ていった。
またね、という言葉に二度と来るなと返せなかったのは、衝撃から抜け出せていなかったせいだ。
別にキスをするのは初めてではないし、騒ぎ立てるほど純情でもない。
ただ、転入生の言葉にひっかかりを感じていただけだ。
キスをする前に、転入生は小さな声で言った。
お兄ちゃん、と。
俺の記憶が確かなら、弟は正嗣だけだ。
父親の隠し子という可能性も捨てきれないが、さすがに無いと思いたい。
もしそうだとしたら年齢的に、不倫になってしまう。
母親を愛する気持ちは本物のはずだから、裏切るマネはしていないだろう。
していたら、親子の縁を切りたい。
そういうわけで、生物学上の兄弟ではないはずなのだが、どうして俺をお兄ちゃんと呼んだのか。
あの様子だと、俺と転入生は会ったことがあるのだろう。
でも、もじゃもじゃにしても金髪だったとしても目立つ容姿だ。
そんなのと会ったら嫌でも覚えているし、今まで警戒していたはずだったのだが。
どこかですれ違っていたりしたのかもしれない。
仮にそうだとしても、それぐらいの接触で好かれる理由はない。
「あー、全然分かんない」
考えても考えても結論は出ず、俺はとりあえず思考を放棄した。
「あまり嬉しくないけど、嫌われるよりは好かれている方が…………マシか?」
直接害は与えてこないだろうが、今の状況から見て、間接的にだったら何でもやりそうだ。
「好きだからといって、何でもしていいわけがないでしょ」
あんな子供みたいな独占欲のせいで、今現在一人なのかと思うと、やりきれなさが襲いかかってくる。
「というか、誰か猫かぶりに気付こうよ。あんなまっくろくろすけ、普通にしていてもにじみ出てくるはずなのに」
それぐらい演技がうまいのか、恋は盲目というやつか。
もしも前者なのだとしたら、ぜひ見習いたいものだ。
「ヤンデレ? メンヘラ? 率が高すぎる」
俺の周りは精神が安定しない人が多すぎる。
それぐらい名家のプレッシャーが強いのだろうが、その大きな感情が自分に向けられるのは勘弁して欲しい。
「というか、俺はこれからどうすればいいんだ」
転入生は俺を一人きりにさせて、2人だけの世界を作ろうとしている。
今の段階では、その作戦は上手くいっていた。
「本性を教えたところで信じてくれなかったら終わりだし、それでも好きだとは言われたら詰むし」
安心しきって何の対策も取っていなかった罰なのか、あまりにも無理ゲーすぎる。
「あー。もう何でみんな好きになるんだよー!」
もう何度も言っている疑問をまた口にすると、気分が落ち込んだ。
いくら静かだとしても、美羽よりも腹の底が黒そうな転入生を、どうして好きになるのだろう。
俺に無い魅力なのか、それとも俺の知らないうちに、好感度が上がるようなイベントをクリアしていたのかもしれない。
「誰を好きになってもいいけどさ、それを止める権利はないけどさ、人に迷惑をかけるのは駄目でしょう。そのうち本気で泣くぞ」
俺だって、リコールされないのであれば、みんなの恋を応援したい。
元腐男子の立場からアドバイス出来るし、同性間の恋愛だって受け入れられる。
それでも転入生と誰かが恋人同士になったら、自然と邪魔者の俺が抹消される流れになってしまう。
「でも、だからといって、俺が転入生と恋人同士にはなりたくないな」
向こうの好感度は何故か高いけど、俺からの好感度は地の底まで沈んでいる。
元々恋愛対象としてみていないのはもちろん、トラウマがあるのだから、一番ルートとしてはありえない。
「……いや待てよ。俺と転入生がくっつけば、リコールは回避されるのかも……?」
入生と俺が恋人同士になれば、目を覚ましてここに戻ってきて、多少気まずくてもリコールまではされないだろう。
「……駄目だ。むしろ嬉々として、転入生がリコールを主導しそうだ」
俺と二人きりになりたいと言っているのだ。
恋人同士になった途端、監禁か軟禁でもされて、学園自体辞めさせられる可能性が高い。
「それに、恋人になったらさらに離れていきそうだな」
ライバルとして見られるならまだいいが、横取りしたと解釈されてしまえば、関係の修復なんて夢のまた夢だろう。
「というか、そもそもの前提として、俺の恋愛対象は女の子。いくら可愛くても、同じものがついている人とは付き合えないな」
遠い目をしてため息を吐けば、誰もいない部屋によく響いた。
今度は誰かがいつの間にか入ってきていることも無く、ただただ俺が虚しくひとり言を呟いているという状態だった。
「……なんか一方的に誰かに話しかけたりすることもあるし、ひとり言は最近増えたし、他にも怪しい行動とか色々しているよな……」
不審者に見えるような行動の数々を思い出し、俺は自嘲気味に笑った。
その時、記憶の底に何か引っかかるものがあったが、それを思い出すことは無かった。
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