142:転入生……ですよね?





 俺が聞いた転入生は、歩く騒音機のはずだった。

 でも、今目の前にいる人物は、不気味なぐらいに静かだ。


「ここは生徒会室だ。つまり部外者は立ち入り禁止というわけなのだが、何をしにここに来た?」


 薄気味の悪さを感じながらも、相手の目的が分からないから、下手な行動をとれない。

 俺は侵入者を睨みつけ、そして出ていくように言う。

 神楽坂さんにはよろしくと言われていたけど、この場合は無視してもいいだろう。


 俺の問いかけに転入生は、もじゃもじゃの髪で口元しか見えない中、それでも満面の笑みを浮かべているのだと分かった。


「何をしにここに来たって、もしかして理由が分からないの?」


 馬鹿にした感じではなく、本気で言っているからこそ、さらに気味が悪くなる。


「ああ。ここには俺しかいない。それなのに、何の用があって来るんだ?」


「ふーん。意外に鈍感なんだね」


「鈍感? 何がだ?」


「そこで、僕があなたに用があると思わないところが、鈍感なのかなって思っただけ」


「俺に用? それこそ、ありえないだろう」


 今初めて会ったのに、何か用があるとは思えない。


 それにしても、こんなに普通に話せるのに、どうしていつも叫んでいるのだろう。

 もしかして双子かドッペルゲンガーなのではないかと疑ってしまうが、それもありえないことか。


「どうして? 僕はここにあなたしかいないことは知っていたよ。だから、こうして来たんだ」


 未だに恐ろしさしか感じず、俺はとりあえず逃げようとする。

 でも唯一の出入口である扉の前には、転入生が立っていた。

 その脇を無理やり通り過ぎることは可能だが、怪我をさせてしまう可能性があるから、それは最悪の手段にしたかった。


「俺に何の話があるんだ?」


 まずは平和的に解決しようと、目的を尋ねる。


「何の話っていうか……見に来ただけ?」


「見に来たって、俺を見に来て何が楽しいんだ? もしかして馬鹿にしに来たのか? 一人の俺を」


 この様子から考えると、転入生は元々こういった性格なのだろう。

 わざわざアンチ王道転入生のフリをしているのは、俺を破滅させるためか。


 もしかして、転入生もこの物語を知っているのかもしれない。

 そうだとしたら、俺にとって最大の敵は弟じゃなくて、目の前の転入生である。


 そして今の状態では、向こうに有利だ。


「ははっ。なんで俺を追い詰めるんだ。俺を一人にして楽しいか?」


 好感度なんてどうでもいい。

 俺は転入生を責めるような言葉を、どんどんぶつけていった。


 どうして、俺をこんな目に遭わせる必要があるのか。

 ただの好奇心だとしたら、ここが現実だということに気づいて欲しい。


「どうしてね。……それを聞いたら、僕のお願いを聞いてくれる?」


「は?」


 どうして、そんな話になるのか。

 俺は本当に意味が分からなくて、口を開けた間抜け面をさらしてしまう。


「ま、いいか。とりあえず、誤解を解いておいた方が良いだろうから、話しておいて損は無いよね」


 俺が変な顔をしている間に、勝手に話を進めて、そして何かを言う前に話し出す。


「たぶんだけど、僕があなたを嫌いだから、こんなことをしたと思っているでしょ」


 それ以外に何がある。

 俺を破滅させようとしているのだから、嫌いなのは当たり前だろう。

 どうしてそんなことをいうのか。

 薄気味悪いし、気持ち悪い。


「でも、それは違うよ」


 俺が考え事をしている間に、いつの間に近づいてきたのか。

 すぐ目の前まで来た転入生は、恍惚の表情を浮かべて、俺に手を伸ばしてきた。


 慌てて顔をそらして避けるが、しつこく追われて頬を撫でられてしまった。


 この雰囲気は、前にも味わったことがある。

 俺はその腐りかけの果実のような、息が詰まりそうな甘い雰囲気に、耐えきれずに目をつむる。


「僕はあなたが好きなんだ」


 ああ、その言葉に驚きはなかった。

 そう言われるのを、どこかで予想していたのかもしれない。


「あなたが好きだから、僕だけのものにしたかった。あなたの周りには、人が多すぎたからね。いらないでしょ。あなたと僕以外の人間なんて」


 目を開ければ、口元しか見えないが、間近で見ると容姿が整っているのが分かる。

 その下に隠れているのは、天使のように愛らしい金髪の少年なのだろう。


 だからといって、気持ちの悪さが軽減するわけではない。

 むしろ底が知れなくて、さらに恐怖を煽った。


「一人でも頑張っているあなたは、とても綺麗だった。話しかけてくれるかと思ったけど、全然近づいてこないから、寂しかったんだよ。まあ、遠くから見ていても、綺麗なのは変わりなかったけどね」


 頬をするすると撫でながら、話す口は止まらない。

 その指が頬から唇に移動し、感触を楽しむかのように何度も押してくる。


「やっと、あなたの前に来られたんだ。そして誰もいない。こんなチャンスを、僕が逃すわけないでしょ」


 さらに近づいてきた顔に、俺は避けることも逃げることも出来ず、スローモーションのように見ていた。


「あはは。大好きだよ……お兄ちゃん」


 その声に聞き覚えを感じたが、誰だか思い出す前に、唇の触れたもののせいで全てが消え去った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る