141:転入生は魅力的に見えるそうです






 俺の嫌な予感は当たり、転入生の周りには、たくさんの人が集まるようになった。

 アンチ王道だから、普通に考えたら好かれないと思ったのだが、俺が思っている以上に、魅了的に見えるらしい。


 それでも俺はいまだにタイミングが合わず、話したことはおろか近くで見たことすらもない。

 わざわざ会いに行く理由もないので、近づこうともしていないのだが。


 神楽坂さんによろしく頼まれてしまったから、排除する方向には動けない。

 だから俺自身の魅力で、みんなを取り戻すしかないのだけど。


「……俺の魅力って、なんだ……?」


 考えれば考えるほど、堂々巡りになってしまう。


「というか、どうして転入生を好きになるんだ」


 何が良くて、転入生を好きになるのか。

 俺の知らないような魅力が、転入生は秘めているということなのか。

 そして、その魅力は何なのだろう。


「多種多様の人間を惚れさせるなんて、時代が時代ならば国一つ滅ぼせるだろう。まあ、規模は違うが学園を壊せるんだから、そんなの朝飯前なのか。何で、この学園を選んだのかな」


 色々と言いたいことはあるけど、当事者は誰もいないから、むなしいので止めておく。


 そもそも生徒会室で仕事をしながら独り言をこぼしている時点で、すでにむなしいのだけど。


「あー、目が痛くなってきた。ドライアイか? 座ってばかりで、尻も痛くなってきたな。今度クッションでも買ってこようかな」


 何日もこの状態が続けば独り言も増えるし、少し諦めも出てくる。

 本当は駄目なことなのだけど、仕事を放棄することも出来ず、あとは現実に直面したくないから、まだみんなとは話していない。


 でも噂は、嫌でも耳に入ってくる。


「帝様。休憩をしましょう。軽食を作ってきました」


「おお、いつも悪いな」


「いえ。好きでしていることですから」


 というか、わざわざ話に尋ねに来て来る人がいるのだ。


 七々扇さんが卒業して、俺の親衛隊隊長は等々力が就任した。

 本当だったら、流れ的に姫野さんが選ばれるかと思われていたのだが、七々扇さんと姫野さん自身が等々力が適任だと言ったのだ。

 俺としても反対する理由は無かったので、それを受け入れた。


 そして周囲からしたら驚きの人選という形で、等々力が俺の親衛隊隊長になった。

 でも親衛隊隊長になった等々力の手腕は素晴らしいもので、すぐにその能力を認められたのだから、とても優秀である。


 物語では、それは七々扇さんがやるはずだった。

 しかし実際は、七々扇さんは卒業していて、存在すら出てこなかった等々力が隊長になった。


 物語は少しずつ変わっているはずだと、そう思っていたのに。


「今日は甘辛ソースを絡めた唐揚げをサンドイッチにしてみました。大丈夫だと思いますが、書類の上にこぼさないように注意してください」


「今日も美味そうだな。いつも助かる」


「いえ……帝様のためですから。……今日も、皆様はあちらにいらっしゃるのですね」


「そうみたいだな。また食堂で騒いでいたのか?」


「……帝様、リコールの件を、もう一度よく考えてください。いくら仕事を持ち帰っているとはいえ、あの行動は目に余るものがございます」


「その件は何度も言っているはずだが、リコールするつもりはない」


「ですが!」


「くどい。俺の考えは今のところ変えるつもりは無いから、くだらないことを考えないようにな」


 等々力が、俺のために言ってくれているのは分かっている。

 でも俺もそこは譲れなかった。

 みんなの考えがまだ分からない中で、リコールすると決めるのは早すぎる。


「……かしこまりました。親衛隊のものも心配していますので、今度の集会には顔だけでも見せてください」


「分かった。日程が決まり次第、連絡してくれ」


「はい……何かご用があれば、遠慮なくお申し付けください。失礼いたします」


 軽食を机の上に置くと、等々力は頭を深々と下げて、生徒会室から出ていった。

 その顔には不満が全面的に浮かんでいたけど、釘を刺しておいたので、俺が望まないことはしないだろう。


 一人になった部屋、俺は作ってもらった軽食に、さっそく手を伸ばした。


「……いただきます」


 誰もいないが挨拶をすると、書類を見ながら口に運ぶ。


「ん、おいしい」


 サンドイッチはまだ温かく、甘辛なソースの唐揚げが美味しかった。

 それでも一人で食べているという状況が、その美味しさを半減してしまう。

 食堂に行くのは止められていないが、騒がれるのが目に見えているので、疲れると思いしばらく行っていない。


「……ああ、寂しいな」


 サンドイッチを食べながら、俺はそんな言葉をこぼしてしまう。

 ここで仕事をしていて待っていても、みんなが帰ってくる保証はない。

 今の俺がやっていることは、全て無駄なのではないか。



 不安が襲ってきて、俺は手のひらで顔を覆った。


 転入生の話を等々力はしてくれるけど、その中に弟の名前は今のところなかった。

 元々いないのか、それとも俺に遠慮して言わないだけなのか。


 その名前を出ないことに安心している俺は、なんて浅ましい人間なのだろう。




「……このまま、どこか遠くへ逃げたい……」




「それじゃあ、僕が連れ出してあげようか?}




「! 誰だっ!」



 誰もいないと思ったからこその呟きだったのに、答えが返ってきて、俺は顔から手を離した。



「……お前……」



 そして、そこにいる人物に俺は目を見開く。


「へえ。僕のことが分かるんだ。はじめましてなのに」


 いつの間に入ってきたのか、扉の前で不気味に微笑んでいるその人は、アンチ王道転入生らしいもじゃもじゃした髪の毛の生徒だった。




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