高校3年生編

140:大丈夫じゃありませんでした




「……はは」


 一人きりの生徒会室に、俺の乾いた笑いがむなしく響く。




「…………………………嘘つき」


 その言葉を答える人も、聞いてくれる人もいなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





 高校3年生になり、弟も無事入学してきた。

 そこから1ヶ月は特にトラブルもなく、むしろ楽しい学園生活を送っていた。


 でもそれは1ヶ月後、転入生が来たことで全て崩れ去ってしまったのだ。



 神楽坂かぐらざかひかりと名乗った彼は、アンチ王道転入生に部類される存在だった。



 たった1週間。

 俺に周りには、誰もいなくなった。


 生徒会室には誰も来ることなく、俺が歩いていても話しかけようとしてこない。

 遠巻きに眺めてヒソヒソと話している内容は、考えたくないけど俺に対する悪口なのだろう。


 何かした覚えはないのに、こんな状況になってしまったから、対策も対応も出来ず途方に暮れるしか無かった。


 それでもまだ救いなのは、生徒会の仕事を誰も放棄していないことか。

 どうやら俺が来る前と帰った後に来て、溜まった書類を持ち帰っているらしい。


 全くすれ違わない徹底ぶりは、俺に対する拒絶と抗議なのか。

 仕事におわれて体調を崩すことは無いが、仕事で紛らわせることも出来ない。


 このまま生徒会室に泊まってやろうかと何度も思うけど、もしも顔を合わせた時に負の表情を浮かべられたら心が壊れそうなので、怖くて未だに実行に移せていない。


 だから一人きりの部屋の中、すぐに終わらないように、調節しながら仕事をして一日が終わる。

 こんな状態が何日も続けば、嫌でも分かってしまう。



 俺は、みんなから見捨てられたのだと。



 去年、こんな状況になるかもしれない不安から、それぞれに電話をしたことがある。

 その時は、俺様な性格が演技だというカミングアウトだけだったけど、みんな俺とずっと一緒にいると断言してくれたのに。


 まさか、その言葉が破られるとは。

 夢にも思わなかった。


「……だから信じなければ良かったんだ」


 疑ったままであれば、ここまでショックを受けることは無かっただろう。

 みんなが俺を見捨てるはずがない。

 そう期待してしまったせいで、裏切られた今、とてつもなく死にそうな気分だ。


「でも、なんであれを好きになるんだよ。見る目無さすぎるだろ」


 アンチ王道中の王道である転入生は、一言で表すと騒音である。

 いちいち大声を出さなければ満足せず、遠くにいても本当にうるさい。

 俺はまだ近づいたことは無いが、至近距離で大声を出されたら、耳が潰れてしまいそうだ。

 歩く拡声器、そんなあだ名をこっそりつけて呼ぶ時もある。





 そんな転入生をまっさきに気に入ったのは、物語通り美羽だった。

 転入生が来ると言う日、案内をさせたくはなかったのだけど、適任が他にいなくて渋々任せた。


 それでも心のどこかでは大丈夫だろうと思っていたので、帰ってきた表情を見た時に愕然としてしまった。


「……ただいま、戻りました」


「ど、どうだった?」


「そうですね……」


 俺の知らない美羽が、そこにはいた。

 心ここに在らずと言った感じで、何かに気を取られていて、俺の問いかけにもきちんとした返事がなかった。


 嫌な予感がしながらも、早めに対処するべきだと、美羽と話をする機会を設けようとしたが、その前に当の本人が口を開く。


「昼休み、食堂に行きましょうか。……ああ、帝は理事長が話をしたいと言っていたので、申し訳ないのですが別行動しましょう」


「な。それなら……別の日でもいいじゃねえか。仲間はずれは良くないだろ。理事長の話も、そこまで重要じゃないかもしれないし」


 どうして俺抜きで食堂に行くのか。

 食堂に行ってしまったら、転入生と遭遇イベント&好感抱くイベントが起こってしまう。

 それだけは避けたくて、何とか回避しようとするが、美羽の言葉は素っ気なかった。


「申し訳ないのですが、理事長は大事な話だと言っていました。そのため、私達だけで行きますよ」


「どーしたの? みーちゃん、そんなに怖い顔して」


「そーだよ。みかみかを待ってあげればいいじゃん」


「これは決定事項です。反論は受け付けません」


 朝陽と夕陽がおかしい態度の美羽を茶化したが、それに対してもバッサリと切り捨てた。

 そのかたくなな様子に、もう誰も何も言えなくなってしまう。


「分かった。……目立つようなことはするなよ」


「ええ、心配なさらないでください」


 はっきりと言われたが、俺は信じきることが出来なかった。





 昼休みになってから理事長室に行くと、神楽坂さんが待ち構えていた。


「分かっていると思うが、光は私の甥だ。まだ学園に慣れていないだろうから、よろしく頼む」


「……はい」


 神楽坂さんは大人だから、いくら身内でも特別扱いをしないと思ったのだが、俺の思い違いだったらしい。

 ガッカリした気分になりながら、俺は何も考えずに適当な返事をした。


 そして解放された頃には、昼休みの時間はとっくに終わっていた。


 精神的に疲れながら帰った生徒会室には誰もおらず、俺は胸騒ぎがしたけど、きっと大丈夫だと自分を誤魔化す。



 でも現実は、既に最悪の方に進んでいたわけだ。




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