139:きっと大丈夫です




 宗人君には電話ではなく、メッセージを送り、電話攻撃を止めてもらった。

 その時にリクエストされたので、これからもよろしくと伝えれば、興奮状態に陥ったから、今はミュートにしている。


 どれぐらい通知が溜まるのか、怖さもあるし少しの興味もあった。

 たぶん明日見た時には後悔しそうだ。



 それよりも俺は、この嬉しさを伝えたかった。

 俺はスマホの中から御手洗の名前を探し、そして今が休憩中の時間なのを確認すると、電話をかける。


『……もしもし、お坊ちゃま。どういったご用件でしょうか?』


 やはり休憩中だったようで、少しリラックスした声が聞こえてきて、俺は自然と笑顔になった。


「休憩中にごめんね。ちょっと報告したいことがあったからさ」


『かしこまりました。休憩は、あと10分ほどですので、それまでしか時間が取れませんがよろしいですか』


「うん。急にかけた俺も悪いから、大丈夫だよ。10分もあれば話せると思うけど、もし疲れていて休憩したかったのなら、また今度でも……というか、電話じゃなくてもいいんだけど」


 そういえば休憩中ならばいいだろうと思いかけたが、逆に休む時間を奪っているということになる。

 気を遣ったつもりが、迷惑をかけてどうするんだと、俺は御手洗が呆れる前に代替案を出した。


『いえ、電話をするぐらいでしたら、負担になることもございません。それに電話をかけるほど、いいことがあったのでしょう。遠慮なさらないで、どうぞ聞かせてください』


 でも話す前から俺の興奮が伝わっていたようで、御手洗が笑いを含んだ声で、続きを促してくる。

 向こうから許可されたのなら、断る理由も無い。

 俺はこの嬉しさを伝えるため、残り10分もない時間を活用する。


「今日、みんなに電話したんだ」


『電話をするのは私が初めてでは無いのですか。みなさん、というのは皇子山様達でしょうね』


「そう。それで、なんで電話をしたのかというと、俺様演技をしていることを正直に話そうと思ったからなんだ」


 電話の向こうで、少しの沈黙。


『……なるほど。少し前に、正嗣お坊ちゃまが学校をお休みになられて、どこかに出かけたのは、その相談をするためだったのですね』


 なかなか鋭い。

 俺の今の話と、弟の外出なんて、どう考えたら結び付けられたのだろうか。

 でも俺にとっては、話をスムーズに進められるので助かった。


「よく分かったね。御手洗の言う通り、正嗣に相談して、話してみても大丈夫って太鼓番を押されたから電話したんだ」


『それで、興奮気味に電話をかけてこられたのですから、上手くいったのでしょう』


 もう俺が話さなくても、全て理解しているのではと言うぐらい、御手洗は次の展開を読んでしまう。

 もしかしたら残り時間が少ないから、話を終わらせられるように協力してくれているのかもしれない。


 それが本当だとしたら、素直に嬉しい。


「正解。誰かは騙したなって怒るのを覚悟していたけど、そんなことを言う人は誰もいなかった」


『……何を心配なさっているのですか。お坊ちゃまにそんなことを言うほどの、薄っぺらい関係を築いていたわけではないでしょう。お坊ちゃまは、変なところで自身を卑下なさっておりますよね』


 ため息を吐きながら言われた言葉、つい先程も似たようなのを聞いた気がする。


「大丈夫だって分かっているんだけどね。心の奥底では、まだ怖がっていたみたい」


『しかし、今はもう怖くないのでしょう?』


「分かった?」


『何年仕えていると思っているのですか。そのぐらい、すぐに分かりますよ』


 そこまで変化があるとは思えないけど、御手洗が言うように、長年使えているからこそ気づいた違いなのだろう。


「みんなに電話して、本当に良かった。絶対に裏切らない。そう確信したから」


 来年、転入生はが来ても来なくても、どちらでも構わない。

 俺は俺のやりたいように生きて、そしてその横にみんながいてくれるのだから、何も恐怖する必要は無いだろう。


『お坊ちゃまは変わられましたね。もちろん、良い方向にです』


「本当に? でも俺が変わったのは、周りの人のおかげだよ。もちろん、御手洗もいてくれたからね。ありがとう」


『私はこれからも、お坊ちゃまにずっと仕えておりますよ。ずっとずっと』


「……ありがとう……。そうだ。来年から正嗣も薔薇園学園に通うけど、御手洗はどうするつもりなの」


 俺が学園に通っているから、弟に現在は仕えているのに、その弟まで学園に来たら御手洗はどうなるのだろうか。


『心配なさらなくても仕事はございます。もしかして、会えないのが寂しいのでしょうか』


「そんなこと……寂しいかな」


 寂しくないといえば嘘になるから、俺は正直な気持ちを口にした。


『……大丈夫ですよ。それにお坊ちゃまには、信頼出来る仲間がいらっしゃるのでしょう』


「そうだね。御手洗に一生会えないわけじゃないのだから、わがままは言わない」


『……そろそろ時間ですね。お坊ちゃま、学園での生活、楽しんでください』


「うん。休憩中にごめん。また、電話するよ」


 電話が切れた後の寂しさ。

 それを感じながらも、俺は胸の上に手を当てて、静かに微笑んだ。


「……きっと、大丈夫……」


 もう不安になることは無い。

 俺には、仲間がいるのだから。





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