138:まだまだ話をしてみましょうか




 圭との電話で、ほとんど吹っ切れたのだが、まだ連絡をしていない2人を飛ばす気はなかった。

 もしかけなかったら、後でうるさく言われそうなのもある。特に宗人君が。


 だから俺は涙が乾くのを待ってから、電話をかけた。


『……もしもし。一ノ宮……どうした……?』


 仁王頭の声は、電話を通しても低く落ち着いていて、聞いているだけで安心する。

 本人にはまだ言っていないが、仁王頭の声はとても好きだ。


「急に電話して悪い。今、話をしていても平気か?」


『……ああ。何か、大事な話か?』


「まあ、そこまで大事ってほどじゃねえけど。一応、話しておきたい」


『……そうか』


 そういえば、とふと考える。

 仁王頭と知り合ったのは、薔薇園学園に来てからである。

 つまり俺様演技をした状態で知り合い、ここまで仲良くなったというわけだ。


 そうなると美羽達のように、元の俺を一切知らないから、演技だったとバラしたらショックを受けてしまうのではないか。


 本当に今更その事実に気づいて、電話をしながら俺は表には出さないがプチパニックを起こす。


『……一ノ宮? どうした?』


 次の言葉が出てこないせいで、心配そうな仁王頭の声が聞こえてくる。

 俺は1回切って気持ちを落ち着けてから連絡し直そうか迷い、そして電話を続ける方を選んだ。


「あのよ。知り合ってから、1年と少しが経つけど、俺と仲良くなって良かったか?」


 でも本題に入るのは無理なので、回り道をする。


『……突然だな……』


「そうだけど。今年は生徒会役員にもなったから、少し気になったんだ。本当なら、ああいう目立つ役は嫌いだろ?」


 俺の役に立ちたいから生徒会に入ったと言っていたが、家のことがあり目立ちたくない仁王頭にとって、負担になっているのは間違いない。

 嫌がっても一緒にいると言ったのは俺だが、その点については、ずっと申し訳ないと思っていた。


『……まあ。目立つのは、好きじゃない』


 そして俺の予想通りの答え。

 でもそれは大きなダメージを与えてきた。


「そ、そうだよな。悪い。俺が一緒にいたせいで、結果的に目立つことになって。……本当に悪い」


 仁王頭は優しいから、気にしてないという答えだと思っていた俺の考えが浅かったのだ。


「もしあれだったら、生徒会役員を辞めるのはオススメしないが、裏方の仕事専門にすることは出来るからな。元々補佐というのは、そういう仕事がメインだし」


 出来るだけ目立たないような仕事を回せば、仁王頭にこれ以上の負担をかけなくて済むはずだ。

 全校集会や役員会などのイベントごとだって、全員そろわなくてはならないという義務がある訳では無い。


 仁王頭が望むのであれば、俺は全力をかけて……


『……一ノ宮、落ち着いてくれ……俺は別に、そういうことを、してほしいわけじゃない……』


 考えがどんどんヒートアップしていたところで、仁王頭からのストップがかかった。


「そうなのか? でも目立つのは嫌いなんだろう」


『……確かにそうだが、生徒会役員になるのを決めた時点で、そういうことも覚悟している……俺は一ノ宮の助けになりたい……だから、どんなことだってやる……』


「そうか、助かる。でも無理な時は、無理って言えよ。俺は嫌なことを我慢させてやらせたいわけじゃないんだ」


『……大丈夫。俺だって嫌なことは、ちゃんと嫌だと言うし……今はとても楽しい』


「それなら良かった」


『もしかして、話ってこのことか?』


「これとはまた別の話なんだけど……あーっと、あのさ、驚かないで聞いて欲しいんだけど……」


 このまま終わりにしても良かったけど、逃げていても始まらない。


「俺は、仁王頭が思っている人間じゃない。……それでも一緒にいてもいいのかな」


 話しているうちに弱気になってきて、最後の方は素が出てしまった。


『……いいに決まっている。どんな一ノ宮でも、俺は一緒にいたいと思う……だから、そんな……泣きそうな声をしないでくれ』


「泣いてない。……これからもよろしくな」


『……ああ、よろしく。……何の心配もしなくていいから……ずっと一緒だ……』


「……また明日」


『……ああ、また明日……』


 きちんと言わなかったけど、仁王頭は俺の言いたいことは感じ取ってくれた。

 怖がっていたのが馬鹿らしくなるぐらい、俺は周りの人に恵まれている。


 俺はそっと小さく笑って、スマホの画面に額を押し付けた。


「うおっ!」


 その瞬間、スマホが突然震えだし、俺は驚きと共に額から離す。


 画面には宗人君の名前。

 あまりのタイミングの良さに、顔を引きつらせて、そして電話に出た。


『あ、もしもし帝! やっと出た! さっき、西園寺兄弟から聞いたんだけど、帝から電話で可愛らしいお願いされたって本当? 俺も言われたい! しおらしい帝の声が聞きたい! 俺はどんな帝でも受け入れるから、さあさあ言って言って! 俺様も可愛いけど、弱った帝も絶対に可愛いはず! どんどんこ』


 話している途中で電話を切ったのは、間違っていなかったはずだ。

 宗人君は電話しなくても大丈夫だろう。


 俺は震え続けるスマホを前に、大きく息を吐いて、感動がどこかに過ぎ去るのを感じた。





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