135:本当の俺を見つけましょう
「……なるほど。一緒にいる自信が無くなったかあ……」
この喫茶店の雰囲気がそうさせるのか、俺は案外抵抗なく相談内容を話すことが出来た。
さすがに俺様演技をしているのを話すのは少し迷ったが、結局そのことについても説明していた。
「それにしてもまさか、兄さんが学園でそんなふうに振舞っているなんて。見てみたかったなあ」
「見てもそんなに面白いものじゃないから、見なくてよかったよ」
「絶対可愛かったのに」
「……可愛くはないだろう」
俺様演技をしている姿の、どこが可愛いというのだろうか。
そうは思うけど弟も引かないので、言い争うのは止めておいた。
「その姿を、皇子山さん達は本当の兄さんだと思っているわけなんだ」
「たぶん。だからこそ、だましているんじゃないかって」
「そう」
俺は物語をスムーズに進めるために、俺様演技を始めた。
そのおかげで、進んだことはいくつかある。
だからこそ俺様演技が、完全に悪かったとは言い切れない。
でも、みんなをだましているという事実はぬぐえない。
そんな俺のために、みんなの人生を犠牲にするのは違うのではないか。
「兄さんはだましているって言うけど、学園での兄さんだって、兄さんじゃないのかな」
「そうかな?」
「そうだよ。確かに演技をしているのかもしれないけど、やっている行動や言葉は、兄さんが考えて起こしたものだろう。それなら、兄さんに変わりないってことだと思うけどな」
俺が起こした行動は、俺がやりたいと思ったものだ。
俺様演技をしていなくても、していても、同じことをしただろう。
「たぶんだけどね。兄さんがその性格じゃなくても、みんなついてきてくれるはずだよ。今から戻ったって、きっと最初は混乱するかもしれないけど、慣れてくれるって」
「……でも、それは全員じゃない。幻滅する人、だまされたという人、そんな風に言われる。それが怖いんだ」
「……兄さん」
「情けないだろう。臆病でずるくて、楽な方楽な方に逃げているんだ」
それでも俺様演技を初めて、そのまま続けているのは弱いからである。
俺様の方が人は尊敬してくれる気がして、普通の俺を見せたら誰もついてきてくれない気がして。
本当の自分を出せずにいた。
「それは違うと思う。兄さんが情けないなんて、そんなことない」
「正嗣が優しいから。俺のことを神聖視しすぎているよ」
「兄さんって、意外に自分のことを低く見ているよね。もっと自信を持てばいいのに」
「自信を持てと言われてもね」
俺は作り上げた俺で、今の状態になっている。
だから自信なんて持てるはずがない。
「俺の率直な意見としては、兄さんはもっと自信を持って、本当の自分を見せても大丈夫。みんな分かってくれるよ」
「……うん」
「まあ、こういっておいてなんだけど。素の兄さんは可愛いから、俺としては他の人にむやみに見せてほしくないんだけどね」
「可愛いって……俺にかける言葉じゃないって」
そんなツッコミを言って、これが弟なりの慰め方だと感じた。
「まあ、無理して見せる必要はないだけど。皇子山さん達には、少しずつ見せても平気でしょ。幻滅することなんて絶対に無い。これは言い切れる」
「……そうだね。見せてもいいかな」
本当の俺を見せても、それでもなお一緒にいてくれるというのなら、俺は自信を持てるかもしれない。
といっても、昔はこんなだったのだから、俺様演技の方を黒歴史にされるのかもしれない。
「きっと喜んでくれるはず。兄さんは、自分の思うように生きていいんだよ。誰もそれに文句は言わないし、言わせないから」
「……思うように生きる」
思うように生きて、誰も離れないでくれるのなら、俺だってそうしたい。
でも俺の状況を知らない弟に、そんなことが言えるはずも無かった。
「兄さんはどこか我慢している。それはずっと昔からだよね。俺も気づいているし、たぶん兄さんに近い人なら、全員何となく分かっているはず」
俺のこの気持ちは隠そうとしていても、やはりどこかでボロが出てしまっている。
気づかれているという言葉に、それほど驚かなかったのが、その事実を指し示していた。
「その我慢さえもしてもらいたくないけど、まだそれは無理なんだよね。兄さんの信頼は、いつになったら与えてもらえるのか。みんな待っている」
気がづけば、テーブルの上の手が重なり合っていた。
「俺、薔薇園学園に進学する」
「あ、えっと、そうなんだ。正嗣ならきっと、入学出来るよ」
いつの間に握られていたのか、全く気づいていなかった。
俺は動揺を隠すように、その手をやんわりと外そうとしたけど、全く外れない。
「兄さんが応援してくれるなら、心強いことは無い。俺が入学する時は、もう3年生だから、1年しか一緒にいられないのが残念だけどね」
物語どおり進めば、1年もいられない。
転入生は5月に学園に来て、そしてそこから1、2ヶ月ほどで俺はリコールされるからだ。
その原因の弟が入学してこなければ、リコールされることもないのではないか。
どこかでそう訴える声がしたが、もしもそうなっても未来が変わることは無い気がする。
それならば、まだ弟を相手にした方が、勝率は高い。
「そうだね……一緒の学園に通えるのを楽しみにしているよ」
大丈夫だと心の中で言い聞かせていても、嫌な考えはぬぐえず、俺の励ましの言葉は暗い響きをまとわりつかせていた。
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